SILENT SNOW |
君の夢を見た。 静かに舞い下りる雪の中で無邪気にはしゃぐ君の姿。 あれはそう、去年二人で行ったスキー場。 一面の銀世界で雪と戯れていたあの日の君は、天使そのものだったね・・・。
射し込む朝日が眩しくて目を覚ます。 カーテンを開けると外は雪景色。 窓を開けて覗き込んでみるけれど、そこに君は・・・天使はいない。 変えようのない現実についた溜息が白く凍った。
『雪が見たいな・・・』 まだ木々が赤や黄色に色づき始めたばかりの頃、ぼんやりと空を見上げて呟いた健。 その体は病気のせいで随分弱って、抱きしめたら折れてしまいそうなほど痩せ細っていた。 『まだ降らねーだろ。やっと秋になったばかりだぜ。気が早いなー健は』 健が何を思ってるのか知らないで、当たり前の言葉を返す俺。 『でも、見たいの。井ノ原くんと行ったスキー場のゲレンデみたいに、一面真っ白な雪の世界』 『健・・・』 『ううん、一面じゃなくてもいい。ひらひら降る雪が見たい』 その日から、健は毎日のように空を見上げ、一年前の思い出を語っては雪が見たいと言っていた。 そうしている間にも病気は進みつづけ、歩くこともままならなくなった。 俺は毎日、ベッドから降りられない躰を抱きしめて健の話を聞いていた。 『井ノ原くん、僕のこと好き?』 既に習慣になってしまった、帰り際の問いかけ。 俺は一際強く健を抱きしめる。 『好きだよ』 『愛してる』 『俺には健だけ・・・他に誰も愛せない』 日々繰り返される愛の言葉。 それでも健は満足そうに微笑んで、『また、明日』と俺を送り出す。
ふと壁のカレンダーに目をやり、今日がクリスマスイブであることに気付く。 一年前は健と迎えた日。 今年も、一番になるはずだった日。 去年の俺は、こんな結果になるなんて想像もしなかった。 まだずっと続いていくはずの健との未来を、信じて疑わなかった。
どうして、健だったのだろう。 どうして、健でなければならなかったのだろう。 今はもう、思っても仕方のないことなのに。 思っては・・・いけないことなのに。
『井ノ原くん』 か細い声が俺を呼ぶ。 もう、木の葉も散ってしまった冬。 俺はいつものように健に会いに来ていた。 心細いのだろう、抱きしめると力の入らない体を摺り寄せてくる。 『健・・・大丈夫だ、俺がそばにいる』 『ありがとう・・・。ねえ、まだ雪降らないかなぁ・・・』 寂しげに言う健に、先刻の医者の言葉がよみがえる。 『ここまでもっているのが奇跡に近いです。もう、そう遠くないうちにおそらく・・・』 否定したくても、今の健の姿がそれを嫌というほど肯定していた。 儚い運命を背負った恋人。 せめて、最期の願いだけは叶えてやりたかった。 『あ・・・』 健が目を見開いた。その顔は喜びに満ちている。 『井ノ原くん、雪だよ雪』 幼い子供のような健に急かされて窓の外を見やると、白い雪がふわふわと舞っていた。 『本当、初雪だな・・・』 綺麗に整えられた病院の庭に降る雪の美しさに、一瞬心を奪われた。 ぎこちない指先で窓の外を指し示す健。 『ね、井ノ原くん、僕を外に連れてって。雪、に、触れたい・・・』 『・・・わかった』 俺は健を抱き上げると、寒くないようにコートをかぶせて病室を出た。 重さをほとんど感じない体に胸を痛めながら・・・。
クリスマスの街を歩く。 派手なイルミネーション、耳障りなほどのクリスマスソング、足早に通り過ぎる人々。 健と歩くはずだったこの街に、あの時と同じ雪が降る。 少女漫画ばりの出会いをした交差点、想いをぶつけ合った公園、初めてのデートで入った喫茶店。 街のどこもかしこも健との想い出ばかり。 ほら、今でも俺は、街を歩く人々の中に君の姿を探してる。 君に似た人を見つけようとしてる。 知らず知らずのうちに溢れ出た涙が、町の輝きを滲ませていく。
・・・逢いたい。
病棟を出て、庭の芝生に腰を下ろす。 冷えないように、しっかり健を抱きしめて。 健はしんしんと降る雪に手を伸ばす。 当然雪は消えてしまうけれども、それでも健は降る雪を小さな掌に受け止めていた。 髪や体に積もってゆく雪が美しく健を飾り、俺にあの日の姿を思い起こさせた。 天使。 その言葉がぴったりと当てはまった。 『井ノ原くん、僕ね、幸せだったよ・・・』 今にも消えてしまいそうな声。 『井ノ原くんと出逢えて、好きになって・・・愛してもらえて・・・一緒に居られて』 きゅ、と俺の手を握る。 伝わってくる体温で、寒いはずなのに温められた。 『本当に・・・本当に、幸せだった・・・』 純粋で綺麗な瞳から、一粒の涙が零れ落ちる。 美しい宝石のような涙。 『井ノ原くん・・・大好きだよ』 閉じられた瞳。 吸い込まれるように瞼に唇を落とす。 次に頬に、額に、そして・・・唇に。 まだ温かい唇。 それが、健とした最後のキス。 『健・・・俺も、俺も愛してるよ・・・』 綺麗な瞳は、二度と開かれることはなかった。 その顔には、まるで眠っているように安らかな微笑みが浮かんでいた。 このとき、君は本当の天使になったんだね。 静かに降る雪。 これは天へ昇っていった君が俺に遺した、優しさや愛しさ・・・君の気持ちが詰まった真っ白な羽根。 空に消えた、たった一つのかけがえのない宝物。
あんなに恋することなんて二度とないだろう。 君に出逢えたこの街に積もる雪も、俺の心に降る雪も、いつか溶けて季節は変わってゆく。 だけど、大好きな君の笑顔は忘れない、忘れたくない。 想い出の中の君をずっと愛しつづけていくから。
遭いたいよ、もう一度だけでいい。 聖なる夜に奇跡を願う。 神の使いとなった君に、逢わせてください。
静かに降り続ける雪の中に、白い羽根を見た気がした。
END
初めてのパラレル、初めての病人ネタ、初めての死にモノ・・・初めてづくしですね(そのまんまや)。あ、初めて完成したクリスマスものでもある(笑)。初めてのクリスマスものではなく、初めて完成したクリスマスもの。初めてのクリスマスものは、書きかけのまま一年経っちゃった。どうしましょう。 |