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永遠に知らない

 資料庫から大量の資料を抱えて、玉座の間に戻ったエドガーは、そこに最近見慣れた姿を見つけて溜息を吐く。
「一応、王の玉座なんだがな、そこは……」
 抱えた資料を床に下ろし、玉座にふんぞり返る若い男に近寄ると、間近に顔を寄せて瞳を覗き込む。
 面白そうに笑いながらエドガーを見返す、強気な目。
 恐れを知らない、無謀さを湛えている。
「それは失礼。せっかく王に会いに来たのに、留守だったからな」
 ひょい、と手で反動をつけて玉座から飛び降りると、急な動作に驚いて身を引いたエドガーの背後に立つ。
「はい、どうぞ!」
 ぽん、とエドガーの背を押して玉座に座らせると、今度は先程自分がされたように、玉座の上からエドガーの瞳を覗き込む。
「ブルーアイズね……」
「何?」
「いいえぇ、何も……」
 おどけて笑う男に、エドガーは目を細めると。
「で、今日は何の用事だ?」
 と尋ねた。
 男と知り合ってまだそんなに日は経っていない。
 偶然にも城の宝物庫に忍び込んだ男を捕まえてみると、反帝国組織・リターナーの一員だということが判り、罪を問わずに組織との仲立ちを頼んだのは良いのだが……。
「俺がここに来る目的は一つ。フィガロのお宝を堪能しに――に決まってる」
「この国には大した宝はないと言っている。もとより帝国とは比べるべくもない小さな国だ。豊穣の土地すらもない、砂漠の王国だぞ?」
「あれ? 王なのに知らないんだ? この国には二つの至上のお宝があるんだって」
「……聞いたこともない」
「聞きたくても、教えてももらえないだろうからな」
 エドガーは首を振ると、玉座を立つ。
「付き合ってられないな……」
「いーや、付き合ってもらうね。今日も」
 置き去りにした資料を持とうとかがむエドガーを、男は留める。
 取られた手が、熱いのに気付き、エドガーは眉を寄せる。
「……本気なのか?」
「勿論」
 エドガーはどこまでも本気を包み隠そうとする男の薄ら笑いに溜息を吐き。
「地下で良いか?」
 問いかけた。



 元は宝物庫、武器保管庫等として使っていた地下だったが、ある時から魔物の住処になり、殆どの人間が立ち入れなくなってしまった。
 その一部からようやく魔物を追い出し、趣味の機械いじりをする為のアトリエを作ったのが、エドガーだった。
 王という身分から、とかく一人になることが出来ないのがエドガーである。
 そういう意味では、アトリエの存在は、そこに至るまでに魔物が出ることもあり、他の誰も立ち入らないので、一人になりたい時の格好の隠れ家となりえた。
 そのエドガーの安息の地とも言える場所にある時期から侵入を果たした者――それが、魔物をものともせず宝物庫に忍び込んだ若い男――ロックである。
「相変わらず、辺鄙なところにアトリエ構えてるんだな」
「ここしかない」
「ふぅん……」
 ところどころで魔物を相手にしながら、進み、たどり着いた場所。
 雑多な機械の部品が転がるアトリエ。
「殺風景だなぁ……」
 それでも、こんな逢瀬を重ねるようになり、簡易的に生活出来る最低限の施設を増設したのだ。
 途中、暗がりを歩く時の命綱とも言えるランプを、テーブルに置くと、エドガーは挑発的な目でロックを振り向いた。
「本気か?」
 もう一度問う。
「何度も聞かなくても本気だし、もう何度目だと思ってるんだよ?」
 ロックはエドガーに近づくと、その手を取り、ベッドに押さえつける。
 適当に作り上げた、手製のベッドは、男二人分の体重を受けてギシリと音を立て、沈んだ背にエドガーは震えた。
「何故私を?」
 組み敷かれて尚、王という地位に着く者の強い瞳で、エドガーはロックを見上げる。
 ロックはその青い瞳を見つめて――。
「フィガロの二大家宝の一つ、双子のブルーアイズを楽しみたいからだ」
 答えて、エドガーの薄い唇に己のそれを重ねた。



 フィガロは砂漠の小国で、王本人が言うように、確かに際立った宝というものを持たない国である。
 歴代の王が、そういった宝というものに興味を示さなかったから――というのもあるが、フィガロの本当の宝が、常にモノではないところに発現されるからでもあった。
 その一つが、ブルーアイズである。
 先祖を辿れば遠く北の滅びの国に端を発するフィガロの王族は、瞳の水晶体が非常に薄いという特徴がある。
 通常なら光彩と違い濃いはずの黒目部分が、とても薄いのだ。
 更に、外からどの瞳の色が混血しようとも、生まれる子供は必ず青い瞳を持つ。
 この特徴から、フィガロの王族の目は、一部マニアからは「ブルーアイズ」と呼ばれていた。
 過去、数度フィガロの王族から出た子供が攫われるという事件が起こったことがあるが、どうや目を手に入れるためだったらしい――。
 そう聞いた時、ロックはフィガロ城に忍び込もうと決めたのだったか……。
 一度で良いから、そのブルーアイズを見て見たかった。

 腕の中で、瞳を潤ませるエドガーを見て、ロックは嬉しげに笑う。
 涙に濡れると更に輝きを増すブルーアイズ。
 一目見て、恋に落ちた。
「もう一つの双子のブルーアイズを見たいな……」
 呟くと、エドガーが身を震わせる。
 官能のあらん限りを引き出されている状態で、隠れて出てこない双子に話が及ぶと、エドガーは途端に身を固くする。
 それが、更に己を不可解な快感の中に突き落とすことも知らず。
「っあ!」
 既に繋がっている肉体の一部を強く締め付け、ロックだけでなく、そうしてしまったエドガーもが愉悦に鳴く。
「いいよ……王様……」
 囁いたロックは、濡れた瞳の輝きに心を吸い込まれそういなりながらも、強く腰を打ちつけた。



「マッシュには……会うな……」
 エドガーが呟く。
「マッシュ?」
 ベッドに力の入らないエドガーを放置し、ロックは衣類を整えいていた。
 そんな時、懇願に似た声が聞こえ、ロックは振り返る。
 長い金髪をベッドの上に広げ、それをシーツにして横たわる白い肢体。ブルーアイズがなくても十分にそそる体をしている。
「マッシュって……?」
「いや……知らないなら、良い」
「知らないけど、想像できるだろ? 双子のブルーアイズの片割れだな」
 断言したロックに、エドガーの光を取り戻した目が向けられる。
 ロックはその瞳の力強さに、苦笑して両手を上げる。
「手は出さないから安心してくれ。第一、俺の情報じゃ、豊穣の星の方は稀代の武道家に守られてるって話だ」
「武道家か…しかし、豊穣の星?」
 あくまで不思議そうに問うエドガーに、ロックは苦笑する。
「あんた、もうちょっと自分達にまつわる情報に耳を傾けた方が良いよ」
 言われ、エドガーは憮然とした。
「言っただろう。砂漠の小国だ。周囲を砂塵に囲まれたこの場所には、人影も遠い。情報など流れてもこない」
 来るのはお前という物好きだけだ、と言われ、ロックは溜息を吐いた。
「現在フィガロを収める王、そしてその双子の弟には、双方ブルーアイズが宿っている。そしてその王の方は「賢帝の星」と呼ばれ、弟の方は「豊穣の星」と呼ばれている。賢帝の星は強固な城壁に守られ、豊穣の星は稀代の武道家に守られている。これがブルーアイズの情報!」
 ロックは一息で告げると、身支度を終え、アトリエから立ち去ろうとする。
 ふと「また来るつもりか?」とエドガーに聞かれ、意地悪い笑みで振り向いたロックは。
「言ってなかったっけ? 俺、あんたに惚れてるんだよね」
 と答える。
 驚くエドガーに満足し。
「故に、また、来る。あんたを抱きに」
 ひらひらと手を振って、ロックはアトリエの扉の向こうに消える。
 エドガーは……。
「冗談ばかりが上手いな、あの男は……」
 溜息を吐きながら、痛む腰を起こしたのだった。



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