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エキセントリックドリーム

「兄さん……」
 ロックされていないドアを開けて中に入る。
 整理された――というよりも、殆ど物らしい物がない部屋も珍しい。
 といっても、このディープグラウンドでは、物品を手に入れるということ自体が、容易ではない。
「兄さん?」
 相変わらず閑散とした室内を、ネロは兄の名を呼びながら歩く。
 そう広くはない部屋なのだが、ヴァイスはともすればこんな何もない狭い空間ですら、気配と存在を消し去ってしまえるだけの能力をその身に宿していた。
 純白のヴァイス。
 その呼び名は伊達ではなく、ヴァイスの心もその身も、白という、光に属する色に祝福されている。
「兄さん?」
 寝室のドアを開ける。
 寝乱れたベッドの上に、ヴァイスの姿はない。
 どこに行ったのだろう?
 今日は朝から訓練以下実験も全て中止が言い渡されている。他人任せの休日とでも言うのだろうか。
 そんな日は、何時もヴァイスはこのディープグランド内でも、光に近い場所にいる。
 例えば、ツヴィエートとなったソルジャーのみに与えられる、地下の街内部の家とか。
 要するに、ここである。
 空の光は、生まれて直ぐに奪われた。
 遠い記憶の中、小さな欠片となって空、海、大地を覚えてはいるが、それは本当に遠すぎる記憶で、今でははっきりとその姿を思い出すことさえ出来ない。
 いまや、ネロにとっての光とはヴァイスそのものであり、他には存在しない。
 託された書類を持って、ベッドに腰掛ける。
 温もりが残っている――ということは、まだベッドを出てそれ程の時間が経っているわけでもないのだろう。
 暫く待ってみるか、と思い、ついでだから、とベッドメイクを始めた途端、背後から物凄い力で抱き寄せられた。
「本当にお前は……」
 苦笑交じりの声。
「そんなことは博士の派遣した下僕がやってくれるだろうに」
「……兄さんのだから……」
 力強い腕に手で触れて、ネロは答える。
 吐息交じりの独特の声は、ヴァイスのお気に入りで、時々意味もなく喋らされることもある。
「また……そんなに可愛いことを言うから、博士に余計に玩具にされるんだ」
「それは違うと思うけど……」
 ヴァイスはネロを振り向かせ、戸惑い気味に見上げる視線に吸い寄せられるように口付けた。
「で、何の用だ?」
「博士から……次の実験に関しての……」
「またか……」
「上で、細胞単位のソルジャーの実験に成功したので、こちらでも、ってことらしいけど……」
「上で?」
 上下に別れたミッドガル。更にその下のアンダーグラウンド。
 上の――とは、ミッドガルの表に出ている部分のことを差す。
「酔狂なことだな。どこまで人を玩具にすれば気が済むんだか……」
「でも、博士は僕らの為に力を尽くしてくれてる」
「唯一の良心――という奴だからな。こんな場所に閉じ込められているのが惜しいくらいの人物だ」
「事実上は死んだことになってるから……」
「そうだな……」
 ヴァイスはネロの手から書類の束を受け取ると、ベッドサイドのテーブルの上に放り投げた。
「で、このまま帰るか?」
「……ベッドメイクをしていくよ」
「それよりも……俺とベッドを余計に乱してみないか?」
 低い囁きに、ネロは目を見開く。
「せっかくの休日なのに?」
「せっかくの休日だからだ。面白いことをしないと損だろう?」
「それは……」
 面白いことなのかどうか……。
 ネロにとっては、確かに充実した行為に他ならないけれど、ヴァイスにとったら、もっと適当な相手は山程いることを、ネロは知っている。
「良いの……彼女は……」
「ああ……」
 激しい気性そのままに、炎を操ることが出来る女性。
「あれは、遊びだ」
「だけど……」
「お前に負担がかかるから、回数を抑えていると、欲求が溜まるんだ。仕方ない」
「そんな……ことは……」
 ヴァイスはネロの腰に絡めた腕を、下に下げる。
 細い腰から続く、やはり小さな尻を撫で、衣類の上から窪みを突いた。
「あ……っ……」
 ガクン、とネロの足が折れる。
 縋るようにヴァイスに抱きつけば、後はなすがまま。
「本当に感じやすい奴だ……」
「それは……」
「判ってる。実験の所為だ……」
 本来は主に女性が受けている実験を、何故かネロが受けることになった時、ヴァイスは酷く驚いた。
 まさか、ヴァイスとの関係を知っているのか、と訝ったくらいだ。
 人の欲求の玩具にされるという、最も悪趣味な実験は、情報収集の実践においては最も有効らしく、ミッドガルの上においても多くのソルジャーが受ける訓練でもあると聞いている。
 しかし、ネロは男だった。
 情報を握るのは常に男である可能性が高い為、女性がその訓練の対象になるのが当たり前で、男には関係がないと言っても過言ではないはずなのに。
 しかも、ディープグラウンドでは訓練ではなく、実験だ。
 いかに多くの者をその肉体の虜にすることが出来るのか、それを実験されているのだ。
「兄さん?」
 ベッドに押し倒したまま、行動を止めていたヴァイスを、訝ってネロが声を上げる。
「いや……」
 脱がせることの容易な衣類を取り去ると、男にしては柔らかい肉体を開いていく。
 この肉体も、実験の結果だ。
 ネロは肉弾戦を得意としないからもあってか、その肉体に多くの科学化合物を摂取させられている。結果、セルジャーにありがちな固い筋肉を殆ど持っていない。
 大きく開いた両足の狭間に顔を埋め、薄い茂みに覆われた男性を口に含む。
「に……さん……」
 既に甘い吐息をこぼし始めたネロは、羞恥を知らないかのごとく、乱れていく。
 拒むことなど、遥か昔にやめてしまった。
 薄く開いた口から、吐息交じりに喘ぎをこぼしながら、ヴァイスの舌技に悶えて鳴く。
 立てた膝で兄の頭を包み、もっと深く飲み込んで欲しいと体全体で訴える。
 愛しい弟だ。
 先端からねっとりと根元までを含んで、軽く噛んで刺激に緩急をつけながら、竿を伝って落ちた雫が通り過ぎる場所に触手を伸ばす。
 散々実験でも使われた場所のはずなのに、まだ何も知らないような存在を主張するそこに、指の先端を当てた。
「あっ……に、兄さん……っ」
 そこに触れられただけで感じる体。。
 感度だけは相当鍛えられてしまった。
 元から、ヴァイスと肉体関係はあったが、かつてはこれ程ではなかった。
 そうしたのは、実験とヴァイスだ。
 びくびくと跳ねる腰を押さえつけて、雫に濡らした指の先端を潜らせる。
 息を詰めたネロの押さえた喘ぎも艶かしい。
 嬲っていた男性から口を外し、腰で足を広げさせて固定してから、ヴァイスは指を根元まで突き入れた。
「あっ……!」
 ただの指1本だ。
 それでも感じて悶える。
 反り返った体はぶるぶると震え、既に押さえることもしない口からは、甘い吐息に混じった声が、淫らにヴァイスを誘う。
 いや、誰相手でもそうだ。
 以前、実験でアスールを相手にした時もそうだったと聞く。
 思えば、腹の底から嫉妬に似た思いがわきあがるが、仕方ない。
 実験に耐えられなければ、このディープグランドでは死が待つだけ。
 成果を上げられなければ、ツヴィエートでもいられなくなり、捨て駒の実験体としてもっと過酷な実験が待つ身である。
「ネロ」
 弟だけは。
 そう思ってここまで来た。
 だからこれからも。
 ヴァイスは思いながら、胸の突起に口付ける。
 ふくらみもないのに、激しい欲望を感じるそこは、吸えば淡く色づき存在を主張して固く尖る。
 何度も何度も口付け、舌で転がして突付くと、ヴァイスの指を飲み込んだそこが、きつくしまった。
 同時に、抜け出る寸前まで引く。
「あっ……ああっ……!」
 男の味は、ヴァイスが最初に教えた。
 ネロは小さく、成長の遅い子供だったから、守る為にあらゆることを教え込んだ。
 しかし、それではネロの精神が保たない。
 実験に耐えうる資質を持とうが、精神は普通の人間と変わらない。
 だから、側にいることを教え込んだ。この肉体で。
「に、兄さんっ、早く……っ」
 切羽詰ったネロの声が、限界を訴える。
「判った……」
 殊更ゆっくりと、収まっている指を引き抜くと、既にかたく張り詰めている自身を取り出す。
 細くしなやかなネロの足を肩に担ぎ、その中心――既に柔らかく緩んだそこに押し当てた。
「行くぞ……」
 低い呟きに、微かに頷いたネロを見て、その唇に深いキスを送りながら、自身を押し込んでいく。
「ん……んん……」
 口内でくぐもった声が上がり、ヴァイスの追いかける舌を拒む。
 それでも押し当てた唇でその動きすら封じて、一気に根元まで。
 脈打つ互いの結合部が隙間なく合わさってから、ヴァイスは唇を解き、ネロの欲情に潤んだ目を見つめた。
「良いか?」
 既に現実をそれと認識もしていないネロの目が、閉じる。
 それを合図に、ヴァイスは激しく腰をうちつけ始めた。



 ベッドを乱そうとは言ったが、これ程乱れるとは思っていなかった。
 ヴァイスはソファに移したネロを見る。
 今は深い眠りの中にいるネロ。
 どんな夢を見ているのだろう?
 思いながら、このまま起きたら、絶対に掃除洗濯をすると言い出しかねないと思い、面倒だが片付けを開始する。
 シーツは滑る液体でべとべとで、洗うのにも苦労しそうだった。
 1度2度では飽き足らず、何度もネロの中に放った結果、納まりきらなかった液は零れてシーツを汚し――結果、こんな惨状。
 本当は、実験に苦しむネロを、一時でもそんな現状から解放していやりたいと思ったのだったが、いつの間にか夢中になっていた自分。
 むしろ、癒されているのは自分の方かもしれない、と、最近思い始めた。
 普通なら、弟に恋愛感情は愚か、その間で肉体関係なんてあり得ないのだろうが……。
 ディープグランドは普通じゃない。
 シーツを丸めてゴミ箱に捨てて、新しいシーツを敷く。
 ソファから抱き上げたネロが、ヴァイスを求めて腕を伸ばすのに答えてやりながら、新しいシーツの上に、二人して寝転んで。
「良い夢を見ろよ」
 ネロを抱きしめたまま、ヴァイスも目を閉じた。

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