044.コーヒー |
ある晴れたオフの日の昼下がり。 たまには家でまったりした日を過ごしたいという田口のために、今日は敢えて予定なし。 仕事量も増え、体力的にも精神的にも負担がかかるようになって、ゆっくり休息をとりたいという願望が出てきた。 とりわけ学生との掛け持ちをしている田口には、しっかり休ませてあげたいという気持ちが赤西にもあったため、素直に提案を受け入れた。 そして今、柔らかな日差しの差し込むベッドの上で、赤西は愛しい人がコーヒーを煎れて階段を上がってくるのを待ちながら、幸せとはこういうものなのだろうと実感している。 「…なんか、新婚って感じ」 我ながら良い表現だとばかりに崩れた笑みを浮かばせたその時、聞こえた控え目なノックの音。 「ドア、開けてくれる?両手ふさがってて」 「あぁ、今開ける」 廊下からドア越しに聞こえた声に答えて、赤西はベッドを降りた。 ドアを開けると二つのカップが乗ったトレーを両手で持っている愛しい人の姿。 二つのカップには焦茶色の液体が香り豊かに揺れている。 愛しい人のこんな姿を見るたびに、一人暮らしをしてよかったと赤西は思う。 田口がベッド脇のローテーブルにトレーを置くと、赤西は早速自分のコーヒーに口を付けた。 少量入れられた砂糖にも幸せを感じる。 自分の好みを知ってくれているのだと。 そんな赤西の横で、田口は一口だけ飲むと眉根を寄せてシュガーポットに手を伸ばした。 砂糖を2杯、さらにコーヒーフレッシュを追加し、漸く満足のいく味になったらしくにこやかにカップを口に運ぶ。 …これも、いつものこと。 「…お前さ、無理なら最初から砂糖もミルクも入れとけよ」 いつも、なのだ。 ブラックなど決して飲めない田口は、毎回砂糖を大量に入れるのだが、いつも最初は赤西と同じ砂糖の量で飲もうとする。 もちろん挫折して後から追加しているのだが、そんなことするくらいなら最初からいれておけばいいと赤西は思っていた。 別に砂糖を沢山入れていたって、あまり健康的にはよくないのかも知れないが、田口らしくて可愛いじゃないか、と。 中学生の頃からか。無理してコーヒーを飲もうとするあまり、砂糖やミルクを入れまくる田口には、赤西だけでなく可愛いと感じている輩が大勢いる。 それが赤西の悩みの種だったりするのだが、もちろん本人は気付いていない。 「わかってるんだけど…やっぱさ、知りたいじゃん」 「何を?」 「赤西くんが飲んでるコーヒーがどんな感じなのか」 「は?知ってどうすんの」 時折上田並みに足りなくなる田口の言葉が赤西の頭で理解できるはずもなく、ついきつい口調で返してしまう。 最初こそ逐一傷ついたりもしていた田口であったが、それが赤西なのだと納得してからは気にせず流せるようになった。 「ん〜、いつかオレも赤西くんと同じものを飲めるようになりたいなって、ちょっと思っただけ」 もしここに中丸がいたら、毎回やっているのだからちょっとではないだろう、とツッコミを入れていただろう。 もちろん、この幸せな時間を誰かに邪魔などされたくはないが。 「結構、殺し文句だって。それ」 照れたようにはにかむ田口の顔が可愛くて可愛くて、こんな幸せが許されるのか。 自分より大きな体を抱き締め、柔らかな髪に顔を埋めた。 「何?」 「別に。幸せだな〜って思っただけ」 その髪から香るのは自分と同じシャンプーの香り。 たまには、こんな日も良い。 共に夜を過ごして、君と昼まで眠って。 暖かな日差しとコーヒーの香り。 デートなんてしなくても、弾む会話が無くても。 二人でいれば、それだけで幸せ。
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