酒場で仕入れた情報に、ロックは不快に眉根を寄せた。
賢帝と豊穣。二つのブルーアイズが外を出回っているという、真実だがあまり知られたくない情報。
それを聞いたのは酒場だったが、酒場で出回っているということは、それこそもう方々に噂としてでも出回っていると見て間違いないだろう。
ロックは舌打ちした。
本当なら、フィガロの王が外を出歩いているなどということは、知られてはならないことだ。それと、行方不明だと表向きは噂にすらなっていた王の双子の弟が、それと共に行動しているなどとは……。
「少し派手に立ち回りすぎたか?」
呟きながら酒場を出て、仲間達の下に戻るべく、気配を消して裏道へもぐりこんだ時だった。
「ロック。お前、ロックだろう?」
懐かしい声に呼び止められ、ロックは振り向く。
「イウス?」
「おう、やっぱりロックか! 久しぶりだな」
「ああ……」
懐かしいには懐かしいが、嫌な奴に会った。
イウスはトレジャーハンターであるロックの、昔の情報屋で、件のブルーアイズの情報も、この男から手に入れたものだった。
「ところでロックは今、どうしてるんだ?」
「ちょっとな。自分の意志を貫いてるところさ」
「それってもしかして、リターナーか? アジトが殲滅されたって噂だったけど……?」
「さてね」
「まぁ、そんな簡単に口を割るわけがないか。反帝国組織となったら、堂々と外を歩けないからな」
ロックは肩をすくめて、イウスの追及をかわす。
情報屋は誰かの専属になることはなく、金に忠実だ。だからロックから得た情報を他者に金で売ることをためらいはしない。それでいて、再びロックと接触して敵方の情報を売ることも当然のことなのだ。
「俺はトレジャーハンターだからな。帝国なんかに興味はない。それよりも、ここ最近噂になってるあの情報は事実か?」
「あの情報?」
「ブルーアイズ」
「ああ……」
イウスは辺りを見回すと人の気配を探り、声を潜めた。
「これは秘中の秘だからな、ロックだけに特別だ」
「金は取るのに?」
差し出された手に多少大目のギルを乗せて、ロックは苦笑する。
「情報は生き物だ。生き物には、それなりの礼儀を払わないとな」
「それで?」
「……事実だ。賢帝の星はフィガロ城から姿を消した――これは、城に出入りする商人からの情報だから確かだろう。豊穣の星を守っていた稀代の武道家は随分前に亡くなったらしいな」
あっている……と全てを知るロックは思う。
「因みにその豊穣の星の方。情報の元は?」
「弟子の一人が修行を終えて戻ったところで、母親にそれを告げたらしい。女は噂が好きだからな。情報としてではなく、世間話のついでに話したところ、噂になって広まったと。ブルーアイズを知ってる者は、だからこぞって豊穣の星の行方を探したらしい。いなかったけどな」
「成る程ね」
その頃にはマッシュは山奥へ修行に出ていたのだから、いなくて当然。
というよりも、狙われる前に避難出来て、何よりだったと思う。そもそもマッシュがそこらのトレジャーハンターにやられるとは思えないが……。
「ロックはまだ、ブルーアイズを狙っているのか? どうやら移動を繰り返しているらしいから? そう簡単には見つからないと思うが?」
「もう諦めた。狙っても手に入らない物を追い続けている暇なんて、俺にはないからな」
「それが良い。でも……もしも見つけたら、是非に目玉だけでも確保してくれ。好事家が欲しがってる」
「…………」
「良い値段で買い取るよ」
瞬間、ロックの血が沸騰した。
「目玉だけ確保する? ならその人物はどうなる? 目がないままで生きていけと言うのか?」
「いや、普通死ぬだろう? 済まないとは思うが、だが類まれな宝石をその目に宿して生まれてきたことをうらんでもらうしかないな」
ひひ、と下卑た笑いのイウスを、ロックは湧き上がった怒りのままに突き飛ばした。
「人の命が、それ程軽いものか!」
「おい、ロック? お前さんだってブルーアイズを欲しがってただろう?」
「欲しいのは目じゃない。目も含めた人物の方だ!」
エドガーが賢帝の星と呼ばれるのは、民のことを思い、また国のことを思いそれに相応しい政治を行なっているからだ。決して青い瞳が類まれな輝きを秘めているからだけではない。
なのに好事家だのなんだのは、それには一切目を向けず、ただ宝石がごとく目の美しさだけをたたえ欲する。
「誰がお前らに、ブルーアイズをやるか!」
叫んだロックに、イウスは笑みを深めた。
え? とそれを怪訝に思う前に、ロックは背後から羽交い絞めにされていた。
「やっぱりな」
「……」
「お前さんは既にブルーアイズを知っていると思っていたんだよ。で、今ブルーアイズはどこにある?」
「………………誰が貴様なんかに……」
「痛い目に合っても?」
「お断りだ!」
ロックは叫び、背後を取る人物の股間を、かかとで蹴り上げた。
にわかに辺りが騒がしくなり、エドガーは怪訝に思いつつ気配を探った。
残念ながら彼らは今、帝国から追われる身であるので、あまり目立つわけにはいかないのだ。
とは言え、エドガーにしろマッシュにしろ、自分達が外を歩くだけでどれだけ目立つかを、ロックに教えられて知っていた。
忌々しいことだが、フィガロの宝と言われるブルーアイズ。
兄弟二人して知らなかったのだが、どうやら二人の持ちえた目は、好事家からは相当の値段をつけられるお宝になるらしい。なので目を狙うトレジャーハンターは、山程存在しているのだとか。
ものが目なので、隠すわけにもいかず、結局さらして歩いているが、本当のところはどうにかして色だけでも隠すべきなのだろう。
でないと、いずれ仲間に迷惑をかけることになりかねない。
そんな方法は思いつかないが……。
がたん!
思考に捕らわれていた意識が、物音に反応する。
これは直ぐ傍でした音に、エドガーは警戒を怠らないまま近付き、物陰から音の方を覗き込んだ。
「ロック!?」
しかし直ぐに、それが杞憂であると判った。
物音を立てたのはロックであり、エドガーの仲間でもある存在だった。
慌てて近付き、そのロックが酷い怪我をしているのに気付いたエドガーは、驚きながらも手当てする為に救急箱を探した。
「あ……れ?」
何時の間に意識を失っていたのだろう?
小首を傾げて辺りを見回せば、そこには金の長い髪があった。
無意識に手が伸び、その柔らかい金糸を手に取ってl唇に寄せると、金の髪が動いた。
「……目が覚めたのか?」
「あ、ああ……けど、なんで俺、ここに?」
「覚えてないのか?」
「いや……路地裏で馴染みだった情報屋に声をかけられた」
「それで?」
「ブルーアイズが最近外を出歩いているという情報をもらった」
「そうか……」
判っていたことだ。実際隠してもいないのだから、噂にも情報にもなるだろう。
これで、エドガーとマッシュの危険は増したということになる。
「奴は俺が、ブルーアイズに接触していることを知ってたみたいだ」
「そうか……。それで、その怪我か?」
「居場所を吐けって、ちょっと追いかけっこをしただけだけどな」
「……殴られたとかではないのか?」
「いや? これは走ってた時に前方不注意で転んだだけ」
「………………」
エドガーは吐息する。
「確かに害されたにしては軽い怪我だと思ったが……なら、何故気を失っていた?」
「そりゃ、呼吸困難寸前まで走ってたからなぁ。限界超えてんだよ」
全速力を半時も続けたのだ、といかにそれが大変だったかを身振り手振りで話すロックに、エドガーは呆れてしまう。
「……話せば良かったのではないか?」
「なんで?」
「最低でもお前が限界を超えて走ることはなかっただろう?」
「それじゃ、俺は誓いを守れない」
さらりと長く柔らかい髪を弄び、ロックは笑う。
「俺は守る。絶対にあんたを守ってみせる」
口癖のように言うロックに、エドガーはもう、苦笑以外浮かべる表情はない。
「そういうのは、女性に対して使え」
「あんたが良いんだ」
「男だが?」
「これだけ綺麗なら、関係ないさ」
エドガーはもう一度溜息をつき「これでもロックよりも年上なんだがな……」と呟いた。