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そうしてふたたび彼の手に落ちる

「逃げられるとでも思ってた?」
 楽しそうに笑う兄の顔に、達哉は怯える。
 こんな顔は見たこともない。まるで、全身を狂気に支配されたような、そんな――貌。
「思ってないよな? 思ってるなら……そんなに怖がってるはずがないよな?」
 四肢をベッドのポールから伸ばされたロープに縛られ、まるで標本の蝶のようにマットに縫い付けられた素肌を、克哉の冷たい手が撫でる。
 首から胸に、突起を軽く玩んで下肢へ――。「に……さんっ……」
「ん? やめて欲しい? それは駄目だな。お前はこうして縛りつけておかないと、直ぐにふらふらするだろう?」
 あくまで楽しげに笑う克哉は、たどり着いた象徴へ指を絡める。
 まるで汚い物であるように、先端をつまむと持ち上げ。
「期待してるのか? 男の生理も大変だよな」
 卑下た笑いを喉に絡める。
「お前は好きだものな。こういうのが」
 克哉は懐から、現場検証する際に使う――ビニール素材の手袋を取り出すと、両手にはめる。更にベッドサイドに用意してあったローションのビンを取ると、蓋を捨て去り、達哉の体の上でそのビンを傾けた。
 とろとろとこぼれだす液は、達哉の体に落ち、流れていく。
 冷たい――しかしどこか質感のあるそれに、達哉は震えた。
「兄さん……」
 何時からだろう。繰り返されたこの行為。 慣れている――といわれるのなら、慣れているのかもしれない。だが、恐怖はいまだ達哉の上に居座り、その恐怖を見て、克哉は興奮する。
 ビンの中身を全てこぼしてから、克哉は達哉の腰に跨った。
 ところどころに残る液を手で、達哉の全身に伸ばしていく。
「熱くなってくるだろ? 全身がびりびりして、熱くて、大変になるぞ?」
 言った通り、液が馴染んだところから、ちくちくと刺されるような、微かな感覚が湧き上がり始めた。
 馴染みきらなかった液を、こそげて集めた克哉は、今度はそれを達哉の恐怖にしぼむ象徴に擦り付ける。
 ただでさえ敏感な場所を、触れられるだけでなにがしかを感じるのに液をこすり付けられた上しごかれる。
 知らず跳ねた腰を克哉は笑った。
「イイのか?」
 問われるまでもない。イイのだ。
 馴染んだ液が与える小さな刺激に加え、克哉の巧みな指の動きが、的確に達哉のイイところに触れている。
 更に克哉は、懐から小さなチューブを取り出した。
「これは、後ろ専用の奴だよ」
 克哉は達哉に跨ったまま、チューブの蓋を開ける。
 途端、入り口から滲み出した半透明な白いクリーム。
「これまでの僕は、優しすぎたね。お前を縛り付けておくなら、もっと徹底的にやるべきだったよな」
 達哉は驚愕に見開いた目を、克哉に向ける。
 それでどうなることは、これまで一度としてなかった。
 だが今、克哉はそれまでとは違う――もっと酷いことを達哉にしかけようとしていることは判る。
 ――逃げなくては。
 思っても、戒められた手足は動かず、クリームを指に盛った克哉の手が、望んでもいない達哉の後ろ――双丘の狭間に触れた。
 入り口を撫でるように周囲にクリームを塗られる。
 もう一度、指にクリームを大量に盛り付け、今度は入り口を指がくぐる。
「ん……」
 恐怖はあるが、慣れた体だ。そこに対する快感も既に知っている。
 故に、指が入ればその先を期待し体は柔軟に快感を追い始める。
 それが、指一本であろうとも。
「ふ……んぅ……っ…」
「ん? イイのかな?」
 判っているだろうに、意地悪く中をかき混ぜる克哉。
 太くはない指一本である。既にもっと大きなものに慣れている達哉の中には十分余裕があり、動きを制限されることはなかった。
 鉤状に曲げた指で、襞を引っかくように上下させると、面白いくらに腰が跳ねる。
 つぐんだ口から漏れる吐息は甘さを滲ませ、克哉の指を飲み込んだそこは、先を強請ってヒクヒクと収縮を始めていた。
「後ろだけでイってごらん?」
 言うと同時に、後ろを攻める指が増える。
 二本をそろえて内に沈ませた克哉は、意図を持って中をこすり始めた。
 ゆるく、撫でるように壁面を。
「ぅ……んんっ…」
 探している。
 それは判る。
 だが、今まで一度とて、そこを直接的に攻められたことはない。
 達哉は別の恐怖に怯える。
「ここかな?」
 するり――二本の指が触れた。
「ぁああっっ!」
 衝撃に、口がほどけてしまう。
「ああ。ごめん。良すぎたね」
 謝ってはいても、見つけたそこから克哉は指を離さない。
 ぐい、とちからを込めて押したり、ひっかりたりされる度、浅ましくも達哉の腰は跳ね上がり、恐怖に萎縮していた象徴は頭をもたげ始めていた。
 いや、既に立ち上がっている。
 物凄い勢いで張り詰めたそれは、先走りの液を滴らせビクビクと震えていた。
「凄いね」
 馬鹿にしたような――冷たい克哉の声が達哉の熱を一瞬だけ冷ます。
 だが続けられる後ろへの愛撫に、直ぐに冷気は熱に変換された。
「ふ…ぁあ……んっ…も…や…………」
 全身が感じていた。
 どこもかしこも、まるで触れられているかのように快感を伝える。
「や……っ…に……さっ……」
 薄く涙を滲ませた達哉が、もう勘弁して欲しいと克哉にすがる。
 しかし、そんな表情さえも冷静な仮面の下で眺めた克哉は、望みとは反対に刺激を強めるべく後ろの動きを早めた。
「あっ……あぁ…ん……っ」
 ぎしぎしとスプリングをきしませ、達哉の体が蠢く。
 張り詰めた男根は触れられてもいないままに張り詰め、そして――。
「やっ、ぁぁぁぁぁあっ!」
 弾けた。
 飛沫をちらし、ビクビクと何度も痙攣したそれは、長く汁を滴らせる。
「凄いね」
 また――克哉は笑った。
「こんなに出たんだ?」
 楽しげに飛び散った白濁を指に絡めた克哉は、それを達哉の口に運んだ。
「舌を出して」
 状況とは裏腹に、どこか柔らかい声の克哉に、達哉は逆らわなかった。
 軽く舌を出すと、そこに白濁が乗せられる。
「飲んでごらん?」
 むしろ優しいとも言えるそれに、達哉は素直にそれを飲み込んだ。
「おいしいかい?」
 子供のように嬉しそうな顔で問われ、達哉は頷く。
「良かったよ。達哉。こういう時だけはお前も可愛いな」
「……兄さん……」
 もう、何を言う気も失せていた。
「今度は、ここからもっと別のものも出してみようね」
 もう一度、中に指が潜りこむ。
 奥をつん、と突かれ、何を言っているのか理解した達哉は思い切り目を見開く。
「いやか?」
 軽く眉を潜められるのに、達哉は深く目を閉じると、首を横に振ったのだった。

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