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あなたという人が、自分だけのものになればいいのに

 明日はエスタに行くという頃になって、通信が入る。
 またか……思いながら通信を繋げると、まさにラグナからのもので。

「悪い、明日の休暇がなくなった……」

 がっくりと項垂れながら言うラグナに、ならば仕方ない――とクールに答えたつもりだったのだが……。
 通話を切ると直ぐに頭に血が昇った。

「なんであいつは、会う前日になると、断りの通信を寄越すんだ!」
 常にない怒りの表情で通信システムをライオンハートで両断したスコールは、腹立ち紛れに一人旅行に出ることにした。
 ラグナのためにとっておいた三日の休みが勿体無いと思ったからだ。

 どこに行こうかなんて考えてもみなかった。
 ただ、どこかまで鉄道で下って、それから考えれば良い。
 どうせならちょっと遠すぎる気がするが、シュミ族の集落まで行ってもいいかもしれない。
 あそこはツクリテ達がのどかな時間を送っていて、そこにいるだけで落ち着けるからだ。

 バラムまで鉄道で行って、あとはそこから適当な船に乗ることに決めた。



「はぁ? 休暇で行き先が判らない?」
 バラムガーデンにラグナロクで飛んだラグナは、そこでスコールの行き先を尋ねたのだが、にべもない返事に大声を上げた。
 ラグナに捕まったのはアーヴァインで、今ではライン上一つにまとめられたガルバディアガーデンから、バラムガーデンに転属願いを出して、バラムガーデンのSeeDとなっている。
「てっきり大統領と一緒に旅行にでも出かけたと思ったんですけど……」
 呆れ混じりに言うアーヴァインに、ラグナは空咳をする。
「ちょっと野暮用があってな。で、急いで終らせて来たんだが……」
 ラグナだって、悪いとは思ってるのだ。
 息子で恋人なスコールは、ラグナに文句の一つも言いたいだろう場合でも口を噤んでしまう。
 何事も自分の腹に溜め込むタイプのスコールだからこそ、放置してはいけないとは思うのだが、いかんせん互いに忙しいスケジュールの中、すれ違いが多く勃発するのは仕方ないことだといえよう。
 だから、最初の内はスコールにガーデンを止めてエスタに永住するように言ったのだが、断わられ続けて諦めていた。
「で、行き先はわからねぇのか?」
「休暇中は完全にプライベートになったんで、行き先を申告しなくても良くなったんで、判りませんね」
 忙しいSeeDの休養時間を守る為、緊急連絡システムを廃止したのはスコールだ。恐らくラグナと会っているときに呼び出されたくなかったからだろう。
 今回ばかりはそれが仇になった。
「もう良い、自分で探す!」
 バラムガーデンを飛び出したラグナは、ラグナロクに乗り込んだ。



 一方のラグナは、シュミ族の村にやってきていた。
 かつてラグナ像の手伝いをしたスコールのことを、誰もが覚えていて、歓迎されたのが恥ずかしかったのだが、何故自分が行き先にこの場所を選んだのかに気付いて愕然もした。
 ラグナ像。
 そう、ここには、仕上げまで見守ったラグナの像があったからだ。
 無意識に、ラグナに会いたいと思った結果だと思ったら、自分が情けなくなった。
 ラグナは自分ひとりのものじゃない。エスタの大統領で、日夜忙しい日々を送っているのだろうことは判っている。
 自分も同様に、SeeDとして忙しい日々を送っているのだから、きっとおあいこなのだ。
 だが、こうもすれ違いが続くと、心穏やかでいられない。
 再会から既に二年が過ぎているのに、会ったのは片手で足りる程で、その最初の数回は息子として、もしくはSeeDとして会ったのだった。
 恋人となったのは、その区切りの日で、その日にエスタに永住しないか、と初めて言われた。
 エスタに永住することは、SeeDを止めるということで。
 あの状況でスコールがSeeDをやめるのは非常に難しいことだった。
 エスタで共に暮らすことには頷けなかったが、変わりに恋人になった。
 それからの数回は、恋人として会って。
 親子なのに恋人なんて、おかしな関係だと思いながらも、結構それは幸せで。
 けれど、恋人となったときから、会いたい衝動が激しくなった。
 出来るなら、毎日のように会っていたい。
 そんな我侭な気持ちが胸をせり上げ、眠れない日が長く続いて。
 会えた日には激しく抱き合い、時間を忘れる程に互いに触れて――。
 だが、そんな時間は、もう一年近く得られていない。
「あんたが、俺一人のものだったら、こんな気持ちにはならないのかもな」
 スコールは像を見上げて呟く。
 像が出来上がった工房は人気がない。
 あの後、シュミ族の村から相等の人数が外に向けて旅立ったのだそうだ。
 側にはいないのに、像だけは目の前にある空しさに、スコールは女々しくも泣きそうになって、思い切り顔をしかめた。
 そうすることで切ない胸の痛みをやり過ごそうとしたのだ。

 なのに。

「ここにいたのか……」
 ほっとしたような、困ったような声を、慌てて振り向く。
「な、なんで……?」
 工房の入り口には、会いたくて会えないラグナが、声同様に困ったような顔で立っていた。
「まさか、こんなものが出来てるとはな……」
 ゆっくりと歩いてくる姿。
 最後に会ったのはどれくらい前だった?
 思い出すのも難しい程に前だったのに、つい昨日も会ったような、そんな感覚がして、スコールはラグナを凝視することしか出来なかった。
 隣に立ったラグナは、困ったままの顔でスコールを振り返る。
「何か言えよ」
 スコールにだけ向けられる、甘さを含んだ声。
「なんか、って……」
 何を言えば良いのか、判らない。
 会えて嬉しいのに、嬉しすぎて言葉が出てこなかった。
「お前、また細くなったんじゃないか? 最初に見た時も、下半身が頼りないと思ってたんだが、更に細くなって、どうするんだ?」
「別に――意識してそうしているわけじゃない」
「ちゃんと食ってるのか? だから細くなるんじゃないか?」
「食事は与えられた量はちゃんと食べてる。問題はない」
「問題って……」
 任務につけば、時間通りに食事できないことなんてざらだ。下手をすると二日三日まともに食べられない時もある。
 それでも、スコールは前に比べれば定期的に食べているという意識があった。
「全くお前は……まだ子供みたいな奴だな……」
「子供か……否定はしない。でも、大人でもある」
「ま、そっか」
 ラグナは頷いて、スコールの腰を抱く。
「村長に挨拶したら、宿に行こう」
「……ああ……」
「そこで、取り戻すぞ。昨日と、その前とその前の分」
 スコールは苦笑して、付け加えた。
「俺が断わった分もあるからな」
「だな」
 二人して見詰め合い――唇を重ねる。
 焦ってきたのだろう、ラグナの唇は、汗の味がした。
 深くまで互いの唇を味わって。
「全く……」
 ラグナが呟く。
「お前が俺だけのものになれば良いのによ」
 言われた台詞に、スコールは目を見張り、笑い声を上げた。
「なんだ?」
 突然意味も判らずに笑い出したスコールに、ラグナは驚きの声を上げる。
「いや、さっき俺もそう思ってた。その像を見ながら」
「へぇ?」
 二人で見上げた像。ラグナの――。
「いっそのこと、この隣にお前の像でも作ってもらうか?」
「なんでだ?」
「そしたら、俺が一人で休みの時にお前の姿を見られるだろ?」
「成る程……」
 けれど。
「でも俺は、この像を見て確信したよ。本物には叶わないって」
「そっか……それもそうだな」
 ラグナは笑い――スコールを促す。
「休暇のやり直しをしよう。まだ二日残ってるからな」
「そうだな」
 二人で笑いあって、たった一つしかない宿へ……。

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