孤高と言えば格好は良いが、実際には色々と面倒なことが嫌で、自分以外の何事に関しても無関心。口癖は「関係ないね」という、他人の語りかけを一刀両断にして捨て去るのが常の戦士――クラウド。
彼は、とりあえずはクラウドの性格を熟知してもそれを受け入れてくれる、人の良さにかけては純真を通り越し馬鹿かもしれない思われる仲間――フリオニール、セシル、ティーダと共に、クリスタルを求め旅を続けていた。
その旅の最中、クラウドが心を捕らわれるのは、戦いというものに対して。
彼には迷いがあったのだ。
何故、己は、何の為に、戦うのだろうか?
そんな、考えても詮無きことを……。
「どうした、クラウド?」
常に思考の中にあり、話し掛けても無視が90%のクラウドに対して、勇者とばかりに話し掛けるのは、フリオニール。彼はどうやら、黙っていられない性質らしかった。
いや、フリオニールだけではない。大抵のこと、秩序の戦士達はおしゃべりが多いのだが、中でもクラウドと共に進む彼らは、その中でもかなりのおしゃべりであり、己がしゃべることに対しての相手の反応は、かなりのところスルー。
クラウドと共に円満な道程を重ねられる理由が、これでお判りだろう。
「いや……俺は……」
「何か言いたいことがあるなら、吐き出してしまうと良い。ストレスは戦いの最大の障害だよ」
セシルは言うが、とりあえずクラウドにとっての最大のストレスは、考え考えしゃべっていてもまだ続きがあるのに、最後までしゃべらせてもらえないことであっただろう。
そしてクラウドには、言葉を中断されて尚、最後までしゃべるといスキルが存在していなかった。
結果、クラウドの言葉は途中で途切れ、運が悪ければ今後一生、彼の口から放たれる予定だった言葉が聞かれることはない。
「ストレスと言えば、セシルにしろティーダにしろ、敵に身内がいるというのは、最大のストレスだろうな。クラウドも……」
「俺には敵に身内はいない」
「身内じゃないかもしれないけど、恋人なんだろ?」
「……なんだって?」
今、己に存在の危機が迫ったような気がして、色々なことに「関係ないね」と言い放てるだけの無関心が存在するクラウドの心に、皹が入った。
「え? 違うのか?」
驚くは、爆弾発言をしたフリオニールだけではなかった。セシルもティーダもまた、驚きの表情でクラウドを見ている。
「誰から聞いた?」
「え? ああ、さっきここに来る途中で紙芝居のおじいさんと会ってさ。その紙芝居の内容が、クラウドとセフィロスの、引き裂かれた愛、って内容で……」
紙芝居。世界の欠片の寄り集まりが、しかも闇に落ちかけているこの世界で、紙芝居。
明らかに常軌を逸している状況だろうに、それを素直に見て、しかも内容を信じ込んでいる仲間達の常識を疑うような行動に、開いた口が塞がらなくなる。
しかも……。
「なんでここにいる!?」
ほら、とセシルによって示された方向を見れば、紙芝居のおじいさんなんてとんでもない。明らかにセフィロスがそこに立っており、長すぎる剣を構えてその剣の先に紙芝居道具をぶら下げていた。
「クラウド。そろそろ機嫌を直して戻って来い」
そんなことを言い出すセフィロスに、仲間達は「やっぱり」とか「そろそろ許してやれよ」とか意味の判らないことを言っている。
許して欲しいのは、もう自分の方だ、とクラウドは叫びたい。心の底から。
「……何を言われているのか、判らない。敵なら敵として、向かってきたらどうだ?」
「何!? この場で押し倒せと言うのか? なんと大胆な……」
「誰もそんなことは言ってないっ!」
「人前で致すのは確かに刺激的だ。だがクラウド。本来愛の行為は秘めた場所で二人きりで行なうのが王道。いかに刺激を味わいたくとも、時と場所と状況を考えた方が……」
「人の話を聞け!」
「大丈夫だ。刺激は私が与えてやろう。お前の好きなこの正宗で、良いところを突いて」
「普通に死ぬから考えるな、そんなことはっ! ……じゃなく!!!!!!」
何故話が通じないだろう。しかも、仲間達は完全にセフィロスの台詞を信じ、すっかりクラウドとセフィロスがそういう関係なのだということを、井戸端会議中の主婦達のように話し合っている。
曰く、何が原因で喧嘩を……とか、ありえない事実の原因を。
「ああ、そうか! まだクリスタルを見つけていないから、戻ってこれないのだな!?」
「違う!」
「ならば、私も発見の為に協力してやろう」
「…………は?」
「光の希望であるクリスタルを発見し、喜びに満ちたお前をこの腕に抱くも、また一興。ならばその時を求め協力するも、私に与えられた役目かもしれぬ」
誰か、助けて……。
クラウドは真剣に心の底から思った。
世界には物資が激しく欠落している。よって、彼らは食料というものを摂取するというかつては行なっていた行動を、ここでは行なわなかったし、それでも腹が減って動けなくなる、なんてことはなかった。
世界の構造故なのだろう。よって、排泄も行なわなくて良いのだが、代わりに休憩だけは取らなくてはならなかった。
場所によっては時間の感覚なく明るい為、火の類は炊かなくても視界がふさがれることはない。時間の感覚に狂いが生じるという点においては、この状況は最悪であったが……。
そして、クラウドには別の意味で最悪な状況であった。
いかに休憩を取ろうとも、常時明るい場所というのは、眠りに入っても脳を休めてはくれない。
クラウドは寝入っていても、常に悪夢に晒される結果となっていた。
恐らく全ては、敵であるのに味方然として側にいる、セフィロスの所為である。
悪夢は、セフィロスという形を持って、常にクラウドの肉体を、快楽という名の苦痛で支配するのである。
「大丈夫か、クラウド?」
人の体調を見るのにかけて、思わぬ才能を発揮させるティーダに尋ねられたクラウドは、ぐらぐらと揺れる頭をふんばり、首を振る。
「問題ない。大丈夫だ」
言った端から体が崩れ、それをセフィロスに支えられた。
「無理をするな」
「……近付くな」
「歩くのは無理だろう。私が抱き上げて……」
「近付くなっ!」
親切を無碍にしたと、仲間達から抗議の声が上がるが、冗談じゃない。
触れられるだけで体がうずく程に夢に慣らされた体は、現実だというのにセフィロスに反応してしまうのだ。
ここで醜態を晒せば、既に二人の仲を恋人同士だと信じている者達に、肯定の証明をするだけとなってしまう。
「……俺は、一人で行く……」
もうこれ以上、誰かと共に進むのに限界を感じたクラウドは、ふらつく足を何とか進め、呆然とする仲間達から離れる。
何時の間に、こんな風になってしまったのだろう。
思うだに、セフィロスの存在が疎ましくなる。
切りかかってくれば良いのだ。だがそうはせず、セフィロスが与えるのは、全てを食い尽くすかのように与えられる、愛撫や言葉だった。
だが、それは夢であるはずなのだ。
気配が感じられなくなったところで、クラウドはうずきつづける肉体をおさめるべく、下肢に手を伸ばす。
触れたそこは熱く熱を持ち、刺激を求めて荒れ狂っていた。
クラウド自身に、このような劣情を煽る行為の経験はない。だが、夢で与えられた通りに刺激を求め、高みに駆け上がった後――。
「これは、クリスタル?」
何故、どうして? と疑問に思うクラウドの前、クリスタルがぷかぷか浮いていた。
不思議に思いそれを手に取ったクラウドに、声が、言う。
「準備が出来た、ということだな」
嘲るような、つい先刻まで聞いていたのと同じ声だというのに、その持てるニュアンスは全く違う――セフィロスの声。
「準備だと?」
「そうだ……」
セフィロスは、長剣の先をクリスタルの一部に当てると、そこを砕いた。
輝きを放ち溢れたのは……。
「オイル?」
ぽたぽたとクラウドの服をぬらすのは、ぬめりを帯びた液体。
クリスタルとは、どうやらこの液体の入れ物だったようだ。
「良い趣味をしているな、コスモスは……」
「なんだと?」
「秩序にくみする戦士が負けた時、欠片の寄せ集めである世界は砕け、闇に落ちる。その闇は、幾重にも先が分かれ、行く先は勝者によってその種が分かれる」
クリスタルを砕いた剣先が、今度はクラウドの濡れた服を裂いた。
液体が素肌をぬらし、温度を経て匂いを漂わせる。
匂いはクラウドの肉体の自由を縛り――。
「そして私は選んだ。秩序の戦士を己に取り込むことを……その存在の全てを、奪い取り閉じ込める闇を……」
銀の長い髪が、驚愕に目を見開くだけで、言葉一つも発することが出来ないクラウドの素肌を這う。
「お前は、私のものだ……」