僕の心には空洞が開いている。
ただ一人にしか埋められないこの穴は、今も、確実に血を流し続け、何時かは空白に食われてしまうだろう。
その前に、一度だけ――それだけで良いから。
情事に乱れた体を起こす。
「大丈夫か?」
途端に背を支えられ、そうは見えない男の優しさを垣間見て困惑する。
戯れに誘う相手には、ちょっと問題だったかもしれない――と微かな後悔。
「大丈夫だ」
さりげなさの中で手を振り払えば、男は心得たように遠ざかり、苦笑を浮かべる。
「まるでハリネズミのようだな」
称する男は、巨体を起こすと、先にベッドを降りた。
「僕が、か?」
「ああ……ヴァイスが言っていた通りだ」
「兄さんが……」
以前、ヴァイスがこの男――アスールと親しくしていたのは良く知っている。
ネロだけは彼らとは違う実験体として扱われていたので、滅多に会うことはなかったが。
「神経質で繊細で、困ったやつだ――とな」
豪快な体つきの男は、笑い方も豪快で、ネロはそんな彼に引きずられるように、衣服を着かけた手を止めた。
「困ったやつ?」
「おう。目が離せなくて困る……とな。大概過保護な言い様だと思っていたが、案外と的を得ている」
それはどういう意味だ、とネロは微かに拗ねて再び手を動かした。
「細くて折れそうで、綺麗で可愛い。成る程、確かにセックスの間はその評価に否はない。だが、俺達をヴァイスに代わって指揮する姿には、とてもじゃないがそういう表現は似合わないな」
ネロは苦笑する。
「僕は兄さんの行動をトレースしているだけだ。本来闇には影という意味合いも含まれる。これは、純白のヴァイスを真似ているだけだ」
「どっちが?」
じっと目を覗き込むアスールに、ネロは動揺する。
「どっちが……勿論、皆を率いる場合に限って」
「ふむ……」
アスールは言うと、背後からまだ半裸の状態のネロを抱きしめる。
「ならばこういう場合は、俺がヴァイスの代わりを受けもとう」
ふい、と軽く抱き上げられて、再びベッドに押し倒される。
「どういう……んっ」
抗議の言葉は唇に飲みこまれ、目を、大きな手で塞がれる。
手の温もりは、確かにヴァイスに似て。
「これから俺はヴァイスになる。だから、存分に楽しめば良い。無意識の中で、存分に休めるように」
存外優しい手がネロの胸に染み入るように響き、ネロは瞼の裏にヴァイスの面影を浮かべる。
直ぐに肌に触れてくる手に、意識は反らされ、そして。
「や……に、さん…………」
微かな声が吐息と混じり吐き出される頃には、触れるその手は、ヴァイスのものになっていた。
空洞が広がる。
他人の手に委ねた体が、貪欲に求める相手を求める。
更に空洞は広がる。
虫食いの穴を埋められるのは、ただ一人――ヴァイスだけ。
なのに振れる手に乱れ、その名を呼び――ただ、空しさに揺れる空洞は、今もぱっくりと口をあけて、ただ一人の人間を待っている。
ずっと――。