ロックは「俺が守る」という言葉も大好きなら、それを反故にするのも大好きだ、とエドガーは思う。
帝国を倒す旅から一転して世界救済の旅に変わった後もそれは変わらず、方々の女性(限定)にそう言い続けては反故にしていた。
全く信用のおけない男である。
だがその言葉が、本日エドガーに向かったの当たり、ついにエドガーは切れた。
「いい加減にしてくれ。私は守ってもらう必要はない!」
怒鳴って部屋から追い出そうとしたのを、どこにそんな力が? という程の力で壁に押し付けられ、キスすれすれの位置でおかしそうに笑われる。
こっちが怒っているのに何事だ?
言い返すことが出来ないまま、唇を塞がれていた。
「何拗ねてるんだ?」
とはロックの言葉。
拗ねてなんかはいない。ただ、怒っているだけなのだ。
「守る者なら、方々にいるだろう? 私の知っている限りでは、ティナにセリスに……」
「私、なんだな?」
「は?」
「なんで私って言うんだ?」
エドガーは訝しげにロックを眺めた。
「今、それと何の関係がある?」
「あるだろ? あんた、俺の下で乱れる時は、自分のこと、俺って呼ぶじゃないか?」
あからさまな言葉に、エドガーの頬が赤く染まる。しかし、次の瞬間蒼白になった。
「お前に関係ないだろう!」
そう、関係がないのである。
「ないわけない。なんで俺って言わない? 俺に対して壁を作ったのか?」
さも不思議そうにロック。何故そうなったのか、まるで判らないとでも言われているようだ。
「前々から私と自分を呼んでいる。問題ないだろう?」
「あるから言ってる。俺が何かしたのか?」
ロックは至近距離でエドガーの目を眺めている。お気に入りらしい、彼が言うには「賢帝の星」
エドガーは、まるで自分の心を透かし見られているような気分になり、目を閉じた。
と、再び唇に温もりが落ちる。
「冗談は止めてくれ!」
ぐ、とロックの胸を押し、この距離を離そうとするのに、出来ない。
エドガーだとて、戦える程度に鍛えている。なのに、何故、ロックとの距離は開かないのだろうか?
「冗談じゃないって言ったら?」
「なにを……」
「冗談じゃない。俺はあんたを守る。俺の、大切な……青い星……」
今度は目蓋に温もりが落ちるのに、エドガーは震えた。
優しいとも思えるその仕草に、心が騒ぐ。
こんな不実な男に対して。
それに、ロックが大切に思うのは、瞳の青であって、エドガー本人ではありえない。
いや、大切に思ってくれなくても良いのだ。今直ぐに戯れを止めて立ち去ってくれたら。
もうこれ以上、心を引っ掻き回されるのは沢山だ。
王として培ってきたプライドを崩され、女のように守られるのでは、自分を信じて立っていられなくなってしまう。
それは、自我の崩壊に等しい。
「もう……俺のことは、放っておいてくれ……」
囁くように告げたエドガーに、返るロックの微笑み。
「やっと、言った」
「……良いから、もう出て行ってくれ」
この秘め事には似合わない、壁の薄い宿の部屋から……。
「守ってくれるのは、もう判った。それに甘んじても良い。だから……出て行ってくれ」
懇願に似た声に、ロックはマジマジとエドガーの表情を見る。
そこに、湖面のように揺れる瞳を見て、ロックはそれを凝視した。
「青い星……ブルーアイズ」
偏光を示す歪みはどこにもないはずなのに、青い瞳はキラキラと光の角度を変えてロックを惑わせる。
宝はないと王本人が豪語する国の、ただ一つの宝。
だが、マッシュの瞳を見ても、ロックの心は揺れない。エドガーのものだけだ。
賢帝の星。そう名づけられたものだけ……。
どうしてこんな風に輝くのか? 観察していたロックは、不意に気付いた。
涙だ。涙が、瞳の光を揺らしているのだ。
「何故、泣く?」
不思議にそうに尋ねたロックに、涙を流してはいなかったエドガーは、その目を鋭くした。
「冗談を言うな! 私は泣いてなどいない!」
「泣いてるじゃないか? 俺には言えないことか?」
「……!!!」
目蓋の下を、ロックの舌が辿る。
驚いたエドガーは、大きく眼を見開き、避けた。
髪をくくった紐がロックの手にひっかかかり、髪が解けて落ちる。
広がった金に、ロックは驚き身を離し――。
「もう、出て行ってくれ」
言うエドガーの姿に、見ほれた。
肩に広がった髪は豊かで艶も良く、まるで女のようにエドガーの白い肌を飾った。
そしてその金の中に、真っ青の瞳。
「あんた……綺麗だな?」
呆然と、ロックは言う。
今、初めてロックは、エドガーの瞳以外に目を向けた。
散々その体をむさぼっておきながら、エドガー本人の外見に目を向けたのは始めてのことだった。
そして、心にも。
「何を……」
「本当に二十八か? そんなには見えない……」
この時、ロックはまだ気づいていなかった。自分の声に色がついたことを。
まるで女性をかき口説くみたいにエドガーに迫っている自分を。
「冗談は……」
「冗談じゃない。本気でそう思う……」
もうロックの目は、瞳を見ていない。瞳を一部とした、エドガーの全身を見ていた。
既に旅の装束から身軽な衣装に着替えたエドガーは、一般人と変わらない。
解けた髪は艶やかで長く、ともすればその整った相貌とあいまって女性にさえ見える。
思ってもいなかったその顔の整った様子に、息を呑んだ。
気に入っている程度だった。瞳の宝を自分のものだと自覚する為に、何度もその身を征服してきた。
だが、今、もっと違う衝動がロックを苛んでいる。
器ごと、欲しい。賢帝の星を。
その身全てを……。
訝しげに歪むエドガーの顔を、瞬き一つせずに眺め、ロックは微笑んだ。
この宝を手にする為には、何をすれば良いのか?
守る――そう、守れば良い。この宝を。他の誰からも。
そして、いずれ、自分の宝石箱に閉じ込めるのだ。
他のどうでも良い宝のように、売ったりしない。
自分だけのものに……。
凶悪に似た光を浮かべたロックの目を、エドガーは恐怖の篭った目で見つめていた。
自分が、ともすれば最も危険な場所に足を踏み入れてしまったような恐怖。
目の前にいるのは、ロックではない。獲物を狙うトレジャーハンターそのものの。
そして、狙われているのは、瞳だけではない?
カタカタと震えだす手を、ドアに向けて伸ばし。しかし届かないそれを、ロックが掴む。
――もう、逃げられない?
脳裏にかすったそんな言葉を、エドガーはどうしようもない恐怖の中で、ただ漠然と思った。