言えるわけがない。
それでなくても負担をかけているのに――。
体が疼いて眠れないなんて……そんなこと……。
空のないこの地にも、風だけは吹く。
どこかで気温差が生まれているのだろうか?
天候さえもどこかで操られている偽物の世界。
「兄さん……」
呟きながら、ネロは屋根の上から見える、偽者の空を見つめた。
メタルの輝きに包まれた部屋の中、ネロは疼きに負けて自慰に没頭していた。
最近与えられる、新たな肉体を作る為のクスリ――というものを飲みだしてからだ。
体が熱くて、夜に必ず疼く。
どこもかしこも性感帯になったように、風が体に触れるだけで、下肢が固く突っ張るのだ。
以前なら、素直にヴァイスに抱かれに行っただろう。
このディープグランド内ではモラルの壁が異常に低い。なので男女の差なく、恥ずかしがることもなく抱き合うことが出来た。
だが……。
この殺伐とした世界でも、恋愛のようなものが存在する。
ネロはヴァイスに、甘く切ない気持ちを持ってはいるが、ヴァイスは違う。
飽くまでネロの足りない要素を補う為だけに、抱かれ癒され、愛されている。
それはネロの望む気持ちとは異なっていた。
いっそこの身が女であったなら――思ったことは一度や二度ではない。
例え、普通一般と呼ばれる幸福がこないのであっても、それでも、どんな形であれ愛される幸福に酔うことが出来ただろう。
歪な自分の体を、ヴァイスは認めてくれる。
それを、実験やクスリの為だけだと思っている。
けれど……。
違った。
遠くある日、ネロの体が他のソルジャー達よりも柔いことが判った後、実験の方向性を変えられたときから。
ずっと――ヴァイスを愛してる。
心と体全てで……。
だが、ヴァイスは……。
なぞるように滑る指に、ネロはそれが自分のものであろうが、淫らに身を捩る。
とんでもない鋭い刺激に、呼吸が乱れ、ともすればまともに息も出来なくなりそうな快感。
「に……さん……」
呼ぶのはヴァイスで、他の誰でもありようがない。
そう――他の誰かに抱かれても、呼んだのはヴァイスだけ。
自分を包む、馴染みのありすぎる闇の中、ネロは下肢だけを露にして、ベッドの上で大きく開く。
左手で砲身を、右手でその奥――秘所に伸ばし、滑って鈍く光を放つそれを、肉の圧迫の強い中へ。
滑り込ませた指を、淫らに締め付けて、それでも更に奥を目指す。
――足りない。届かない。
絶望的に思った時だった。
「ネロ?」
闇の中に声が――待ちわびて……しかし会いたくない姿が。
「ネロ……」
驚いた声が、視線が、ネロの全身を撫で回す。
存在一つだけで、ここまでネロに絶頂感を促す人間は他にいない。
いや、人間ではないのかもしれないが……。
「こ……ないで……」
一度火の灯った体は、頂上を見なければ止まれない。
ネロは激しく中をかき混ぜ、砲身を擦った。
「お前……」
「あ……ああぁ……」
自身が自身に与える感覚に、思考が淀み始める。
愛する人の前で、自らを慰める絶望感と高揚感が、ネロを一気に頂上へ押しやった。
「あ、あっ」
余裕のない声が上がり、びくびくと全身が痙攣する。
「待て!」
しかし、絶頂を迎える寸前に止められた。
「に……さん?」
「一人でイク気なのか?」
苦笑を浮かべたヴァイスは、下肢をくつろげる。
「兄さん?」
動きを止めたネロの、秘所に納まっている手を抜き、砲身を握る手も離させる。
両手を一纏めにネロの頭上に縫いとめたヴァイスは、開いた片手で起用にネロの腰を支えて、浅い角度で突き上げた。
「はっ、あぁっ!」
衝撃がネロを貫く。
奥まで一気に進めて。
「一人でするな。俺がいるだろう?」
諭すように言うヴァイスに、首を振る。
「だ、駄目……」
「何が?」
「だって……に、さんはっ……」
言葉の継ぎ目に、ヴァイスは腰を緩く動かす。
最初は宥めるように、次第に激しく。
「あっ……あぁっ……に、にいさっ……」
面白いくらいに乱れるネロを、熱の篭った目で見つめて。
「愛してる……ネロ……」
体にしみこませるように、告げる。
「やっ……や…だ…………」
たった一つの言葉を、口にする度に、ネロは強くヴァイスを締め上げた。
鋭く抉るような突き上げに、それに馴染んだ体は従順に男を喜ばせようと答える。
「愛してる……ネロ……」
ネロは激しく首を振りながら、言葉を否定するが、体は喜んでいた。
言葉に、温もりに、声に、存在に――。
立ち上がったネロの砲身が、先端から切ない涙をこぼし、それが自らの体を濡らすのに、ネロはそれすらを快感に変え。
「一緒にいこう……」
呼吸を乱しながらも、媚態を見て微笑むヴァイスは言いながら、突き上げるスピードを上げた。
「何故俺を避けた?」
ぐったりとベッドに沈み込んだネロに、ヴァイスは問いかける。
弟――と思ったことは一度もなかったが、この弟は、ともすれば直ぐに自分の気持ちを疑って殻に閉じこもりたがる。
様子がおかしいと思い、避けられていることも感じていたから、暫く考える時間を与えていれば、勝手に自分を慰めている。
「兄さんには……種を残す役目が……」
ディープグランドでは優秀種であるヴァイスの、その種を残そうという研究者が出てきた。
そういう話を、ネロは一度や二度ではなく聞いたことがある。
逆に、ネロの持つ優秀とは良い難いが――特殊な種も残そうという話が上がった。
だが、ネロは男としては――役立たずだったのだ。
女性は抱けない。
種を残す為に、交接を望まれたネロは、それでも出来なく――。
「兄さんはもしかしたら、優秀種として外に出る機会があるかもしれない、その時僕は……」
「その時お前は?」
「……忘れられてしまうかもしれない……そう思ったら……」
はぁ、とヴァイスは溜め息を吐く。
「どうして忘れられると思う?」
「だってそれは……」
こういうところが、ヴァイスは判らない。
何度「好きだ」と囁こうが「愛している」と言おうが、ネロは絶対にその言葉を信用しようとしない。
「一人で外には出ない。出る時はお前も一緒だ。それに……もしも離れることがあったとしても、絶対に忘れない……」
むき出しの肌を撫でながら、ヴァイスは言う。
ディープグランドに突っ込まれてから、愛だ恋だの感情とは疎遠になった。そのヴァイスが、ネロにだけは心が反応する。
その事実を、まるで理解しようとしないのはどういうことだろうか?
ヴァイスはネロを見つめ、その体に教え込むようにのしかかる。
「ならば、理解するまで教えようか」
「え?」
「その体に……」
既に男以外には反応しなくなってしまった体――それでも、ヴァイスにだけ淫らに乱れる体。
「に……さ…ん…………」
反論はキスに封じ込められる。
直ぐに甘い吐息を上げ始めたネロを笑って、慣れた体を攻略し始める。
それでも、恐らくネロは納得しないのだろう。
そう思うと、いっそ自分と一緒に呼吸を止めてしまおうか。
そう思うネロだった。
勿論、ネロ本人のはこんなことは言えないけれど……。