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その光を抱きしめて

 今日の実験は酷かった。
 痛む体を自らの腕で抱えて、ネロは私室への長い道のりを辿っていた。
 兄のヴァイスや他のツヴィエート達とは違い、ネロはディープグランド地下街に個人の家を持ってはいない。
 持とうと思えば持てる待遇ではあったし、博士がそうするようには言っていたが、他のツヴィエート達とは違う実験がネロには課せられていて、研究室から地下街に戻るだけの体力的余裕がない為にそう出来ないでいる。
 それに、個人の家を持つまでもなく、たまに実験も訓練もない時――いわゆる休日と呼ばれる――には兄の家で十分過ごせるので、持つ必要もないと思っていた。
 研究所から街に程近いコンパートメント――ツヴィエートには選ばれなかったディープグラウンドソルジャー達と同じ宿舎の中に、ネロの私室はある。
 その体一つが神羅最高機密でもある為、内と外に強固なセキュリティーの敷かれた、快適とは言いがたい部屋である。
 監視カメラが常に動きを監視している、まるで動物の檻のようだ、とも思ったことがあるが、結局実験動物という意味では、他の動物と変わらないのかもしれない。
「下らないな……」
 ネロは呟くと、着替えもせずにベッドに横たわった。
 とにかく疲れた。
 空間を独自化し、属性を闇に変えてその中に檻のように全てを閉じ込めて、存在そのものを消す――これがネロの持つ能力だ。
 肉体の発達が遅く、筋力よりも精神力に秀でた為に確立されたものだが、この精神力については、ヴァイスが強く影響している。
 実験の度にネロを気遣い、宥めた――たった一人の兄、ヴァイス。
「兄さん……」
 昔はこんな風に痛みに苦しんだ日は、必ずヴァイスが来て抱きしめてくれたものだ。
 今は同じディープグラウンドと言えども離れた場所に暮らすヴァイスとは、そう簡単には会えない。
「兄さん……」
 ネロはヴァイスの面影を脳裏に描きながら、つかの間の眠りに落ちた。



「おい……」
 肩を揺すられて、意識が浮上する。
 うっすらと開いた目に映るのは、兄の姿。
「兄さん……?」
「ああ。突然悪いな……」
「いいえ……」
 ネロは眠りの中で多少癒された痛みを抱えながら、起き上がる。
「何か……?」
「いや……用という程のことでもないが……どうも気になって……」
「何が?」
「お前が、だ。他に何がある?」
 断定的な物言いに、ネロは薄く笑うと兄に手を伸ばす。
「丁度会いたいと思っていたんだ……」
「そうか……」
「今日は、科学化合物が辛くて……」
「そうか……」
 ヴァイスを抱き締めるようにしなだれたネロの体からは、化合物の影響だろうか、どこか甘い匂いが漂ってくる。
「そっちの実験だったのか?」
「そう……」
 そっちの実験――性的交渉のことだ。
 ネロは男でありながら、男相手に体を開く実験に使われている。
「相手は……?」
「さぁ。知らないソルジャーだった」
「そうか……」
 ヴァイスはネロをベッドに押し倒すと、のしかかる。
「もう休め。今日は疲れただろう?」
 1度、ネロから聞いたことがある。
 そっちの実験は、酷く体力を消耗するのだそうだ。
 ただでさえ、体力的には恵まれなかった上、化合物で体を無理矢理変えられているのだ。その疲労たるや、ヴァイスの想像を超えているだろう。
「せっかく兄さんが着てくれたのに……」
 残念そうに見上げるネロの目は、どこか妖艶にヴァイスを誘っているように見える。
「今日は泊まる。明日は一緒に訓練に出よう」
「うん……判った」
 それでも、目を閉じようとしないネロは、ヴァイスに手を伸ばす。
 疲労からか、細かく震える手を握って、ヴァイスはネロが望むままにベッドに横たわるとネロを抱きしめた。
「おやすみ、兄さん……」
 囁く声に頷いて、ヴァイスも目を閉じた。

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