君失いし我が心 |
自分のモノだと勘違いしていた。 失う筈など無いと思い込んでいた。 本当はそんな保証、どこにもありはしなかったのに。 ごお、と名前を呼ぶ舌足らずな声。 向けられる潤んだ瞳。 追い付こうと必死に伸ばされた手。 無くして初めて気がついた、大切だった君のすべて。 「健くんは、剛くんの背中を追いかけることに、疲れてもーたんやないかな」 知っていた。 君が俺に、必死に着いていこうとしていたこと。 背中に君の足音を聞き、君の息づかいを感じていたから。 時に焦るような駆け足になり、時に安心したような足取りになる。 不規則のようで規則的なそのリズムに、俺は心地良さを感じていたんだ。 「剛くんを追いかけながら、健くんは俺を絶対に離さへんかった」 末っ子の手を引きながら、決して離れないよう、堅くその手を握りしめながら…。 君が、自分と俺以外に気を回している姿。 直視できなくても分かっていた。 いや、分かっていたからこそ、見て見ぬ振りをしていたのか。 見たくなかったのだと今なら認められるのに。 「もう俺は、健くんに手を引かれるだけの子供やないで」 その時手を差しのべたのが俺だったなら、君は手を取ってくれたのだろうか。 その時俺も一緒に手を差しのべていたなら、君は俺を選んでくれたのだろうか。 もう、確かめることは出来ない。 君が、差し出されたその手を取ってしまったということだけが、認めたくない真実。 水気を多く含んだその瞳から、一筋の光を零して微笑んだ顔は今まで見たことのないもので。 ひどく…印象的だった。 「これからは、俺が健くんを離さへん。着いてきてくれへんか?」 優しい言葉に何度も頷く君の姿を、忘れることが出来ない。 偶然居合わせてしまった告白の現場。 立ち去ることも、みっともなく中に入って止めさせることも、今思えば可能だった。 けれど二人を見ていたら、どうしても足が動かなかった。目が離せなかった。 君の口から最後の言葉を聞く、その時まで。 「オレも好き…岡田と二人で幸せになりたい」 涙で途切れ途切れだったはずなのに、やけに耳に残る君の声。 考える間もなく足が動き出してしまったから、後のことは知らない。 『ごお大好き!』 かつて毎日のように聞いていたあの言葉…いつから聞かなくなったのだろう。 背中から聞こえていたはずの足音は…いつから聞こえなくなったのだろう。 気付いた時にはもう遅くて。 大切だと確信した時には腕の中からすり抜けてしまっていて。 二人がいる楽屋から一歩一歩離れるにつれて、君との距離を自ら証明しているような気がした。 失ったのは、俺を呼ぶ君の声。 向けられる瞳。伸ばされる腕。 残ったのは、たった一つの真実。 俺が今も君を愛していること。 もし…もし、やり直すことが出来るなら。 昔に戻ることが出来るなら。 今度は立ち止まって君に手を差しのべるから。 俺の元に戻ってきて欲しい。 君の笑顔を俺だけのモノにしたい。 叶うはずがないと分かっていても、願わずにはいられない。
END
一年くらい前に貰ったキリリクなのですが…ようやくできあがりました。久しぶりのVです。別のキリリクで書いた中上とダブってるようないないような。「気付いた時にはもう遅かった」みたいなものが好きみたいです。 |