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君だけでいい

「子供になればなる程、恋だか愛だかに綺麗なものを見たがるけどな。実際そういうもんじゃないからなぁ」
 何を話しているのか、そんな声が聞こえてきて、エドワードは室内を覗き込んだ。
 中には、何時も溢れている軍人達は存在せず、ハボックとフュリーの二人が休憩用のソファに陣取って話しをしていた。
「何の話をしてるの?」
「お、どうした大将? もう発ったんじゃないのか?」
「うん。ちょっと挨拶していこうかと思って」
 勿論、エドワードの愛するロイに、である。
 ハボックはふーんとエドワードを見つめると、にやりと笑う。
「大佐なら、昼に出てるけど、どうする?」
「え?」
「挨拶って、大佐だろ? しかねーよなぁ」
 ニヤニヤ笑いに何か含みがあるような気がして、エドワードは頬を染める。
「べ、別に大佐に挨拶にきたんじゃないよ! ちゅ、中尉に……」
「へぇ? 中尉? 中尉も昼だな。食堂辺りにいると思うが?」
「待たせてもらうっ!」
 真っ赤な顔して室内に入ると、ハボックとフュリーとの間を無理やり広げて、エドワードは座り込む。
「それで? 何を話してたの?」
 ハボックとは違い、ニコニコ笑ったフュリーは「恋愛の話なんですよ」と答えた。
「恋愛? 軍曹、彼女いるの?」
 途端にがっくりとしおれるフュリー。
「彼女をゲットしそこなったんだと」
 フォローのつもりか告げたハボックの言葉は、まるでフォローになっていない。
 余計に落ち込んだフュリーは、これ以上どん底に突き落とされる前に、と自分で説明を始めた。
 それによると……。
「僕が好きな子は、ちょっと年下の女性なんですけどね」
「うん?」
「学校を卒業して、これから軍役につこうかどうか迷っている子なんですよ」
「へぇ。珍しいね」
 軍なんていったら、殺伐としていて、女性の職業としては、あまり人気がないと思っているエドワードである。
 実際、軍人となると、女性の体力では務まらない場合が多い為か、圧倒的に男性軍人が多い。
「そうでもないんです。内勤だのなんだの、軍でも女性の職場は増えているんですよ。最近で有名なのは、内部調査室ですか」
「内部調査室?」
「ええ。細やかな女性の目で、軍内部に不穏な動きがないかどうか、調べるのが内部調査室――内調と言われるんですけどね、その役割なんです」
「へぇ!」
 エドワードの目がキラキラと輝く。
「そんな部署があるんだ」
「ええ。僕の好きな子も、その内調の希望なんです」
「そうなんだ。でもそれなら、同じ軍人で付き合いやすいんじゃない?」
「まぁ……」
 フュリーは苦笑してハボックを見る。
 ハボックは笑って。
「同じ軍人ってもだな。正式に軍人になるのには、やっぱり士官学校にいかなきゃならんだろ?」
「ふぅん?」
「例外もいるが、大抵はそんなもんで、どうやっても暫くは離れ離れになるもんだ」
 からかい混じりにハボックの説明に、待ったをかけたのはフュリーだ。
「僕がふられたのは、そんな理由じゃないって知ってるでしょうに!」
 怒鳴って涙目になった、人の良い軍人は、エドワードの両手を掴むと、こう言った。
「エドワード君はどうです? 普通、好きになったら、エッチもしたいと思いますよね!」
「え……ええっ!」
 エドワードは驚いてフュリーの手を振り払う。
 普通なら、多少でも傷ついてしまうだろう、この仕打ちを、しかしフュリーは意にも止めなかった。
 どころか、振り払われた手を、今度は組み合わせると、神に祈るような格好になり。
「僕はしたかった! でもね、彼女は言うんです。手を繋いだりキスをしたり、それだけで十分に満たされるのに、どうしてそんなことをしたがるのか、って! 愛は体の結びつきじゃなく、心の結びつきでしょう、って言うんですよ!」
「んでよ、最後には獣扱いされて、ぽい、ってな」
「……」
 どうだろう……と、エドワードは思った。
 まだ十五で、それ程大人とはいえない年齢ではあるが、エドワードは――したかった。
 体に触れられるのは元々好きだったし、特にロイを好きになってから、その気持ちは顕著になった。
 エドワードは泣きそうになる。
 子供で、エッチをしたがるのは、いけないことなんだろうか?
 そう思ってしまうのは、異常なんだろうか?
「ん? どうした、大将?」
 エドワードの様子が変わったのに気付いたか、ハボックが声をかける。
 そこに、ロイが帰還した。
「ん? 鋼の? もう発ったのではなかったのかね?」
 ハボックと同じことを言いながら、エドワードの頭を撫でる。
 エドワードは弾かれたようにロイを見上げ、ソファの上に立ち上がると、ロイに飛びついた。

 驚いたロイは、慌ててエドワードを支えて、ハボックを見る。
 どうしたのか? と視線で尋ねたのには、不思議そうな顔で首を振られる。
 フュリーは、憔悴しきって呆然としているし。
 わけが判らない。
「中尉が戻ったら、お茶を入れてくれるように告げてくれ」
「俺が入れますか?」
「いや、中尉が戻ってからでいい」
 ロイは告げると、扉で区切られた自分の執務室へと入っていく。
 エドワードをかかえたまま。

「あれ? エドワード君は?」
 まだ愚痴ろうと思っていたフュリーは、そこにエドワードの姿がなくなったことに、扉が閉まってから気付いた。
「彼氏が連れて行ったぞ」
「彼氏? エドワード君、恋人がいたんですか?」
「おう、上玉だぞ?」
「ああ! なんてことだ!」
 フュリーは再び呆然に還る。
「全く、どいつもこいつも仕方ねぇよなぁ」
 呟いたハボックは、タバコをくわえた。

「それで、どうしたのだね?」
 執務室の中、ロイはエドワードを膝の上に乗せ、尋ねる。
 どうもエドワードは沈んでいるようで、ともすれば顔を隠し、ロイの首にまきついてこようとするのを、悪いとは思いながら避けている。
「言ってくれないと、判らないのだがね」
 エドワードは涙の溜まりきった目でロイを見上げると、首を振った。
 ロイはといえば、殆ど人前では甘えるなんてことをしないエドワードが、ハボックやフュリーの前で抱きついてきたのに驚き、その様子がおかしいので、当然ハボック辺りが余計なことを言ったのだと思っている。
 勿論、抱きついてきてくれたのは嬉しい。
 普段はスキンシップに過剰に反応するだけに、滅多に抱き合うなて――人前でなら尚のこと――なかったのだから。
 勿論、することはしているのだが……。
「エドワード……」
 こちらも、人前では滅多に使わない呼び名を口にすれば、エドワードはビクリと体を揺らす。
 一気にプライベートモードに入ったロイは、エドワードの背中を撫で、あやし、何があったのか聞こうとした。
 が、やっとのこと、エドワードから紡ぎだされた言葉は、返事とは程遠いものだった。
「したい……」
 上目遣いにいわれ、ロイはめまいのようなものを感じた。
「し、したいって……エドワード?」
「セックス……したい。駄目?」
 ノックダウン。
 ロイの理性は崩壊した。
 駄目であるはずがないのだ。
 ロイは大人で、それはもう、したい盛りは過ごしたとは言え、男はみんな狼よ、獣よ、と言われるままに、愛するエドワードの前では獣だった。
「しよう!」
 ロイは断言すると、エドワードを抱き上げたまま立ち上がり、執務室を大またに過ぎった。
 ドアを乱暴とも言える勢いであけると、驚くハボック以下に「今日は早退する!」と断言し、司令室を出て行く。

 瞬間、ロイの肩に顔を埋めたエドワードを見て、ハボックは納得した。

 ロイの家につれこまれ、エドワードは困惑していた。
「あの……本当に……良いの?」
 いそいそとベッドの支度を整えるロイに、エドワードはためらいがちに声を上げる。
「ああ。構わない。それに私も――したいんだ」
 細い体を抱き寄せて、ロイはその耳元に囁く。
 エドワードは吹きつけられた吐息に耳を擽られ、身を竦めると、ロイにもたれかかった。
「ごめん……我侭言って……」
「とんでもない。私は嬉しいよ」
 ロイの目から見ると、まだまだエドワードは行為そのものに積極ではなかった。
 それが、何かの気の迷いだったとしても、エドワードの方から求められたのだ。嬉しくないわけがないし、勿論、我侭とも迷惑とも思ってはいない。
 確かに仕事は滞ってしまうかもしれないが、忙しさに構えて溜めつづけた有給だって、本当は売る程に余っているのだ。
 中尉の目は怖いが、それはハボック辺りに責任をなすりつければ良い。
 それよりも今は――。
 羞恥に震えつつある目の前の愛しい存在を、抱きしめてしまいたかった。
「エドワード……」
 本人が男名だから、と気にしているらしい名を呼び、抱き上げる。
 年齢の所為だけではないのだろう、細く軽い体は、ロイの腕にすっぽりと納まり、何時もなら恥ずかしげに抵抗するエドワードも、今は大人しくロイの首に腕を回す。
 唇が触れる距離で二人微笑み合い、ロイはそんなエドワードを整えたばかりのベッドに押しつけた。
「愛しているよ……」
 万感の思いを込め、エドの唇に己のそれを押しつけ。
「俺も……」
 合わさった口内で答えられる、甘美なそれ。
 直ぐに言葉は、互いを求め上がる、粗い呼吸に変わっていった。

「それで、君は何を沈んでいたのかな?」
 熱の冷めた体を互いに寄せ合い、ロイは尋ねた。
「沈んで……って、そんな風に見えた?」
 エドワードは嘯く。
「それは思いきりね」
 ロイにはどうやらごまかせない。
 元々エドワードもそうそう嘘がつけない性格である。
「女って、雰囲気ばかり求めて、体は求めない……って、そういう話をしてたんだ」
 簡潔に告げたエドワードに、ロイは「ああ」と頷く。
「確かにそうだね。どちらかというと、体よりも気持ちが先行するものだね。女性というものは」
「でも俺……したいと思うんだ。好きだから、何時だってしたいと思ってる。でも、それって普通の女とはちょっと違うってことなんだろ?」
 ロイは目を見開き、まだ幼い――しかし既に女性としての体を持つエドワードを凝視する。
「君は……したいと思うのか?」
「え?」
 エドワードは不安そうな面持ちでロイを見返す。
「ろ、ロイは嫌なのか?」
「いや。そういう意味じゃないよ。だって君は、これまでセックスというものを、あまり求めてはいなかったように見えたからね」
「そう……じゃないんだ。本当は何時だってしたいと思ってた。でも、あんたは忙しいし、俺だって何時もあんたの側にいられるわけじゃないし……」
 だから、言葉にしては言えなかった――ということなのだろうか?
 でも確かにそうだ。
 エドワードは言っていたじゃないか。「我侭」で「ごめん」と。
「そういうわけだったのか……」
 ロイは笑ってエドワードを抱きしめる。
「ちょっ、ロイ!?」
 突然強く、しかも全裸の腕に抱かれ、エドワードは酷く驚く。
 それに……。
「あ、あの……ロイ?」
 太ももの辺りに感じる固いものは一体……?
「君は本当に……。今どれだけ私が嬉しいか、判るかい?」
「え……っとその……」
 ロイの質問よりも、太ももの辺りが酷く気になるエドワードは、しどろもどろになる。
 ぐい、と意思を持ったロイの足がエドワードの両足を割り、同時に態勢が変わる。
 エドワードを見下ろすように上にのしかかったロイは、愛しげにエドワードの唇を塞ぎ、膝頭でついさっきまでロイの熱を受け入れていた場所を押す。
 その先を暗示させる動きに、エドワードは頬を染めた。
「えっとあの……するの?」
「勿論」
 一度だけなんて、足りない。
 出来るなら、朝までだって抱き合っていたい。
 そう囁いたロイに、エドワードは苦笑した。
「それは無理だけど……もう一回くらいなら……」
 エドワードはそう言ってロイの腰に足を巻きつけ、恥ずかしそうに笑う。
「全く君は、私を駄目にする……。君だけ……側に居てくれるだけで良いと、そういう余裕を見せるつもりだったのだがね……」
 ロイは昂ぶったものをエドワードの入り口へ。
 熱い塊がもぐりこむ瞬間、エドワードは高い声を上げ、ロイに抱きついたのだった。

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