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恐怖の欠片(Ver.M) 1

 最初の印象は、穏やかそうな人間。次の印象は、年齢の割に大人びている人間。そして今は――気持ち悪い人間。

 無表情だと仲間達からは良く言われるメークリッヒだが、その感情表情はあくまでストレートである。感情を誤魔化したり捻くりまわしたりが実は苦手なので、嫌悪や怒りは押さえたりはするものの、他の感情については全て筒抜けと言っても良い。
 そんなメークリッヒにとって、気持ち悪い人間――ゼオンシルトは、理解の範疇外にいる存在だった。
 仲間達――メークリッヒ以外の人間とは、上手くやっている。ルキアスなど、強く発言に躊躇いがなく、更には己を認めてくれるゼオンシルトに懐きまくっているし――反対にメークリッヒは嫌われた――表向きは人当たりが良いしそもそも人好きする性質なのだろう。
 だが、メークリッヒは駄目だった。ゼオンシルトが何か発言をする度に、違和感が付きまとい気持ち悪いと感じる。あれは、人間の皮をかぶった別の何かではないかと、そう感じてしまう。
 何を考えているのか判らない。笑っているのに楽しそうではないし、笑顔は人間付き合いを円滑にする道具とさえ言う。
 判らない。ゼオンシルトが判らない。
 己の知識に照らし合わせ、前例がないものに対して人間は恐怖を覚える。今のメークリッヒもそんなもので、他人より鋭い洞察力で探れてしまったゼオンシルトは、まさに異物。強いし戦闘では頼りになるが、本当なら近付きたくない人間……。
 なのに、どうしてかゼオンシルトをパーティから抜くことが出来ない。
 難解な心理分析は、メークリッヒの得意ではない。精神の構成は戦闘方面に特化して成長していたので、その他に避けるキャパがない……わけでもないが、そんなことをこれまで求められたことがないので、慣れないのだ。
 気持ち悪いなら、その思考から追い出してしまえれば良いのに、それも出来ない。自らを追い込むように意識してしまう己に、どこかおかしいのではないかとすら思う最近。
「……悩み事ですか?」
 それまでじっとメークリッヒを見守るだけだった妖精が声をかけてくる。
「……悩み……なんだろうか?」
「己の心に迷いましたか?」
「そう……なんだろうな……」
 ユリィはちらりとメークリッヒの視線の先を見やると「ゼオンシルト様のことですか?」と尋ねてきた。
「判るか?」
「お二方は似ておられますから、気になるのか、と……」
「……俺はあんな気持ち悪い人間なのか?」
「……はい?」
 思いも寄らなかった言葉だったのだろう。ユリィはぽかんとメークリッヒを見上げる。
「気持ち悪い……とお思いなのですか?」
「あんな気持ち悪い人間は、見たことがない」
 気持ち悪い……と呟きながら、ユリィはゼオンシルトを振り向く。小首を傾げて不思議そうにしているからには、ユリィにはあの気持ち悪さが見えないのだろう。
 外見だけならにこやかで、容姿も整った青年だ。どこにも気持ち悪さなど感じられないのはメークリッヒにだって判っている。
 判ってはいるが……感じてしまう嫌悪感はもうどうしようもない。理解されなくとも己の心に嘘はつけない。
 視線をゼオンシルトから引き離し吐息すれば、戸惑ったようなユリィが「同族嫌悪……というわけではなさそうですね」といっぱしの心理分析のようなことを言った。
「同族嫌悪? 己に余りにも似通った思考を持つ人間を、生理的に嫌悪するあれか?」
「はい……。先程も言いましたように、ゼオンシルト様と勇者様は、どこか似通ったところがございます。ですから……と思ったのですが……」
「俺もさっき言ったと思うが……俺はあんなに刹那的に生きてはいないし、何を言われても腹を立てずにこやかに笑って過ごせる人間じゃない」
「刹那的……は判りませんが、確かにゼオンシルト様は、何事にも腹を立てるようなことはありませんね」
「……怒らせようと拒絶の言葉を使ってみても、笑う。傷付いてすらいないようだ」
 ユリィは驚いたようにメークリッヒを見た。
「怒らせようとなさったのですか?」
「ああ。あんまり感情の波が無さ過ぎるからな。本人も感情に希薄だと言っていた」
「……おかしい、ですわ」
「え?」
 ユリィのふとした呟きに興味を覚えて振り向けば「他人を怒らせるなどと、そのようなことをする勇者様もそうですが……ゼオンシルト様も……」と怪訝に眉根を寄せながら続ける。
 自身がおかしいと言われたことについては、この際無視することにして、ではゼオンシルトの何がおかしいのか、と問い掛ける視線を向ければ、ユリィはしかつめらしい表情のまま「私、勇者様にお会いする以前に、ゼオンシルト様を存じております」と、メークリッヒにとっては想像の範疇にある事実を述べる。
 そんなことは、言われないまでも判っている。ゴートランドでゼオンシルトに初めて会った時、ユリィは彼に対して「久し振り」のような言葉を告げ、それにゼオンシルトは「彼が君の勇者なのか?」と問いかけたのだから。
「だから?」
「ええ。私にとっては今も過去も変わらないように見えますが……勇者様の仰っていることが本当なら、ゼオンシルト様は私が出会ったあの方とは、違う印象になってしまいます」
「……どういうことだ?」
「だって、怒っていらっしゃいましたもの」
「え?」
 どこか自分を恥じるように、ユリィが話し始めたのは、彼女がゴートランドでクイーンオブピクシーの地位を持っていた過去のこと。
 ガイラナック妖精コンテスト本選会場近くで、ユリィはゼオンシルトと出会った。傍にはまだ、ゼオンシルトを勇者と断定する前のコリンがおり、そのコリンとユリィのあまり見ていて好ましいとは思えない口論をしてしまった時、ゼオンシルトは怒った。ユリィには、己の才をひけらかす上品さの欠片も無い行為に対して。コリンには、努力する者の気持ちを踏みにじるかのような言い様に対して。
「その時は、あの微笑はありませんでした。本当に怒っているようでしたわ。他の妖精達が守っている、妖精への印象を地の底に落すような私たちの行為を……」
 それは、ゼオンシルト本人に対しての侮辱からの怒りではなかったけれど。
「……己に対しての暴言については、寛容ということか?」
「基本的にはそうなのではないかと思います。ですが……人間としてそれは、少しおかしいですわね……」
 考えてみれば――と言うユリィに、メークリッヒも確かにと頷く。
 人の怒りの発露は、大体のところ己のプライドを傷つけられることだ。人にとって自尊心というのは、生きていく上で必要不可欠な感情の一つで、これを失えば、自身の生きる目的すら失うことになる。
「そう言えば……」
 メークリッヒはゼオンシルトとの会話の中、それに似た問いを向けられたことに気付いた。
「……人間は、どうして生きているのだろう?」
「え? 勇者様、それは……」
「俺じゃない。ゼオンシルトの言った言葉だ」
「ゼオンシルト様が?」
 驚くユリィに、メークリッヒは進路の変更を伝える。
「俺とユリィだけでは、どうやらこのモヤモヤは解決しないらしいな」
「賢明な判断です。ですが、どなたにそれを?」
「……ファニルなら、どうだろう?」
 レノックス研究所に、客員研究員として在籍することになった、ゼオンシルト同様ゴートランドで育ったファニル。彼女なら、所属も本来はゼオンシルトと同じ平和維持軍だったのだし、何かしらの答えを持っているかもしれない。
 そもそも研究員なのだから、分析も得意だろう。
「では、行き先はレノックス研究所ですね」
「ああ」

 行き先の途中変更に、誰もが疑問をその口に乗せた。しかしながら、メークリッヒの独断で進路を変更するのはこれが初めてのことではない。むしろ、メークリッヒの行動に意味を求めることすらが、大体のところで不可能なのだ――ということを、良くも悪くも受け入れてしまっていた仲間達は、答えがなくても何ら気にしなかった。
「レノックス研究所と言えばさ……」
 気にしないどころか、変更を告げた次の瞬間には、行き先の面白エピソードを語って聞かせようとまでするウェンディの話に、注目点は良いように流れていく。
 追求はされない確信はあったが、こうも簡単にメークリッヒの判断を受け入れる仲間達には、ちょっと、と思わないでもないメークリッヒは、しかし探るようなゼオンシルトの視線を感じ、気持ち悪いと思いながらも振り向いた。
 何か、言いたいことがあるのではないか、と思ったからだ。
 だが……。
 暫くメークリッヒを見ていたゼオンシルトではあったが、口が開かれることはなかった。どころか、見事なまでの微笑みで済まされ、彼は直ぐにウェンディの話題に乗っかっていく。
「気持ち悪い……」
 呟けば、気遣わしげにユリィに「大丈夫ですか?」と問われた。
「ああ、問題ない」
「気分が優れないようでしたら……」
「この気分の悪さは、ゼオンシルトを解明しない限り収まりそうもないな」
「……そう……ですか……」
 もう何を言っても無駄と判断したのだろう。ユリィはメークリッヒから少し離れ、辺りの気配を伺う。どこか様子のおかしなメークリッヒの変わりに、危機管理をしようというのだろう。だが、それはさすがに必要はない。メークリッヒの神経は、今思う気分の悪さとは無関係のところで働くので、意識がどこに向いていようが反射的に危険を察知することが出来るのだ。
 メークリッヒが例えばそれを出来なくとも、もう一人身に染み付いたそれで危険を察知することが出来る人間もいる。
 頼りになる。それは確かなのだ。だが……。
「……感情というものは、意外と制御の利かないものなんだな」
 まるで初めて知ったとでもいいたげに、メークリッヒは呟いた。



 距離が少し離れていた為、レノックス研究所にたどり着くまでに一週間程かかった。研究所近くにトランスゲートがないのも原因の一つだ。マキナスからでも、レノックス研究所までは徒歩で約12時間程かかる。
 漸く辿り着いたレノックス研究所で、まず研究所長に許可を貰って宿を借り、皆には自由時間を宣言してユリィと二人訪れたファニルの研究室にて――。
 メークリッヒは、己の想像し得ない話を、耳にすることになる。

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