スコールは躊躇っていた。
『好きな人にはチョコレートを上げるんだよ』
と、つい先日恋人関係を清算したリノアから教えられ、キスティスお勧めのチョコ専門店でチョコレートを買ったのは良いものの、果たして渡して良いものなのだろうか?
仮にも自分達は親子で、なのにそうとは思えないという理由で親子より恋人同士という関係を選んでしまって……。
互いに仕事が仕事なので、滅多なことでは会えない日々を送っているから、近況報告は電話やメールばかり。普段は何をしているかも判らない相手で、本当は別に恋人やらいるのかもしれないと思ったのは一度や二度ではないような関係。
心でひたすら躊躇っているのに、こうしてラグナロクを駆ってしまっているのは何故だろう?
会える保障だってない。先に連絡を入れたわけでもないのだ。
会えなかったら、優秀な補佐官にでも預ければ良い。
そう思いながら、スコールはエスタに降り立った。
エアステーションにラグナロクを残し、近くのステーションからリフターに乗る。
一度中継で乗り換えて官邸へ。
「おや、スコールさん!?」
何度か任務を交えて来訪しているスコールを、知らない人間は少ない。
官邸前の警備員から声をかけられて、スコールは形ばかりの挨拶を述べた。
「今日は大統領は?」
「いらしてますよ。朝から女性達が色めきだって、大変です」
「ああ……バレンタイン」
「そうなんです! もてない男にも救いの手を! って感じですよね! あ、スコールさんには関係ないか」
高らかに笑う警備員に、スコールは苦笑を返す。
ここでスコールが、実はラグナにチョコレートを渡しに来たのだ、と言ったら、卒倒するかもしれない。
「会えますか?」
「ええ。恐らく大丈夫だと思います。補佐官方もいらしてますから、どうぞ」
「どうも……」
案内されて、最近作ったらしい秘密の直通通路を示される。
一度使ったことのあるこの通路は、正面と同様にリフターで行き来するのだが、急降下がなかなかスリリングで退屈しないものだ。
「IDはお名前でどうぞ」
「名前?」
「スコールさんのは登録済みですから!」
気の良い警備員に言われたように、リフター付属のディスプレイに、かつては来客用IDを入れたところへ、スコールのフルネームを入れる。
程なく稼動したリフターが上昇を始めると、警備員が下で手を振っていた。
暫く沈黙していたエスタだが、いざ沈黙が解けて他国との交流が再開されると、エスタの人々はそのブランクを感じさせない程にフレンドリーだった。
本来なら、SeeDというだけで敬遠されることのあるスコール達ですら、一度会えば友達扱いされ、快く受け入れられる。
恐らく先の騒乱の際、SeeDが全面的にエスタ市内のモンスター退治を請け負ったからだと思うが、それにしても警戒心のなさは、自分の国ではないのに不安に思う程だ。
それもこれも、トップに立つ大統領の性格故だろう。
大統領執務室の前でリフターが止まり、降りてから入り口へ返す。
執務室前の警備員に視線を向けると、何故か恭しく頭を下げられ、更には縋りつかんばかりに言われてしまった。
「何とかしてください!」
「は?」
「大統領を何とかしてください!」
言われて、腕を掴まれ執務室の中に放り込まれる。
しかも背後で扉は閉じられ、鍵まで。
「????」
スコールは首を捻って執務室を見回し、納得した。
市内を一望できる窓の側。執務用の机との真ん中を、ゴリラのようにうろうろしているラグナが見える。
「あんた……何してるんだ?」
声をかけると、ラグナはくるりと振り向いて。
「スコール…………?」
「ああ。久し……うわっ!」
挨拶は半ばまでしか出来なかった。言葉が終る前に、ラグナが飛び掛ってきたからだった。
カエルがジャンプする時のような格好で、スコールに飛び掛ったラグナは、次の瞬間にはスコールと共に床に倒れていた。
「っ…………」
「大丈夫か?」
「そう思うなら、早くどいてくれ」
ちゃっかりスコールの上に馬乗りになったラグナ。
「いや、これは実はおいしい体勢じゃないか?」
スコールに会った途端に人間に戻ったラグナは、そんなことを言い出す。
「あんたな……」
「いやいや。本当に美味しい体勢だ。例えばこうするとするだろ?」
ラグナはスコールの腰の上で後ろに反転。
「ラグナ?」
スコールの下半身を目の前にしたラグナは、腰を自分の体重で押さえ込んだままズボンを脱がせ始めた。
「ちょっと待て、あんた、ここをどこだと思ってるんだ!」
「大統領執務室。俺の部屋だな。言うまでもなくよ」
「なら、仕事をする部屋で、これはまずいだろ!」
「大丈夫大丈夫。今日は本当は休みの日だから」
どういう理屈だかわからないが、仕事をしていないのであれば、執務室だって私室と一緒だと言っているらしい。
「外には警備員がいるだろ? 見られたら、どうするんだ!」
ラグナはピタリと動きを止める。
と言っても、既にスコールのズボンは脱がされ、下着も半分脱げ掛かった状態にされていたのだが……。
「それもそうだな……お前の可愛い姿を誰かに見せるわけにはいかねーか」
ラグナは再び反転。
諦めてくれたと安心したスコールは、ほっと肩の力を抜いたが、その隙を狙ったようにラグナはスコールの両手を電子錠で縛める。
「ラグナ?」
「ちょっと追い払うから、待っててくれ」
「ちょ、ラグナ!?」
どうあっても、執務室で剥かれることは決定らしい。
会えないよりはマシか、と考え、どうして父親なのにこんな風にされても好きかな、と自分に呆れてしまう。
喧々囂々声が続いた後、ドアが締められ、今度は内側から鍵をかける音がする。
暫く後に戻ってきたラグナは、ゴリラが嘘のように上機嫌で。
「待たせたな。じゃ、いっちょやるか」
な気軽な調子で声をあげたのだった。
「ちょ……も、しつこい……っ」
我慢強さには定評のあるスコールが、既に何度目か同じセリフを言う。
電子錠を解いても貰えず、執務机に伏せさせられて、背後から貫かれて、もうどのくらいの時間が経っただろう。
二度まで数えた絶頂は、今はもう何度目か判らなくなっている。
体はドロドロに疲れているのに、触れられると凝りもせずに感じてしまうのだ。
「も……ラグナっ…………っ」
「まだまだ駄目だ」
足りないと言われてしまえば、感じるのは同様のことなので、受け入れてしまう。
結局入れられたまま、動けば中から雫が零れるほどに中を満たされ、解放されたのは来訪から既に数時間が経過してからだった。
だるくて指1本動かすのも苦痛な中、スコールはラグナに抱かれて風呂に入れられた。
「悪かったなぁ」
今更謝られても……とは思うが、済まないと思っているらしい反省顔に、苦笑して返す。
「俺もしたかったから、良いんだ……」
「けど、ありゃセックスってより拷問に近かったよな」
何度も「止めてくれ」と言われたのを、ラグナは覚えている。
「過ぎたことだし……暫く来れなかったから」
向けられる愛情に、スコールは弱い。
元から、愛されるという行為そのものに慣れていないから、求められることや望まれることに対して、どう答えたら良いのか判らないのだ。
ラグナと初めて肉体関係を持ったときもそうだった。
心ではいけないことだと判っているのに、その強烈な快感や、人の持つ温もりに抗い切れなかった。
「そうなんだよなぁ。会える回数が少ないとよ、ついこっちの方に力が入っちまって……って、今更だけど、今日は何の用だったんだ?」
「ああ……今日はバレンタインとか言う日らしい」
「そうみたいだな。おかげで休暇取ったのに、そっちに行けなかった」
「来るつもりだったのか?」
「おうよ。レインの墓参りにも一緒に行きたかったしな」
「母さんの……」
スコールは黙り込む。
「お前は気にしなくて良いって」
「だけど……」
実の母の愛する男を奪ったという負い目は、どうしたって消えない。
しかも相手は謝ることも出来ない死者である。
「命をかけて生んでくれたのに……」
「そうだな。感謝しないとな。でも、それとこれとは別問題だ。レインだって喜んでくれるさ。何しろ、自分の最愛の息子が、最高に幸せになれる相手を見つけたわけだからな」
スコールは苦笑する。
「自分で言うか?」
「言うだけはタダ」
「随分と高いタダだな」
「全くだ!」 二人して笑い合う。
「んで? バレンタインがどうしたって?」
「好きな相手にチョコレートを渡す日だと聞いたから、持って来た」
スコールが言うと、ラグナはぽかんとスコールを見つめる。
「……いらなかったか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……それって誰に聞いた?」
「ん? リノアだけど……」
「…………そりゃ、騙されたな」
「え!?」
ラグナは表情を苦笑に変えて、スコールの頭を撫でる。
「バレンタインは確かに、好きな男にチョコ――ってか、愛の証を捧げる日なんだけどよ。それって女性限定だぞ?」
「え……」
スコールは目を見開き、硬直。
数瞬後――。
見るも哀れに赤面したスコールはしどろもどろにラグナに言い訳し、それを面白そうに見たラグナは、風呂から上がった後、スコールが買ってきたチョコを二人で食べようと言った。