「そうやって、タっちゃんは俺のこと、誤魔化そうとしているだろ?」
どん、と壁に押し付けた体が、痛みで竦むのを、更に強く押さえつける。
達哉は痛みに歪めた顔で、しかし視線だけは栄吉から反らさずに首を振った。
「誤解するな、栄吉……」
「したくない。したくないよ。でも、タっちゃんはこんな時だって何も言ってくれないじゃないか!」
不覚にも涙が滲んできて、栄吉は瞼を乱暴に擦る。
「言えよ、タっちゃん。俺にも戦えって。そしたら俺は、命をかけてでもタっちゃんを守る」
「命をかけて俺なんかを守ってどうする?」
「決まってるだろ! 今度こそタっちゃんと同じ時間を生きるんだ。この場所で!」
「それは出来ないんだ……許してくれ、栄吉」
「なんで!」
「この体は、この世界の俺の体だからだ」
「関係ない」
栄吉は達哉を押せつけて、その唇を奪う。
「その体はタっちゃんの体じゃない。俺の体だ」
合わせた唇でそう言葉を紡いで、栄吉は、細い達哉の腰を抱きこんだ。
会いにくるんじゃなかった――と達哉は後悔していた。
モナドマンドラで、栄吉の記憶が戻ってしまって。気持に区切りをつける為に、舞耶に願って1度戻ってきた。
その足で栄吉を訪ね、自分の覚えている限りのことを言っておこうと思っただけなのに、なのに、かつての感情を呼び起こされた上、向こうでは拒んでいた一線を越えられてしまった。
こっちの自分の体で。
酷い男だ、と栄吉を見る。
なのに、満足しきった顔で眠っている栄吉を見ると、怒るに怒れない。
散々拒んできたツケというやつなのかもしれない。
何時だって恋人になりたいとこの男は自分に言っていた。
あの、世界が滅ぶというギリギリの極限状態の中で、求められてほだされて――ならば、全てが終わった後に――と約束した。
けれど、約束は果たされることはなかった。
世界は滅び、やり直しの世界を作り――そして記憶を失った。
思い出せば全てが終わりを迎え、作った世界は壊れてしまう。
「だから、思い出してもらいたくなかった」 苦しむだけだ。
自分にも、新たな未練が加算され、苦しみは増した。
それでも……。
「好きだったよ、栄吉……」
でももう終わり。
栄吉を起こさないように起きだし、衣服をまとって紙にメモを残す。
記憶の鍵のこと。残された鍵を守って欲しいこと。
そして、自分のことは忘れて欲しいと――そう願って。
目覚めた時、隣に温もりは残ってなかった。
「タっちゃん……」
きっと置いてきぼりにされるだろうことは、判りきっていた。
判っていても、事実そうされると寂しい。
置き忘れられたような紙は、栄吉の手の下に挟まれていた。
読まなくても、願いは判ってる。
でも、その内の一つは守るつもりはない。
「忘れてなんて、やらない。永遠に、覚えていてやるからな!」
そんな優しい人間になるつもりなんてない。
しつこくねばこく、記憶を失ってなんてやらない。
だって約束だってしたのだ。
果たされることは、永遠にない――栄吉の胸に温かなものを灯す、約束。
「だから、1度っきりで良いから!」
「……何度も言うようだが、栄吉。俺は男だぞ?」
「知ってる。でも好きになっちまったものはしょうがねぇ」
「そんな単純なものじゃないと思うけどな……」
「タっちゃんはそうでも、俺はもう限界超えてる」
「……」
「好きなんだ、タっちゃん。もう親友じゃやなんだ」
「……なら、この戦いが終ったら。そしたら考える」
「本当だな!」
「ああ……」
「絶対だぞ?」
「……判ってる」
「恋人同士だからな!」
「ああ……」