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S M L XL B

じゃあ見せてくれ

 最初は他愛ない言葉遊び――というか、それよりは多少性質の悪い『初体験の話』だった。
 兄弟揃ってモテはするのに、二人とも案外と初体験が遅い。
 達哉に限って言えば、まだ1度も致していない状態で。
 クールに見えてそこはそれ。一応は健全な男子であるのだから、興味はそれなりに持っている。
 酔ってもいた。合格発表はまだだが、一段落ついた受験後の一時。
 そろそろ良いだろう。と酒類解禁になったのを良いことに、翌日非番な兄と二人して、しこたま飲んだ。
 酒にはまだ、強いと言う程慣れてない。
 それでもワイン二本に日本酒にも手をかけて――。
 所謂悪酔いといったところだろうか?
「兄貴の初体験の相手って、誰だ?」
 つい戯れに聞いてた。普段の達哉なら、絶対にこんなことは聞かない。
 大体、聞いても兄の交友関係の全てに明るいわけではないのだから、誰かなんて判っても意味がなかった。
「相手か……」
 克哉も酔っていた。元々酒には強くない。
 元来甘党の克哉は、酒よりはケーキやらフルーツやらに魅力を感じる、男にしては珍しい甘味好きで、その弊害のように酒はそれ程好んでいない。
 まぁ、弱いのだ。実は。
 二人して、視線も妖しい状態で初体験の話。
 あまり褒められたものではなかった。
「大学の時に家庭教師に通っていた先の女子高生だったな」
「へぇ……」
 生徒を食う家庭教師。
 どうかと思うが、最近の高校生ならそれくらでは傷も付かないだろう。
 達哉はぐい、と酒を煽る。
「というのは冗談で、実は――大学時代の同級生なんだ」
「ふーん」
 同年代なら、それなりに。良い恋人関係を営んでいたのだろう。
 と思いきや。
「僕は童貞を失う前に、処女を失ったんだ」
「は?」
 話が妖しくなってくる。
 一体どういう意味なのだろうか、と酒に酔ってあまり回転のよろしくない頭で考える。
「突然でね。暗がりに連れ込まれ、力づくで犯された」
 なんとまぁ、兄の初体験は強姦だった。しかも、犯された――……って、え?
 達哉は兄の顔を凝視する。
 どこの世界に男を強姦する女がいるものか。よしんばいたとしても、大学の頃の克哉と言えば、将来は警官になるからと、相応に鍛えていた。多少細身で頼りないところのある兄だが、大学時代には既に武道の段持ちで、それを押し倒すとなると、国体級の実力の持ち主でもなければ無理なのではないだろうか? 女なら尚更。
 ということは……。
「あ、兄貴ってさ……それって、相手は……」
「柔道部の部長だとか言う奴だったか……所属はしていたものの、あまり顔を出さない僕が気に入らなかったそうだ。強面の筋肉質でね。流石の僕も、抵抗しきれなかった」
「!?」
 やはり、相手は男!
「ちょっと待て、兄貴! じゃ、兄貴の初体験は……」
 所謂、女役!?
 これが驚かずにいられるだろうか。
 兄だ。周防克哉だ。堅物で真面目だけがとりえのような、あの克哉だ。
「嘘だろ……」
 思わず達哉は呟く。
 確かに克哉は一見ひ弱そうな印象がある。だが、立派に男の外見をしている。
 悔しいが、誰が見ても達哉の方が母似の女顔だと言われる。
 その克哉が……。
 受験後で疲れきった上、酔いの回った頭は、思考を拒否して真っ白になる。
 尊敬する程近くにいたことはなかった兄だが、和解した後には兄のような警察官になるのだ、と張り切ってもいた。
 その兄の過去に、まさかそんなことがあるなんて……。
 達哉はぼんやりと兄を眺める。
 克哉の方は、視線は感じているのだろうが、こちらも酔っているので上手く頭が回らないらしい。達哉の困惑も知らず、ブツブツと話の続きを呟き続けている。
「達哉、知ってるか? 男同士はアナルを使うんだ。アナルだぞ? 日本語名称で言うなら、肛門だな」
「あ……兄貴……」
「普通は排泄する場所のそこをだな、性器のように使われる違和感といったら、それはもう大変なものだ。僕は吐きそうになったのを覚えている」
 そんなに凄いものなのか……。
 達哉はぼんやりとそう思う。
 先程の驚きは酔いと疲れに薄れ、今は何がなんだか判らない感慨が残った。
「しかも相手のイチモツは物凄く立派でな。男ならコンプレックスを刺激されてしまうようなものだ。それを突っ込まれ、僕の貧相な男根を刺激された時の屈辱と言ったら」
 それ程悔しそうではなう言う。過去の話なので、その屈辱も多少は消化されているのかもしれない。
 だが……。
 達哉はふと、教室でちらりと聞いた女子の話を思い出す。
 男子は小学生から、女子は中学高校で性の話が活発になる。ませているはずの女子の方が性の話の最盛期が遅くなるのは、おそらく男が即物的な快楽を求めるのに対し、女子は感情から入るからかもしれない。
 感情の発達が早いから、成長が早いのだ。
 勿論、全員が同じスピードで大人になるわけではないが……。
 それは良いとして。
 そうそう、教室で聞いた女子の話だ。
 最近の彼女達の話題は、確かゲイのセックスについて、だった。
 女は性感帯が多く存在し、その分フィニッシュの感覚を得ることが出来ないと言われているが、男は違うらしい。
 性感帯は多く存在しないものの、一ヶ所ダイレクトに立たせるポイントがあるのだそうだ。そこを刺激されると、狂う位に良いらしい。
 そのポイントは肛門の中、腹の裏辺りに存在し――要するに男同士のセックスならば、そこを挿入されたもので擦ることが可能――で、挿入される側はまさに「ハマる」のだそうだ。
 兄はその狂う程の快感を味わうことが出来なかったのだろうか?

 ここで注意しておかなくてはならない。
 二人は、酔っていた。いや、現在進行中で酔っている。それはもう、確実に。
 ワインはあまり良い酔い方の出来る酒ではない。元来からワインを浴びるほどに飲む人間などいない。ワインは料理の添え物であり、料理を引き立たせる名優的な脇役なのである。
 だが、彼らはそんなこと知ったこっちゃないとワインを浴びるように飲んだ。
 更に日本酒。これはまずい。
 日本酒は酒の中で言うなら、案外と口当たりの良い部類に入る割りには、体内にアルコールが残りやすいものなのだ。そのに日本酒を、一升瓶半分は空けている。
 酔っていないわけがない。
 そして酔いは、一時本来の人格を失わせると同時に、酷く人を大胆にもさせるものである。

 達哉は克哉の腰の辺りに視線を向けると。
「全然気持良くなかったのか?」
 聞いていた。
「そうだな。まるで――というわけでもなかった。多少は良かったかもしれないな」
「やっぱり、穴の大きさとか関係あるのかな?」
 1度当てた視線はなかなか外せない。まるで克哉の衣服の下を透視して覗いているかのように、達哉は腰から下を、視線で嘗め回していた。
「あるんじゃないか? それなりに応用が利いた方が、受け入れやすく楽しめるかもしれないな」
「兄貴のは狭いんだ?」
「それはどうだろうな? 自分では見ることも出来ないから、判らない」
「じゃぁ、見せて」
 何時もなら絶対に、口が裂けても言わないだろうことを、達哉はさらりと口にした。
 更に――。
「じゃ、達哉も見せてくれ」
 克哉も普通なら、世界が滅んでも言いそうにないことを口にしていた。
「判った。俺から?」
「ああ……」
 くらりと酔いの回る体を起こして、達哉はズボンを下着ごと脱ぎ捨てると、四つんばいになって克哉の眼前に尻を差し出した。
「どう?」
「ちょっと待て」
 克哉は違和感なく尻を見つめると、達哉の尻を割るように広げる。
「良く判らないな。指を入れてみても良いか?」
「痛いんだろ?」
「なら、先に舐めよう」
 達哉の返事も聞かず、克哉はその尻の狭間に顔を近づけると、ぺろりと穴の周囲を舐めた。
「あ……」
 瞬間、達哉の身の内を稲妻のようなものが駆け上がる。
「どうした?」
 声に気付いた克哉が尋ねると、達哉は反射的に首を振る。
「なんでもない……」
「そうか? じゃ、続けるぞ?」
「うん……」
 周囲を舐めていた舌が、穴を割るように中心部を舐め始める。
 唾液をたっぷりと塗りつけるように滑る舌の感覚は、酔った頭を抱える達哉に、これまで感じたことのない不可思議な感覚をもたらした。
 くちゅり。
 音を立てて固いものが内部に進入する。
「な、何!?」
「指だ。痛いか?」
 内部をずるずると這い上がるもの。指と言われれば、そんなものかもしれない。
「いや、痛くはない……」
 痛くはないが、だが、別の何かがぞろりと体内を駆け上がる。
 それは震えと微かな興奮をもたらした。
「やはり、狭いものだな」
 感心したような克哉。
「ここにあれを入れるのは、やっぱり無理だろうな」
 言いながら、指を二本に増やす。
 中途に収めた指を開き、その中心に舌を差し込むと、達哉の体がふるりと震える。
「寒いのか?」
 尋ねても、達哉からの返事はなかった。
 達哉は――返事すら出来ない程、呼吸を乱していた。
 体を支えている両手が、ガクガクと震え、今にも折れそうなのを堪え、懸命に呼吸を鎮めようとするのに駄目で、全身に力が篭る程、感覚が鋭敏になっていくようにさえ感じられる。
 そう、達哉は感じているのだ。
 指を後門に入れられ、普通じゃない行為を兄としている。
 そのことに、気付いた途端、身の内を激しい快感が襲った。
 同時に、克哉の動きが――そうは意識していないのだろうが――とても巧みで、前はいじられてもいないのに張り詰めていた。
「柔らかくなってきたな……」
 克哉は感想を言いながら達哉の穴を嘗め回し、指で探りまわす。
 前戯とも言えないお粗末な仕業だったが、それでも達哉の感じる快感は物凄いものだった。
 二本の指と舌に翻弄されている。
 しかも克哉は更に奥深く指と舌を差し込むと、今度は抜き差しを始めた。
 達哉の呼吸が更にせわしくなる。
 声は出さないようにこらえているが、ともすれば口が解けてあられもない声を上げてしまいそうだ。
 抜き差しは尚も続いた。
 角度を変え、本数を変え。
 ガクリ。
 とうとう達哉の上体が落ちる。
「大丈夫か? 達哉!」
 慌てた克哉は、その瞬間、我に返って愕然とする。
「僕は……一体……」
 覚えていないわけではなかった。しかし、意識は遠かった。
 克哉は、弟と――セックス寸前の行為をしていたのだ。
 その弟は今、克哉の目の前で全身を淡く染めて震えている。
 尻の割れ目は濡れそぼり、その中心の穴からは雫が滴っている。
 酷く扇情的な光景。
 いや、普通なら、嫌悪すら感じるはずの光景である。男の尻なのだ。
 なのに何故だろう。激しい劣情を感じる。
「あに……き…………」
 細い達哉の声が、克哉を呼ぶ。
 振り向けば、荒く呼吸を続ける達哉の目が、縋るように克哉を見ている。
「なんとか……して……から…だ……あつい…………」
 視線の直ぐ側で、ひくりと穴が収縮する。
 ずくり。
 全身を駆けた衝撃が、欲情だとは信じたくない。
 しかし、克哉は理性が止めるはずの手を、達哉に伸ばしていた。
 尻の狭間に指を潜め、もう一方の手で達哉の足の間でその存在を主張するモノに手を這わせる。
 熱く滾るそれは先端から切ない雫をこぼし、振られるのを待っていたようにビクンと跳ねた。
「達哉……」
 1度触れてしまえば、もう止められない。
 克哉だとて男だ。ストイックと誤解されがちだが、それなりにストレスのはけ口としても、行為には慣れるだけの数をこなしてきた。
 尻だけ高く掲げた達哉の媚態を後ろから眺めると、前後同時に愛撫を再会する。
「あ……あぁ……っ……」
 今度ばかりは意識して行なわれるそれに、達哉も声を堪えることが出来なかった。
 脳裏は白く爛れ、行為が何を示すかの思考すら霧散する。
 先程よりも増やされた指で、今度はポイントを的確に狙った愛撫を受け、達哉は悶えた。
「ぁ……あっ……に…さっ……」
 綺麗に整った女顔を持つ割に、達哉の声は低いバリトンで、なのにこの時は高く妖しい響きを持って克哉を聴覚からも狂わせていく。
「に……さん…………もっ…だ、だめっ……」
 切羽詰った声を合図に、克哉は達哉の根元を握りこむ。
「ぁっ……」
「もうちょっと待って、達哉。いっしょにいこう……」
 息を詰めた達哉にそう言って、克哉はくつろげた前から己の怒張したものを取り出すと、手で支えて達哉の後門に。
 達哉はガクガクと頷いて何度か穴を収縮させた。
「いくよ」
 合図一つで先端をもぐりこませる。
「っ!」
 衝撃に驚いたか、達哉の全身がビクリと震える。
 それを宥めるように背を撫で――腰を支えて一気に奥まで挿入した。
「ぁああっ!」
 酷い圧迫感が達哉を襲う。しかし痛みはそれ程でもない。
 散々嬲られた穴は、驚く程柔軟に克哉を迎え入れ、奥に落ち着くと数度の収縮を繰り返した。
「大丈夫か?」
 結合部を撫でながら克哉は尋ねる。
「だ……じょぶ…………うごい…ていい……」
「判った」
 気丈にも言った達哉に頷いて、克哉はその年齢の男にしては細いのではないだろうかと思う腰を強く握る。
 達哉が逃げられないように身体を固定して、腰を動かし始めた。
「はぁ……ぁ……っ……」
 切ない声が克哉を高ぶらせる。
 初めてのはずなのに、克哉の肉を食んだそこは、巧みに男を締め上げた。
「たつや……」
 兄弟の交わり。
 おかしいと感じてる暇もなかった。
 ただ、互いの胸中に、先程まではなかった感情が根付き始め、行為に色を添える。
「ん……んぅ……」
 聞くに堪えないのか、声を殺した達哉を、ゆっくりゆっくりと犯しながら、克哉は達哉のモノを扱く。
 前後の刺激に耐え切れなくなった達哉は、抵抗も空しく再び嬌声を上げて――。



 転がった酒瓶と散った精液。
 結局1度では止められなかった、最近禁欲気味だった克哉の性への衝動。
 付き合わされた初めての達哉は、疲れきって最後には意識を失い、罪悪感に駆られた克哉だけがその空間で意識を持つ。
 酒と、行為独特の匂いが交じり合った、不道徳な空間。
「僕は……」
 弟を抱いた。
 嫌悪感すら抱くはずだった行為は、克哉に満足感を与え、そして――これまで意識していなかった感情を浮かび上がらせた。
 近親相姦。
 彼は――弟を愛してしまったのだ。一人の人として。血のつながりを超えて。
 これまでも愛情はあったが、女のように抱いて汚したいと思ったことはなかった。
 だが今は違う。
 これきりなんて耐えられない。
 達哉の体も心も、欲しい。
 そう、思ってしまったのだった。

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