Turn out true


 坂本くんと喧嘩した。

 今までは俺が悪かったこともあったけど、今回は坂本くんが悪い。

 ただでさえイライラしていたことは確かだけど。

 オレがガキ扱いされるの嫌ってること、知ってるクセにさ。

 折角あんたの意見に納得しかけてたのに。

 ムキになって楽屋を飛び出したオレを追いかけてきてくれたのは健と岡田だけ。

 二人に言いくるめられて楽屋には戻ったけど、イライラした気分は収まらなくて最悪のミーティングになった。

「健、帰るぞ」

 不機嫌さを隠そうともせず、いつものように健を誘う。

 けれど健は言いにくそうに「今日はダメ」とか言ってきやがった。

「今日はね、岡田んちに泊まりに行く約束で…ホラ、オレたち明日オフじゃん?」

「せやから一緒に帰るんやよな。すまんな剛くん」

 馴れ馴れしく健の肩を抱いて横からしゃしゃり出てくる誇らしげな岡田と、嬉しそうにはにかむ健を見て、心にズキンと痛みが走る。

 悔しさに唇を噛み締めてから吐き捨てたセリフは

「…っ、好きにしろ!」

 だった。

 力任せに閉めた扉が派手に音を立てる。

 きつく握りしめた手が痛い。

 わかんない。

 坂本くんも、健も、岡田もわかんない。

 繰り出す足が次第に速くなる。

 まさに走る一歩手前なオレの手を、突然誰かが掴んだ。

「…っ!!」

「オイ、待てよ」

 振り解こうにも相手の力が強くて振り解けないでいると、聞き覚えのある声がして振り返った。

「井ノ原くん…」

「よっ」

 多少力の緩んだ手を思いっきり振り解く。

「ありゃりゃ、冷たいねぇ」

「んだよ」

「いや、剛今日電車だろ?送ってくよ」

 何を言い出すかと思えば。

 一人になりたい今のオレにとって、おそらく心遣いであろう井ノ原くんの行動は、くだらないお節介以外の何物でもなかった。

「いいよ別に」

「んなコトゆーなよ。ホラホラ」

「ちょ、ちょっと」

 オレ的にかなり穏便に断ろうとしたんだけど、井ノ原くんはオレを無理矢理駐車場まで引きずって、車の助手席に押し込めた。

「なん…」

「暴れてもムダムダ☆は〜い出発しま〜す♪」

 抵抗する間もなく車は走り出した。

「どーゆーつもりだよ、ふざけんなよ!」

「走ってる車から飛び降りるなんて危ないことはしないよな♪」

「……どこ向かってんだよ」

「え?勿論俺んち」

「ふざけんなよ送ってくっつったのは誰だよ」

「だ〜か〜ら、俺んちに「送ってく」の。嘘は言ってないよ〜ん」

「…」

 騙された。

 なんだかんだいって、この人結構油断ならない。

 車の中でも井ノ原くんは機関銃のように喋り続けていたけど、一度損ねるとなかなか元に戻らないことを自覚しているオレの機嫌はそんなコトじゃ直らない。

 それでも、ムスッとしたオレを慰めようだとか、下手に出ようとしてくるわけじゃないから、思ったよりは居心地悪くなくて、されるがまま井ノ原くんの家に向かった。

 というか車に乗せられている以上抵抗のしようがないんだけど。

 やっと着いた井ノ原くんの家でコーラを貰って、自棄になったみたいに一気飲みする。

 ジュワァッと炭酸が染み込んでいく。

 ノドが冷たく潤されて気持ちいい。

「〜っ、ぷは〜ッ」

「どうだ、落ち着いたか?」

「…お陰様で、少しは」

「そっかそっか、それはよかった」

 意味ありげにニコニコしている井ノ原くんから目を逸らして訊く。

「で、何でオレを連れてきたんだよ」

 まだ完全に機嫌が直ったわけではないから、必然的に言葉も刺々しいまま。

 それでも井ノ原くんはニコニコ…いや、もう既にニヤニヤに近い笑いになってるけど…してる。

「その笑いマジでムカつくんだけど」

「んまっ、子供たちに大人気のいのっちスマイルに向かってなんということを!」

 独特のカマ口調で大げさに鳴き真似までする井ノ原くんに、次第にオレの心も冷めていった。

「…もぅいいよ」

 坂本くんのことも、健のことも、考えるのが面倒になった。

「…剛ちゃん、剛ちゃんが好きなのは誰だったっけ?」

「はぁ?」

 いきなり何の関係があるんだ…?

 っつーか知ってんじゃんか。

「いいからいいから」

「…健」

「でも健ちゃんは准ちゃんとくっついちゃったと」

「…てめぇ、何が言いてぇんだ」

「可愛い可愛い健ちゃんが、後からひょっこり出てきた男に奪われちゃって、剛ちゃん的には面白くないんだよね〜♪」

 茶化すように軽い調子で言われて、自分の想いまで軽視されたような気分になる。

「それでイライラしてたところにタイミング悪く坂本くんが煽るようなこと言っちゃった、ってトコかな?今回の真相は」

 へらへら笑いながら、それでも図星を突いてくるからムカつく。

 その上。

「てめぇだって健狙ってたクセに」

 そうだよ。

 自分だって立場は同じクセに、他人事みたいに言ってくるからムカつく。

「まぁね。けど俺准ちゃんなら別に良いし。ってか今は剛ちゃんだし」

「は…?何言っちゃってんの」

「ま、簡単に言うと乗り換え宣言?」

「…健からオレに?」

 そうそう、とばかりにニッコニコと頷く井ノ原くんを見て毒気が抜かれる…。

 けどそんなの冗談だろうし。

 一々真に受けてたらこっちがバカみたいだ。

 呆れて溜息がでるっての。

「あ、剛ちゃん今冗談だろ、とか思ったでしょ」

 あったりまえだ、バーカ。

 あんたのその顔と口調、どこが冗談じゃないっていうんだ。

「こう見えても、本気なんだな〜これが」

「で、付き合えとでも言うわけ?」

「今ならこの胸で思う存分泣けるという特典付き。どう?」

「…簡単に乗り換えるヤツの胸なんかで泣けるかよ」

 ふて腐れたような顔をすると、井ノ原くんは急にマジな顔つきになった。

「ずっと、きっとオレは剛が気になってたんだよ。だから剛が好きな健をずっと見てた。一緒に追いかけた。そうすることで剛に近づきたかったんだろーな」

「…信じらんねぇ」

「信じる信じないは剛の勝手だけど。今の俺は剛が好き。これだけは真実」

 普段ふざけてるヤツに限って、マジになると凄く熱いってヤツですか。

 と思ったら、ん〜俺って何て健気、なんていつものギャグモードに変わってたりするし。

 わっけわかんね。

 そのうち話題が変わって、今回こじれたコンサートの話だとか、長野くんに聞いた美味しいお店の話だとか、次から次へとよくもまぁ喋るネタの出てくること。

 雰囲気に飲まれてる自分が悔しくもあるけど、井ノ原くんはきっとわかってやってるんだろうから敢えて文句もつけない。

 つけたら負ける気がする。

 そしてまだちょっと微妙な感覚がするけど…健と岡田の話になって。

 数年越しの恋にケリをつけるのは簡単じゃないって思い知らされた。

「健を忘れろなんて言わないよ。毎日顔会わせるのに無理でしょそんなこと」

 健と岡田の話になると口数が少なくなるオレに、井ノ原くんがかけた言葉。

「だから、健より俺を好きになれ。それで全ては丸く収まりま〜す」

「…勝手なこと言ってんじゃねーよ」

 やべ、ちょっと傾きかけてるわオレ。

 だって今ドキッとしたもん。

 これ以上ここにいたらまずいんじゃないの?

 井ノ原マジックの餌食になりそう。

 話が上手いからついのせられちゃって、早二時間。

 いつの間にか、ここに来たときのイライラなんて完全に消えてる。

 井ノ原くんのおかげ…と言うべきなのかなここは。

「オレ、帰るわ」

「そ。でも今日俺が言ったこと、考えておいてよね」

 いやに物わかりの良い井ノ原くんに、もしかしてオレの気持ち、とっくに見透かされてんじゃないかと思う。

 長野くんや健と遊びに来たときと何ら変わらない態度で見送ってくれる。

 曖昧な返事を返して井ノ原くんの家を後にした。

 …はいいけど、タクシーを拾うのも面倒で、そのまま歩く。

 勿論歩いて帰れる距離じゃないから駅に向かってはいる訳だけど。

 まだ終電には時間があるからゆっくりと足を進める。

 道端の石ころを軽く蹴飛ばしてみる。

 カツン、と音を立てて電柱にぶつかった。

「ぜってー騙されてるし、オレ」

 でも、騙されてやってもいいかも。

 井ノ原くんなら…きっと好きになれる気がする。

 今オレがこう思ってるのも、アイツの計画の内なんだろうけども。

 明日のロケで坂本くんと顔を合わせても、素直に謝れるだろうな…。

 口元には自然と笑みが浮かんでた。











END











 折角のリクエストだったのに…ラブじゃなくてすみませんです。でもこれでとりあえず「いのっちカミセンを喰う」計画は達成された模様で(苦笑)ホントは坂長バージョンを先に考えていて、その途中で思いついた物だったのですが、最近イマイチ小説がぱっとしなくて…今回なんて全体的に意味不明ですよ。精進精進。必要ないのに健くんが出てくる辺り、そして意味もなく愛されてる辺り、私だなぁと。やはりいのっちが格好良く書けなくて申し訳ありません…。毎回こーゆーコト言ってるのになかなか進歩しないんだよ…トホホ(苦笑)

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