「……君は……もの凄く失礼な人だったんだね」
ふと響いた言葉に、誰もが驚きの表情で振り向く。
ゼオンシルト。言葉を発したのは、最近パーティメンバーとして行動を共にし始めた、一人隣の大陸出身の――両刃双槍術の使い手。
それまでパーティで一番強いと誰からも認められていたメークリッヒと同等か、もしくはそれ以上の実力を持つゼオンシルトは、これまで誰が何を言おうが、問われたことに答えはしても、それ以外についてコメントすることを控えていた。
その彼が、初めて自分から発した言葉。しかも、メークリッヒに対してである。
「……それは、どういうことだろう? 俺は何か、君に対して失礼なことをしただろうか?」
問うメークリッヒの顔は、怪訝に歪んでいる。していたのは何時ものコンビネーションの話。メンバーが変われば戦い方も変わる。得手不得手があるからだ。
今のところ、メークリッヒとゼオンシルトについては、得手不得手に左右されるようなことはないが、槍術を収めながらもどちらかといえば魔法補助の方が得意なウェンディや、遠距離攻撃と魔法攻撃に突出したルキアスには、その都度配置や役割を変える必要があるのだ。
その、何時もの話だったというのに……。
「俺にじゃない。俺になら、どれだけ失礼を繰り返そうがどうでも良い。そういう立場にあるからな。だが、君達は違うだろう?」
「違う……とは……」
まるで意味が判らないと首を捻るメークリッヒに、ゼオンシルトは何故判らないのか、とわずか苛立った様子で、今しがた決められた配置が書かれた地面を指差す。
「その配置。……どうしてルキアス君をそんなに背後まで下がらせるんだ? 下手をすればナイフが届かない」
近距離攻撃に弱いルキアスを、背後に下がらせるのは当然のことだ。それの何が? と思っているようなメークリッヒに、ゼオンシルトは苦笑した。
「長い道中で精神力ばかりを消費する魔法を使わせるのは、いざという時命取りになりかねない。だけど君の配置では、ルキアス君は魔法を使う以外にない。……君は、ルキアス君を危険に晒したいのか?」
え? と誰もがゼオンシルトを振り向く。それは、メークリッヒの指示する配置が、常にルキアスを思うが故に決められたものだったからだ。なのに、ゼオンシルトはそれがいけないと言う。
「しかも、こんな一人背後においやったら、もしも伏兵がいた時に対処が出来ない。詠唱途中だったら、確実に死ぬだろうな」
「え、ちょっと待って、ゼオンシルトさん。でも今までは……」
ウェンディが慌ててフォローの言葉を入れようとするが、ゼオンシルトはそれすら遮り「ここにいるのは俺を除き君の仲間だろう? 危険だからと危惧し下がらせるのは良い。だけどそれは、仲間の力量を信用していないことにも繋がる。更に危険においやっているなら、救いがない。ルキアス君はウェンディさんと同じ位置に出せ。それが一番危険が少ない」冷静に、そう告げた。
言われ、一番驚いたのはルキアスだった。
「あんたは……俺が前に出ても、大丈夫だって言うのか?」
「君は十分強い。だが、配置によってそれは生かされない。君が一番生かされる位置は、いざという時はフォローに入れる人間が傍にいる位置――要するに中盤を守るウェンディさんの傍だ」
戦闘に補助は必ずいる。だからウェンディが補助の魔法を使っている時は、ルキアスが武器で敵を払い、補助が済んだ後はウェンディ交代する。ゼオンシルトが、ファニルとランディに求めた戦法である。
なるほど。考えてみるとそれならば、ルキアスは魔法でも武器でもどちらでも好きな方を使い戦うことが出来る。前衛にも近いから、前で戦っているメークリッヒやゼオンシルトのどちらかが、いざという時のフォローに入ることも出来る。
「なるほどね……」
納得を示すウェンディに、ルキアスはどこか縋るような目でメークリッヒを見やる。配置を、変えてくれと言っているのだ。どうか、信用を……。
メークリッヒは暫く考え込んでいたものの――。
「判った。それでやってみよう」
頷いた。
戦闘時の配置が決まり、皆して次の目的地へと歩く道すがら。
――言い過ぎたかな?
前を歩くメークリッヒの背を見て、ゼオンシルトは反省する。
本当は口を出すつもりはなかった。ある意味では、メークリッヒの配置は何よりも正しかったし、伏兵についても、メークリッヒ程気配に敏感ならば見逃しはないだろうと思っていたから。
だけど……。
――あれじゃ、ルキアス君が信用出来ないとばかりなんだよ、メークリッヒ。
守りたいと思うのはメークリッヒの勝手。それは仲間を思いやる優しさから来ていることも、良く判っている。だがそれでは、ルキアスは己の望むものに近付くことが出来ない。例え近付いていたとしても、それを実感として持つことが出来ない。
仲間なら、守るばかりじゃなく、強くなることを後押ししてやるべきだと思う。事実ゼオンシルトは、そうしてきた。
「だがまぁ、俺とメークリッヒとじゃ、違うからな、タイプが」
自覚ある自分の性質として、ゼオンシルトは冷めている。何に対しても熱くなることは殆どなく、己の身が人の命を食らっていたと知れ、仲間に拒絶に似たものを受けた時も、それ程己の身に打撃はなかった。逆に問いたかったくらいだ。ならば貴様らは、何の命を犠牲にして生きているか知っているか、と――。地に生きるのは人間ばかりではない。ただ、食物連鎖の頂点にいるからというだけで、人間以外の生き物の生命を屠りそれを食い物にしている。それをしている時点で、人間は生きている限り「命を奪う者」という呪縛から逃れることは出来ないのである。
ふ、と笑えば、メークリッヒが振り向く。
「や、ごめん。ちょっと思い出し笑いをしてた」
「……楽しいことだったのか?」
「そうだね。オカシイことをちょっと」
「それにしては……楽しそうには見えない」
「まぁ、楽しいことじゃないからね」
その矛盾した答えを軽く述べるゼオンシルトに、意味が判らないとメークリッヒの顔が歪む。
「……楽しくないのに笑っていたのか?」
「楽しくなくても笑えることってあるだろう?」
「……例えば?」
「動植物を殺し食していながら、人間だけは殺しちゃいけないという概念とかね」
「……」
「仕方ないのは判ってるんだよ。でもそこには、人間だけはこの世の特別だ、という傲慢な思いが根付いているように思えないかい?」
ゼオンシルトの理論に、メークリッヒは暫し絶句していた。恐らく考えたこともなかったのだろう。
「……変わった……考え方をするんだな」
「そうだろうね、君達にとっては……」
「俺達にとっては?」
「……豚が殺されるところを見たことがあるかい? 食料として解体されるところを見たことがあるかい? 豚は、人間に食われる為に生まれてくるものなのかい?」
「……」
答えを探し悩むメークリッヒに、ゼオンシルトは首を振る。
「答えなくても良いんだ。答えなんてないんだから。ただ……俺が思うだけだから。何故、人間は生まれ、生きているんだろう、とね」
「難しい問いだな。永遠に答えは出てきそうにない」
「だから、それで良いんだよ。生きていることに実は重要な意味なんてないし、生きていく課程で仕方ないと妥協することは、日常で当たり前に行なわれていることなんだから。でもだからこそ、どうやって生きようかと考えることは必要だと思うけどね……」
どうやって……。
冷めていると自覚のあるゼオンシルトは、だから己の肉体が普通と違うと知った時、生きることを諦めることを選択した。生きていてはいけないと、与えられた拒絶の中に答えを見つけたからだ。
なのに、極一部の人間が、それでも生きていて欲しいと望んだから、今を生きている。自分の為じゃない。
「俺の言葉なんて、気にすることじゃないよ」
何故か黙り込んでしまったメークリッヒにそう言えば、色の沈んだ金の目を向けられる。
「何?」
何か言いたいのだろうと当たりをつけて問えば、表現したいことを、どう言ったら良いのか、というような表情をされた。
何を言いたいのか、察することは出来なかったので、フォローを入れることも出来ずに待てば、何か言葉を探し当てたのだろう、口が開かれた。
「……君は……」
「うん?」
「……死にたいのか?」
「!?」
「……今の話し方だと、そう聞こえる」
ボソリ呟いたメークリッヒに、驚いたとゼオンシルト。
別段そう思っているわけではないが、心情的にはそれに近いかもしれない。思えば、その洞察力に驚く。
「本当君は……驚くべき人だよね。その過保護っぷりから何から何まで……」
「当たってたのか?」
「どうだろうね。そう思っているわけじゃないけれど……進んで生きていたいとは、思っていないかもな」
生活基盤である平和維持軍を見た時、ゼオンシルトはそこに、己の姿を思い浮かべたことはない。所属はしていても、どこか遠くから他人事のように眺めているだけで、その輪の中に入ろうとしたことは、あの時から一度もない。
「……楽しくないか、生きることは……」
「ああ。残念ながら、そういったことは一度も感じたことがないな。きっと感情が希薄なんだろう」
「……何時も笑っているのに?」
「笑顔は円滑な人間関係を保つ為の道具だよ。皮一枚のところで他人の何を判断出来るんだい?」
不毛さを感じた。会話の流れに意味が無いことを、ゼオンシルトだけではなくメークリッヒもきっと判っているだろう。
「そんなことより、ルキアス君のことなんだけどね」
「……君は仲間じゃないんだろう? なら、口を出すな」
ややきつい物言いをしたメークリッヒに、ゼオンシルトは微笑んだ。
「そうだね。余計なことをした。今後は控えるよ。ただ……守ることと過保護は同義にはならない。あの子が望む自分を掴む為には、君のその過保護は邪魔なんだ。それだけは、覚えておいてくれ」
メークリッヒの傍から離れながら、ゼオンシルトは苦笑を浮かべる。
本来なら……傷付くところなんだろうが……。
――何も感じないな、やっぱり……。
傷つける為だったのだろう、メークリッヒのあの言葉に、しかし傷付くことすら揺れることすら出来なかったことに、何となく済まないと思った。