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秘書:からめとる視線

 ドキドキ。
 心臓が高い音を鳴らす。
 誰かに聞こえるのではないか、という恐れと、なのに心地よい時間。
 見られてる――。
 そう思う度に、愛されてると思うから。
 クラウドはそっと視線を動かし、自分に視線を向ける人を見つめた。
 そっと二人して笑いあう。小さな幸福。
「大好きです」
 声に出さないで伝えたつもりなのに。
「またなの?」
 隣で溜め息。
「そんなに側にいたいなら、これ持って行って来て」
 そっとこの恋を後押ししてくれる女性に言われて、クラウドは判りやすすぎるらしい自分の行動が恥ずかしくなりながらも、最愛の人の元へと走り寄るのだ。



 エレノア=グリーグ。副社長付き第二秘書である。
 第一秘書が幼すぎる為に第二秘書と置かれた彼女は、ちょっと困った状況にあった。
「だからね、ああもアツアツぶりを側で見せられたら、旦那を失くして寂しい私がかわいそうだと思わない?」
 電話に向かってしゃべること数時間。そう、一時間や二時間の話ではない。退社時間をとうに越えたこの時間、残業するのにも遅すぎる副社長秘書室の中、エレノアは延々と文句を言い続けているのだ――総務部調査課主任=ツォンに。
「あのですね……」
 いい加減本日分の各所からの報告書も仕上げたことだし、帰りたいツォンは、このエレノアの電話のおかげでデスクから立ち上がることが出来ない。
 無碍にすれば後で何をされるか判らない。
 現在秘書として甘んじている彼女は、実は昔、タークスの長であった。
「大体、いちゃつくなら家でしろってのよね! まぁ、絶対に家でもいちゃついてるとは思うんだけど!」
「はぁ……」
 その辺り、ルーファウスなら心配ないだろう。
 ちょっと初心者向きの恋は初心者だが、相手を思いやる気持ちも知ってる、年と親の割りには出来た人間だとツォンは思っている。
 逆に、相手がクラウドだから大切にしてしまうというのもあるだろう。
 まるきり正反対な人間性に、離れた年齢――の割りに、似合っている二人なのだ。
 しかし、だからこそ、エレノアの煮つまり具合は激しいと言える。
 仕方ない……。
 ツォンは一度溜め息を吐くと。
「エレノアさん、飲みに、出ませんか?」
 そう、誘うしかなくなっていたのだ。



 クラウドはベッドに横になりながら、書類を見るルーファウスを見つめていた。
 仕事を家には持ち込まない――というのがルーファウスの信条ではあるのだが、このところ忙しく、時間外労働をなるべく会社でしたくないルーファウスは、家に持ってきてするようになっていた。
 となると、仕事の最中つまらないのがクラウドだ。
 手伝ってはあげたいが、副社長権限で決断する類の書類には、さすがに第一秘書といえども手が出せない。
 結果、ルーファウスの仕事が終るのを、クラウドは待つことになる。
 じっとルーファウスを見つめて、ひたすらに仕事が終るのを待つ。
 視線を向けるのなら、得意だ。何もしなくても、目がいってしまうのだから。
 ふぅ。とクラウドは溜め息を吐く。
「どうした?」
 仕事に熱中していても、クラウドの動向には目を光らせているルーファウス。
「いいえ……なんか、格好良いから」
「え?」
 聞き返されて、クラウドははっとする。
「あ……」
 無意識に出た言葉だったから、それに対して反応があるとは思わなかった。
 クラウドは真っ赤になると、布団の中にもぐりこんだ。
 のっしりと上に重りが乗っかって。
「今、何て言ったんだ?」
 楽しそうな声でルーファウスが尋ねてくる。
 もう一度なんて、意識して言えるはずがない。クラウドは案外と照れやなのだ。
「な、なんでもないです……」
 焦って答えても納得はしてもらえなくて。
「言わないと、襲うぞ?」
 脅すように言われても、それはクラウドも望んでいることだ。
「良い……ですよ」
 囁くような応えに、ルーファウスは微笑むと、クラウドの隣に潜りこんだ。



「あったく、なんだっつーのよね!」
 酔いつぶれるエレノアを、ツォンは彼女の自宅に運んでいくので精一杯だった。
 何故自分が……。
 とは思ったが、自らの采配でエレノアを副社長第二秘書にすえてしまったのだから仕方ない。
 一日変わってあげましょうか? と言いたいところだったが、主任の仕事は案外と多忙で、しかも、あのアツアツラブラブな二人の光線に当てられて、寂しい一人身を自覚させられるのは真っ平だ。
 どうせ今頃、二人して愛情でも確かめ合ってるのだろう。
 思いながら、ツォンは溜め息をついた。
 結局、自分でも嫌な仕事を押し付けている負い目から、こうしてエレノアに付き合うしかないのは判りきってるツォンだった。
 しかし――ルーファウスは案外と直情的なところがあるから、クラウドの細腰で明日は大丈夫なのだろうか?
 ツォンは心配になる。
 自覚していてもいなくても、立派にクラウドの保護者になっているツォンだった。



 熱の冷めた穏やかな一時。
 ルーファウスは隣にクラウドの温もりを感じながら、書類の続きを見ていた。
 本当なら、もっとクラウドを構ってやりたいのだが、今はそれどころではなく、寂しい思いをさせているのかもしれない。
 そう思うと、仕事中でもついクラウドに目をやってしまう。
 可愛い恋人はそんなルーファウスに気付いて微笑みをくれ、大好き、と言葉を唇だけでくれる。
 早く、こんな下らない忙しさの中から逃れたいと思う。
 そして、クラウドと共にどこか落ち着いた静かな場所で過ごしたい。
 書類を置き、クラウドの頭を撫でると、ぐずったクラウドがルーファウスの胸に擦り寄ってくる。
 まだ年齢的にも幼いクラウドの、そんな猫のような仕草にルーファウスは笑い。
「愛してる……」
 囁きながら、クラウドの体を抱き寄せた。

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