体が熱い。
戦闘が終る度に、そんな感情がわきあがった。
体の中に一本芯を通し、その芯が燃えるように熱く感じるのだ。
「体調が悪いのか……?」
不思議には思ったが、原因究明に至らなかったし、特別他に異常も感じられなかったのでそのまま放置した。
三日前。
「達哉君、ごめん、MOON属性のペルソナを三体同時召喚しちゃったの。一体お願い出来るかな?」
達哉が宿すペルソナの成長は、その攻撃回数もあって、かなり早い。
悪いとは思いつつも、だから舞耶は達哉に早期成長させたいペルソナを頼んでいた。
「ああ……で、何?」
「えっとね、サキュバスかツクヨミか。どっちが良い?」
「あと一体は?」
「うん、一応、無理は承知で克哉さんにお願いしたから」
克哉はMOON属性はあまり得意ではなかったが、克哉の得意ペルソナは、カード枚数とレベルの関係で召喚出来ない。
「妥当だろうな。良いよ。ツクヨミはきっと舞耶姉の方が良いと思う」
「じゃ、達哉君はサキュバスね」
「ああ……」
その日から、不調は続いている。
「達哉の奴、無理をしているんじゃないか?」
不安そうに言う克哉に、舞耶を除いた二人が、またか、という顔をした。
「俺には普通に見えるけどなぁ? な、芹沢」
「そうねぇ。ちょっとご飯の量が少ない程度でしょ? でも達哉君は元々小食だし」
「全く、女みてぇな奴だよなぁ。何処で筋肉作ってるんだか」
「ホントよねぇ」
あまり事を重大視していない二人に、克哉は諦めの溜息。
しかし舞耶がこっそりと。
「私もちょっと様子が変だと思うわ」
囁いた。
実際、達哉はおかしかった。
戦闘中はなんとかこなしているものの、時間が経過するごとに、体の熱が引かなくなってきている。
アポロを降魔している時、体温が多少上昇していることが判っているが、今降魔しているのはサキュバスだ。
夜中にふと目が覚めた達哉は、疼くような熱に支配されている体に不安を覚える。
理由が判らない。
どうしてこうなってしまうのか?
時折、体調の不良が降魔しているペルソナの所為であることがあるが、まさかサキュバスで……。
ふと、思い至る。
サキュバスと言えば、男の夢に夜な夜な現れ、姦淫する悪魔の女性版。
この男性版が、インキュバスで、残念ながらペルソナには加わっていない。
夢での姦淫。
しかし、達哉の夢は普通だ。姦淫の夢など見たことがない。
となると、やはりペルソナの仕業ではないことに……。
そこまで考えて、意識が揺らぐのを感じた。
薄れていく意識。
そして、ブラックアウト。
翌日。冷めている熱に気付いた。
やはり大したことはなかった。
安心したのはつかの間のことだった。
体の奥に、鈍い痛みがある。言葉にするのも躊躇う場所に。
しかし、誰にも告ることなく、また戦いは続く。
戦いが長く続けば続く程、体の熱が上がっていく。
そして意識がなくなり、翌日には冷めている。
そんな事が続いたある日。
「大丈夫か、達哉?」
克哉に言われた。
「何が?」
「足元がふらついている」
「え?」
気付かなかった。
だが成る程、意識すれば確かに体が傾いでいるのが判る。
「なんでもない……」
不調を悟られてはいけない。今は戦いの真っ只中なのだ。
必死に平静を取り繕う達哉を、克哉は不安そうに見詰める。
そして舞耶も。
「やっぱりおかしいわね……」
呟く舞耶に、克哉は頷いた。
ここ最近の動向。戦い方。
どれをとっても達哉はおかしい。
「夜中にどこかへ出かけている様子もある」
「そうなんですか?」
家に戻るのが面倒になってきた最近、みんなでまとまって宿を取ることが多くなってきている。その宿で同室になると、必ず夜中に姿が見えなkなっている。
パオフゥは気付かないのだろうか?
「後を、つけてみませんか?」
「ああ……」
とてつもない不安が、克哉の胸を押しつぶさんばかりに膨らんでいた。
舞耶も同様に。
しかし二人はそれを口には出さず、宿の部屋割りを考えつつ、達哉の行動を見張ることを約束した。
「出て行った」
バイブ設定にした携帯で連絡を取り合った。
達哉が部屋を出たのを確認して、克哉が連絡を入れる。そういう約束だった。
ふらふらと足取りも怪しい達哉の後を、二人でつける。
舞耶は今度ばかりは、昼間に買っておいたスニーカーでの尾行だ。
「なんか、夢遊病みたいな感じでうすね」
目的を持たずに歩く人間そのもの。
達哉の行動はそういったものだ。
「そうだな……しかし、達哉には夢遊病の気はなかったはずだが……」
ふらふらと、足取りも怪しい達哉は、眠りを知らない繁華街の方へ向かっている。克哉の記憶の中には、あまり良くない情報がインプットされている風俗店の集まる界隈だ。
達哉はその界隈に足を踏み入れると、たむろしている少年達に近寄っていった。
何事か話した後、二人は再び歩き始める。
「公園?」
「そのようだな……」
デートスポットとして有名――以外にも、公然とした行為がなされる場所としても名高い小さな公園。
二人はそこに足を踏み入れ、茂みに紛れ込んだ。
「一体何を……」
舞耶が不思議そうに首を捻る横で、克哉には大体の予測がついていた。
ふらつく足元。
公園、茂み、風俗店の多い界隈。
「ここで、ちょっと待っていてくれないか?」
克哉は舞耶に言うと、茂みに向かっていく。
舞耶は不安そうに、でも頷いて、克哉の背を見送った。
街灯の光が届くギリギリの場所に、二人はいた。
克哉の予想通り、彼らは下半身のみ素肌を晒し、絡み合っていた。
地面に四つんばいになり、明らかに男を受け入れている達哉。
男は夢中になり、達哉は――笑っている。
重苦しい感情が克哉の胸に一杯になる。
見ていたくない、弟のこんな姿など……。
何よりも、相手が男だというところが、衝撃だった。
「そこまでだ」
拳銃を取り出し、男のこめかみにあてる。
「な、なんだよ!」
焦った男は克哉を見上げる。
「それは僕の弟なんだ。返してもらう」
「誘ってきたのは、こいつなんだぜ?」
「ああ、そうだろうな。だが、これまでにして欲しい。後は、どうとでも処理してくれ。悪いが……」
「……判ったよ」
安全装置をはずされる鋭い音に、男は蒼白になり達哉から離れた。
恨めしげに見上げてくる弟の視線を綺麗に無視して、立ち去っていく男を見送る。
「達哉……」
声をかけると、達哉はニヤリと克哉を見上げた。
「別に、貴方でも良いけど?」
蠱惑の笑みが近付いてくる。
克哉は、惑わされる前に、当身を食らわせた。
舞耶には事情を話すことは出来なかった。
自分を守る為に異世界から来たはずの少年が、まさか男相手に行為の最中だったとは、なかなか言えないものだ。
言葉を濁して、概要だけ語り、達哉は確かに夢遊病だ、と断言して、克哉は舞耶を伴い、達哉を抱えて宿に戻る。
理由は判らないが、達哉の行動の原点が、行為のためであることは理解できた。 だが、克哉を見た達哉の目。あれはとてもじゃないが達哉本来の意識があるとは思えない程の妖艶さをかもしていた。
何者かに操られている。
これだけは判る。
だが何者に?
そして、それは何時まで続くのか?
永遠か?
ここ数日のことを考えれば、達哉の性交は一度や二度ではないはずである。
となれば、それなりに病気の検査も必要だ。
「全く、無茶をしてくれる……」
そういえば……と克哉は思い出す。
最近達哉のペルソナの共鳴が聞こえない。
ペルソナ?
ふと、思い出したのが、サキュバスのこと。
あれは淫夢を見せる悪魔だ。
「まさか……」
ペルソナの影響で体調が変動するのは毎度のことだ。克哉も、ヒューペリオンを降魔すると、体温が上がる。
舞耶も言っている。アルテミスは氷に関連するペルソナであるから、冷えが酷くなるのだ、と。
「もしかして、ペルソナの影響か?」
降魔している達哉の体調にも影響し、また、降魔している本人であるからには、現段階では達哉も夢魔そのものであると言える。
夢魔は眠らずに人の夢に影響するものだ。
達哉の夢が何者かに影響し、夜な夜な求められる人間が餌食になっている。
となると、納得出来る。
淫夢を見せるサキュバス。
達哉はだから、男を相手に性交に及び、彼らの生気を吸い取る。
「サキュバス……なのか……」
となれば、翌日に達哉からサキュバスを引き剥がしてしまえば良い。
だが、今夜はもう大丈夫なのか?
今は眠っている。だが、克哉が眠りに入った後、まだ外に出て行ってしまうのではないか?
今夜はまだ、生気を吸収していない。
それが必要なことなら、きっと達哉は……。
思い出すのは、サキュバスが放ったのだろう言葉。
『別に、貴方でも良いけど?』
ならば……。
することは一つだけ。
朝、目覚めた瞬間に、克哉にサキュバスをはがせと言われて、達哉は言われるままにそうした。
何故か、兄には逆らえない、そんな気持ちになっていた。
具合の悪そうな兄を心配しつつも、サキュバスから一時アポロに変更した達哉は、それまでの不快な熱が去って行くのを感じた。
もう大丈夫。
意味もなくそう思った。
だが何故だろう。
兄を見ると、体が震える気がする。
何故か、離れているのがおかしいような、そんな感じが。
夜の内に降魔するペルソナを変更したか、兄のペルソナもヒューペリオンに代わっていた。
そのヒューペリオンが、語りかけるのだ、共鳴で。
アイシテイル、と。