「兄さん」
暗闇の中声をかけられて、克哉は目覚める。
「た、達哉?」
声は意外なところから響いて、それが同じ布団の中――しかも足元からだということに、酷く、驚く。
「久しぶりだし、しよう?」
「はぁ?」
戸惑う克哉のその戸惑いも知らず、達哉は横になる克哉の下肢――パジャマのズボンを引き下ろそうとする。
「ちょ、達哉!?」
「大丈夫だ。練習したから」
「練習って、何の!?」
「フェラチオ」
「!!!!!」
言葉の通り、ズボンと同時にパンツまで引き下げられる。
むき出しになる下半身に、達哉の唇が――。
「ちょ、待ってくれ!」
だが、克哉の言葉むなしく、口の中に含まれた克哉のシンボル。
ねっとりと生暖かい口中に含まれたそれは、浅ましくも自己主張を始める。
――うぉ、すっごい……イイ…………。
練習の成果があったのか、それとも元々舌使いが非常にたくみだったのか、あっけなく克哉は昇りつめる。
「た、達哉っ!」
――だ、駄目だ、このままイっては兄の威厳が! が、しかし、非常に……感じる……。
かといって、やっぱりこのまま弟の口の中に放つわけにはいかず、克哉は必死になって絶頂をこらえ、弟の頭を押しやろうとする。
だが、がっちり腰を掴んだ達哉の舌は外れず、困惑の中で絶頂感が……。
「駄目だっ!」
叫んだ途端――目が覚めた。
「ゆ、夢!?」
真っ暗な部屋。当然のごとく達哉の姿はなく、ただ、パジャマのズボン越しに張り詰めた己のものだけが、夢の中でのことを主張していた。
克哉はのろのろと起き上がると、隣の部屋に。
室内から明かりの漏れる部屋は、弟の達哉の部屋だ。
音を立てずに部屋を覗き込み、机に向かっている弟の姿を確認する。
窓際に置かれた机。そこに真正面に向かう達哉の、ドアからは端正な横顔が見える。
「達哉……」
呼びかけると、真剣な眼差しが振り返る。
「兄貴?」
「まだ……勉強しているのか?」
「ああ。そろそろ受験が……って、それ……」
「え?」
達哉の視線は、何時しか部屋に押し入った克哉の、その股間を見ている。
固く張り詰めた己自身を強く感じて、克哉は頬を染める。
「夢でな……」
「夢?」
「ああ。お前がフェラチオをしてくれていた」
「! な、何言ってるんだよ!」
突然部屋に入ってきて、しかも股間を膨らませて、夢で弟にフェラチオをしてもらったと、頬を染めてはいるが、平然と――としか達哉には思えない――口にする克哉。
逆に達哉の方が恥ずかしくなって、頬を染めるだけでは済まなくなった。
「早くトイレに行って、始末してこいよ」
微妙に視線をずらしながら達哉が言うと、克哉は首を振って。
「お前がしてくれないか?」
と言った。
「はぁ?」
どこの世界に、兄の性欲処理をする弟がいるのだ?
達哉は非常に常識的なことを思う。
周防克哉。世間的には真面目な刑事で、しかも見る人間から見ると非常にお買い得の良い男らしいのだが、実際に弟が絡むと、その真面目な部分と更に「常識的」な部分がぶっ飛ぶのは、彼を良く知る人間なら判りきっていることだった。
しかし、達哉はあまり克哉のことを判っていないので、これは知らない。
その場でズボンと下着を脱ぎ捨てて、克哉は達哉に迫る。「し、しまえ!」
「やだ。僕はお前にしてもらいたい」
まるで性質の悪い駄々っ子だ。
達哉は座っていては逃げられないと悟り、立ち上がり、逃げの体勢で、克哉からじりじりと距離をとる。
しかしこの場合、克哉は刑事で実質的な武道をかなり仕込まれている。
反して達哉は実践で得た喧嘩術しか学んでいない。
当然のごとく、軍配は克哉に上がった。
克哉の一瞬の隙をつき、出口のドアに向けて走り出した達哉を、わざと隙を作った克哉が逃がすはずはなかった。
下半身丸出しというみっともない格好で見事達哉を腕に抱きとめた克哉は、そのまま二人共にベッドにダイブする。
組み敷いた弟の頬が赤い。
「身代わりになってくれるって、言ったよな?」
にっこりと笑う克哉の顔をじっと見つめて、達哉は赤い頬を晒したまま、頷いた。
禁忌な関係を弟に強いて、そしてその弟を、克哉は裏切っている。
「達哉……兄さんって呼んでみてくれないか?」
昔、そうであったように……。
熱く甘い呼吸の中、意識もしていないだろう、頷きながら、達哉はそっと克哉の望む言葉を口にする。
「兄さん……」
その言葉が、どれ程己を傷つけ、克哉を傷つけるとも知らず――。
いっそ自傷に似た行為に、克哉は苦く笑い、「同じ、別の体」を愛するしかない自分と、それに巻き込まれる達哉を、酷く哀れに思った。