なんて酷いことをしているのだろう。
自覚はあった。
これで2度目だ。
自分はどれだけ優しい人間を傷つければ気が済むのだろう。
なのに、どうしてもやめられなかった・・・。
「兄さん・・・」
アメノトリフネにて、一時的に兄さんを受け入れたかの姿勢を取った俺は、体を休める為に戻った家で、兄さんと二人きりになった。
どういうことか、両親は戻っていないようだ。
聞けば、俺がこちら側にやってきてから暫く――家に戻らない息子を心配して探し回っていた母は倒れ入院。父はその看病と仕事場との往復で家にも戻れない日々が続いているのだとか。
どちらにしろ、俺の問題らしい。
「気にすることはない。彼らが自分でしたことだ」
兄さんはそう言うが、視線が責めてる。「悪かった・・・」
とりあえず謝ってしまえばこの話は終わりだ。
相変わらずずるい人生を生きてると思う。
「何か食べるか?」
会話の終わりを恐れるように、兄さんが言う。
「いや・・・」
「なら、少し部屋で休んだらどうだ?」
緊張しているのか、兄さんは俺と余り視線を合わせない。
そんな臆病でどうするんだ。これから自分の人生、結婚なりなんなりあるだろう。
誰とでもまともに視線を合わせる姿勢をとっておかないと、どこかで躓く。
他人事のようにそう思いながら、俺は兄さんの側に近寄った。
素直なのか、反応の顕著な兄さんは、俺が近付いた分だけ後ろに下がる。
逃がさない。
俺は兄さんの手を掴むと、その目をじっと見つめた。
兄さんは・・・。
視線に耐え切れなかったか、目を閉じ・・・溜息交じりに言った。「お前・・・気付いているんだろう?」
いきなりそれか。
一体何のことだか、見当もつかない。
「何のことだ?」
「僕がお前に、弟には普通向けない好意を持っているということだ」
「え?」
俺は純粋に驚いていた。
初耳だ。気付きもしなかった。
俺が知っていたのは、兄さんが必要以上に俺と兄弟になりたがっていたということだけだ。
元々他人の心理には疎いところがある俺が、恋愛なんて最も俺からかけ離れた感情に気付くはずもない。
と、俺と長く付き合っている舞耶姉辺りならともかく、ぽっと出た世界の、別人の兄が知るわけもなかったか。
「気付いてなかったのか?」
俺の驚愕に気付いたか、兄さんは驚いた風に言う。
「全く・・・」
「・・・じゃあ僕は、自分から隠すべく気持ちを暴露したのか・・・」
今更だろう? それに、その気持ちがあるだけで、これから俺がしようとしていることが、随分と円滑に進むのだから、面倒はない。
「好意は嬉しい。例え俺が、本当の弟だったとしても、とても嬉しいものだと思う・・・」
「達哉・・・」
本当にこちら側の達哉がそう思うかどうかは別として、とっかかりはこの辺で良いだろう。
問題は、酷く優しかったり鈍かったり、正義に全てを捧げているようなこの兄さんを、どのようにして俺に襲い掛かるようにするか、だが・・・。
向こうの兄さんは、案外とモラルの壁が崩れていたので然程の努力は必要としなかったが、こちらの兄さんはかなり貞操観念がしっかりしているようだ。
こういうのは苦手なんだが・・・。
だが、他に候補が見つからない。
舞耶姉は守るべき存在だから手は出せないし、うららさんはしゃれになりそうにない。
パオフゥさんは誘うだけで乗ってくれそうだが、後で面倒に巻き込まれそうだ。
何度しても、絶対にそれを公言したりしないで、求める時だけ与えてくれる便利な相手。 やはりこの兄さんを落とすしかないだろう。
色気は皆無だが、とりあえず当たり前の誘い文句を使ってみようと思った時だった。
熱っぽい兄さんの目が俺を貫く。
ドキリと心臓が鳴った。
初めての感覚だ。
捕らえていたはずの腕が、何時の間にか捕らえられていて、次の瞬間には引き寄せられた。
腕力の強い兄さんに、強く抱きしめられて、息が一瞬止まりそうになる。
酸素の供給をまともに受けられないからか、心臓はドキドキと早鐘を打ち、まるで、恋した相手に抱かれているような勘違いが起こる。
まずいな・・・このままされると、体も勘違いするかもしれない。
「兄・・・っ・・・」
抵抗しようとしたところを、唇を塞がれる。
押しのけようとした腕も、やすやすと捕まって――。
こういう展開は、想像してなかった。あくまで俺が誘うつもりだったのだが・・・。
兄さんに服を脱がされて、ベッドに押し倒された後は、わけも判らないでされるがままだった。
しないで良いと言ったのに、丹念に愛撫された体は溶け、これまで感じたこともないうねりが襲ってくる。
そう――感じてる。
何時だってどこか遠い所にあった感覚が、今はとても――近い。
まるで戦闘の最中の時のような高揚感が、高い興奮と一緒に体を支配している。
愛を囁き、熱心に腰を進めてくる兄さんを、意識しない肉壁がきつく締め上げる。
そうすると、自分もより高みに上がれる。
内臓を一緒に引きずり出されるかのような不可思議な不快感と、過負荷に押し込まれる快感と。
縋るように伸ばした手は、兄さんに捕らえられベッドに縫いとめられる。
「に・・・さ・・・・・・っ」
微かに呼んだ声に、柔らかい応えを貰った瞬間、全神経が集中した。
初めてだった。と思う。
こういうことに意味を言い出すのは、俺にとってはとても難しいことだったが、自分がなんとも思っていない相手にでも、なんとか過ごせるということが、これで判った。
悪いけど・・・同じ気持ちにはなれない。
口に出して言おうとは思わないが、このまま口を閉じていれば、意味のない行為でも楽しむことは出来るだろう。
「兄さん・・・また・・・」
横に眠る兄の頬に指を滑らせて見る。
悪魔に魅入られたとでも思って、勘弁して欲しい。
せめて・・・永遠の別れが来るまでは・・・。