062.タイムリミット


 爽やかな風が吹き抜ける。

 今日は二組に分かれての撮影で、オレは中丸、上田とちょっとした田舎に来ていた。

 空は青、地面は緑、開放感あふれる自然の中での撮影に、ここ最近の過密スケジュールを忘れて晴れ晴れとした気分になった。

 で、次は上田、オレ、中丸の順に個人撮影。

 自分の番が終わって、中丸の撮影を見ていようかと振り返ったとき、いつの間に移動したのか、かなり遠くの木陰で休んでいる上田が目に入った。

 …また、日差しを避けてるんだろうかと思ったが、別に日除けになるような木なら近くにもある。

 わざわざあんな遠くに行く必要はないのに…。

「!」

 もしかして。

 どこ行くんだと聞いてくる中丸に「ちょっと上田と話してる」と断りを入れて上田の元へ走る。

 もしかして、上田は…。






「あれ、どうしたの?中丸の撮影見てるんじゃないの?」

 何でもない風な顔をして。

 なぜ、そんなふうに笑える?

 こんな穏やかな笑みを向けられる権利は、オレにはないのに。

「…ごめん、もしかして上田、今回の撮影辛いんじゃねーの?」

「…どうして?」

「だって…」

 オレだって今日のメンバーを聞かされたとき、正直嫌だと思った。

 それは、オレと中丸が付き合っているから。

 上田と付き合っていた中丸を、オレが横取りしたから。

 他のメンバーもいるときは良いのだ。

 オレも中丸とばかりいるわけじゃないし、上田も赤西達にいじられているからあまり気にならない。

 けれど今回は別。

 必然的にオレと中丸は一緒にいるし、上田はそんなオレ達を見なければならなくなる。

「オレのことは良いんだよ。それより聖こそ、オレが一緒なの嫌じゃない?」

「そ、そんなことねえよ」

 オレは自分と中丸の間に上田が入ってくるかも知れないと思って嫌だったのだが、上田はオレ達の間に入ろうとせず、常に数歩離れた位置からオレ達を見て、時に微笑んでいた。

 だから、嫌だと思ったことを忘れて撮影を楽しんでいたのだが、もしかして上田にとっては相当きついんじゃないのか?

 上田はまだ、中丸のことを好きなはずだから。

 まだ好きなことを分かっていて、身を退かせるように仕向けたのは、オレ。

 本当は上田に笑顔を向けられる権利などないはず。

「そう、よかった」

 だから、そんなふうに笑うなよ。

 穏やかな中に、どこか儚さを含んだ微笑み。






 気持ちいいくらいに晴れ渡っている青い空が、なぜか悲しく見えた。






 あの三人での撮影から数週間経った。

 上田は表面上、とりたてて変わった様子もなく仕事をこなしていた。

 相変わらず独特の世界を作っては赤西や亀梨にちょっかいを出されている。

 ムカツクのは中丸で、そんな上田が気になるらしくオレといても上の空、って事が多くなった。

 変化のない上田と、上田ばかり見ている中丸。

 中丸の「今の恋人」はオレなんだって思って、中丸ばかり気にしていた。

 だから、気付かなかったんだ。

 ホントは上田がどれだけ苦しんでいたのか。






 上田が意識不明で病院に運ばれた。

 その日地元の友人と遊んでいたオレが、上田の運ばれた病院の近くにいたことから、一番に病院に駆けつけることになった。

 しばらくして、病室には中丸以外のメンバーが揃った。

 三人とも都内のスタジオでダンスレッスンをしていたところだったのを、事情が事情だけに抜けさせてもらったらしい。

 こういうときに限って中丸はロケで、すぐに駆けつけられないという。

 真っ白な部屋の中で真っ白なベッドに眠る上田の顔は、メイクもしていないはずなのに怖いくらい白かった。

 青白い、とはこういう顔のことをいうのか。血の気の失せた顔。

 意識不明に陥った原因は、睡眠薬の過剰摂取。

 まさか、自殺を図った…?

 なんで…?

 昨日まで普通に仕事場に来てたじゃん。

 赤西とくだらないことで喧嘩してたじゃん。

 オレ達のコントに…笑ってくれたじゃん。

 もしかして、オレが…オレ達が気付かないところでずっと苦しんでた…?

 中丸と別れてからずっと…こんなになるまで苦しんでたのかよ…?






「上田!」

 騒々しいほどの足音が聞こえたあと、飛び込むように病室に入ってきた中丸は、オレが見たことのない顔をしていた。

 いや、オレ以外の他のメンバーも、他のジュニアも見たことがないだろう。

 焦りと、恐怖。

 オレ達の存在なんて気付いていない様子で、眠り続ける上田に近寄るとその頬を撫で、力のない手を握っては「上田…」とうわごとの様に名前を繰り返し呼んでいた。

 しばらくして目を覚ました上田は視界に中丸を認めると安心したように微笑んだ。






「死にたかったわけじゃないんだ」

「ただ、眠れなくて」

「寝ないと仕事がきちんとできないでしょ」

「病院で睡眠薬を処方してもらって」

「薬の力で眠ってたんだけど」

「最近あまり効かなくなって」

「ちょっと、量を多めに飲んじゃったんだ」

「これなら、眠れるかなって」






 ぽつぽつと打ち明ける上田が痛々しかった。






 赤西達はレッスンを抜けてきたこともあって、上田が落ち着いた頃スタジオに戻ることになった。

 今、病室には眠る上田とオレと中丸。三人だけ。

「なぁ中丸。ちょっと、話があるんだけど」

 殆ど魂の抜けてしまっている中丸を病室の外へ連れ出す。

「面倒くさいのヤだから率直に言うけど」

 中丸は病室の上田が気になるらしく、透けて見えるわけでもないのに扉を見ている。

「オレ達、別れた方がよくね?」

 その言葉に、ようやく中丸がオレの方を向いた。

「上田が眠れなくなったのって、お前と別れてからだろ?」

 正確なところは上田にしか分からないけど、きっとそうだ。

「今回のことではっきりした。お前はまだ上田が好きだろ」

 きっともう、タイムリミット。

「ごめん」

「謝んなよ。オレが惨めだ」

 分かっちゃいたけど、本人の意思がはっきり分かると結構辛い。

「オレは、上田も好きだから。上田にも幸せになって貰いたいんだ」

 自分の恋人を奪った、憎いはずのオレに温かい笑顔で接してくれた上田。

 眠れなくなるほどに中丸を愛している上田。

 正直、敵わねーよ。

「上田を幸せにできるのはお前だけだろ?お前を幸せにできるのも上田だけみたいだし、な。悔しいけど」

 きっともう、タイムリミット。

「ごめん聖。本当に…ありがとう」

「じゃあ、明日からはただの仲間。友達、な」

 病室に戻ろうとする中丸に手を振って、背を向ける。

 何だよ、オレってめっちゃいいヤツじゃん。

 こんないいヤツ振ったんだから、二人で幸せになんねーと許さないからな。






 好きだったんだよ、中丸。

 また相方として、ヨロシク。











 本当は「036.ガラス細工」で書いたモノなんですが、途中で変えました(ヲイ)

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