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この気持ちは誰のもの?

 俺は兄貴が好きだ。
 だけど、前から好きだったわけじゃない。
 世間が世界崩壊だなんだと騒いでいた頃、俺はずっと眠っていたらしい。
 だから俺はその騒ぎ自体を知らない。
 目覚めて直ぐ――俺は兄貴が好きだと気付いた。
 いや、気付いたわけじゃない。
 好きだと思ったんだ。
 兄貴と見ると体が疼く。
 まるで、兄貴の持ってる熱や吐息をこの体が知ってるみたいな、そんな気がする。
 でも俺は、そんなに兄貴と交流があったわけじゃない。
 物心ついたときからずっと、俺は兄貴を遠ざけてきた。
 なのにこの気持ちや感覚は何なんだろう?
 妙な癖も持った。ライターをカチカチするのだ。
 こんな癖だって、もってなかったはずなのに……。
 最近、俺はおかしい。
 兄貴を想いながら自分を慰めることも覚えてしまった。
 一体なんんだ?
 俺は変態になったのか?
 理由も原因も判らないから、混乱する。腹が立つ。
 イライラが最高潮にきた今日、だから俺は、兄貴の帰りを待っている。
 今日は顔を出すと言っていたから、だから、待ってる。
 決着をつけるんだ。このわけの判らない状況に。



 玄関のドアを開き、そっと克哉が顔を覗かせた。
 達哉は座っていた廊下から立ち上がり、克哉に一歩を踏み出す。
 その姿を見止めたか、克哉は苦笑した。
「まだ起きていたのか?」
「ああ……」
「そうか……」
 まるで起きていてはいけなかったかのような態度に、達哉は知らず自分の胸が痛んでいるのを自覚する。
「話があるんだ」
 その痛みをこらえて告げた達哉の言葉に、克哉は明らかに動揺した。
「明日じゃ駄目かな?」
「とか言って、明日になってたらなんだかんだ理由をつけて避けるつもりじゃないのか?」
「……」
 沈黙は肯定の証拠だろう。
 達哉は克哉の手を引くと、居間へと場所を移した。
 何にしても、こんな両親の寝室の近い場所で話せる話じゃない。
 テレビに向けて設置されたソファセット。
 その一つに腰をかけ、達哉は目の前の椅子を示した。
 克哉は溜息を吐くと上着を脱ぎ、ソファの背にかけると自分も腰をかけた。
「で、話って?」
 空々しく視線を反らしながら促される。
 達哉は視線を外さなかった。じっと克哉の顔を見つめ、大きく呼吸をした後、言った。
「俺、兄貴が好きなんだ」
 克哉が振り返る。
 じっと達哉の目を――大きく見開いた目で見つめてくる。
「ど……して……?」
「理由なんて、俺にわかるはずがない。だけど、体が言う。俺は兄貴を好きなんだって。勿論、兄弟の好きじゃない。恋人とか、そういう意味の好きらしい」
「達哉……」
「体が暴走するんだ。兄貴のことを想うと、胸が高鳴って体の底から熱いものがこみ上げる。――判るだろ? 兄貴も男なんだから」
「……ああ……」
 達哉はそういう意味で――体も伴う恋愛感情を克哉に持っているのだと、そうはっきり告げているのだ。
「けど、判らない。なんで俺は兄貴が好きになったんだ? 俺の意識する間もなく、その切れ目も判らないままに……で、俺は考えた」
 無口な達哉が、これほどしゃべることに、克哉は息苦しさを覚えていた。
 そして、その答えを求められようとしている。
 その事実に、克哉は怯える。
「俺が眠っている間――いや、俺は本当に眠ってたのか? 本当は起きていて、兄貴と何かあったんじゃないか?」
 どころか、眠っている間の達哉と克哉は、兄弟でありながら、恋人のような付き合いをしていたのではないか?
 達哉はそこまで言い切って、克哉を見つめた。
 克哉は――苦痛をあらわし、目を閉じていた。
「兄貴」
「……待ってくれ……今、整理する……」
「整理って何を?」
「話す順番をだ」
 達哉は頷いて、待った。
 待って――。

「だから、その気持ちも、僕と正確に付き合いがあったのも、お前じゃないんだ」
 全てを聞いた。
 話されたそれを、全て納得できるものではなかったけれど……。
「じゃぁ、俺の体だけが、兄貴と付き合いがあっただけなんだ?」
「そういうことになるな……」
 なんて愚かな出来事だろう。
 達哉は自らを呪う。
 身が引き絞られそうな恋慕も、のたうつ程の渇きも、抑制できない熱も何もかもが、他人のものであり、自分のものではない。
 だが、それは気持ちの上だけで、体は知っている。
 兄の熱も、与えられる痛みも優しさも。
「犬にかまれたとでも思って、忘れてくれないか?」
 どこまでも達哉と視線を合わせようとしない克哉に、焦れる。
 ――どうして見ない、俺を!
 達哉の心が軋む。
 忘れられるくらいなら、最初に告白などしない。
 忘れられないから、だから告げたのだ。
 なのに、別人の感情だから忘れろと言う。
 体はこの体なのに。
 上着を持って立ち上がる兄の背を、激しい欲望の中で見つめた。
 求められれば、あの腕の中で熱くなることが出来るのに、感じられるのは拒絶だけだ。
 パタンと閉められた居間のドアが、互いを隔てる溝になっている。
 達哉は胸を押さえると、蹲った。
 そうでもしなければ、叫んでしまいそうだった。
 禁じられた恋を。
 その感情の全てを――。

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