小高い頂の上、固くとがりつつある蕾を突付かれるとエドワードはその秀逸な顔を歪ませた。
「本当に……するの?」
「本当だよ……」
ゆるく吐息されながら答えるロイに、今度は困った表情になる。
既に衣類は剥ぎ取られ、素肌に素肌がかぶさっている様な状態だ。初めてではないのだし、この状態から逃げよう――などとは思っていないが、久々にあったのだし、もう少し離れいていた間のことを、言葉で語り合っても良いのではないか――とエドワードは思う。
さりとて、既に臨戦態勢で事に及ばんとする男のふくらみは、痛いくらいにエドワードの太ももを押し上げており、このまま我慢させるのも男にとっては残酷であろう――とおも思う。
結局、観念したように目の前の逞しい首に腕を回し、耳元で了承の意を囁けば、男は嬉しそうにエドワードの腰を攫い、己の膝に細い体をまたがせる。
「優しくするよ」の言葉に、ぐにゃぐにゃに溶かされてしまったエドワードは、思うがままに甘い香りを振りまきながら、体の隅々を、味わわれてしまうのであった。
「あーあ……」
声を伴っての溜息に、アルフォンスは首を傾げる。
「どうしたの?」
イーストシティから出立する時は大抵エドワードの表情は暗い。
その理由は判っているし、それについては追求しないが良い、とさすがに長く一緒にいる兄弟ある為に放っておくのだが、この時のエドワードは、何時もとは少し違った。
何より、表情が――暗い、というよりも困惑に彩られている気がして。
「うん……あのさ、俺の都合で振り回しているから文句も言えないんだけど……」
「うん?」
「会ったら即エッチで、話も出来ないってのは、どうかと思わねぇ?」
「………………は?」
ちなみに、アルフォンスの年齢は、今年で十四である。更には、彼の兄――実は姉――の年齢は、今年で十五。
どちらにしても、エッチを語れる年齢ではない。
「あのね……姉さん……」
「やっぱさ。結構離れてる遠距離恋愛なんだからさ。久々に会ったら話の一つもしたいじゃん? なのに話は執務室に寄った数分でさ。しかも報告のみ。で、家に行ったら直ぐにベッドだぜ? なんか、空しくないか?」
この場合、空しいのはむしろ、アルフォンスであろう。
何が悲しくて、最愛の実の姉の、しかも恋人との間にあった出来事を――知りたくもないと思っているのに、愚痴られなくてはならないんだ。
「あの……姉さん?」
「昨日もさ、なんだかんだいって話は聞いてもらえなくてさ。しかも激しいから最後意識なくなって、気付いたら朝。出勤時間が早くてのんびり食事も一緒に出来なくてさ――もう、遊ばれてるんじゃないか、って思うぜ……」
アルフォンスは頭を抱えた。
元々エドワードは女にあるまじき開けっぴろげな性格をしていた。が、ここまであけっぴろげで良いのであろうか?
しかも相手は身内で弟だ。
本当なら、恋人の存在も認めるつもりはなかったし、多少シスコン気味でもあるアルフォンスのこと、そんなことを聞いたら、即「別れろ」と言うのに決まっているというのに。
現にアルフォンスは、今まさに「別れなよ、そんな冷たい人となんて」と言おうとしているところ。
しかし、やはりエドワードはアルフォンスの話など聞く耳も持っておらず、アルフォンスにとっては致命傷になる爆弾を落としたのであった。
「でもさー。遊ばれてるかもしれないって思うのに、好きなんだよなー」
アルフォンス=エルリック。
心無い姉の一言にて、死亡。
無反応になってしまった弟を、おかしいと思うこともなく、エドワードはぶつぶつと呟き続ける。それは、惚気なのかそれとも愚痴なのか?
結局のところ、喋りたいだけなかもしれない。
それからアルフォンスは、姉の言葉には耳を貸さない術を覚えた。
たとえ、周りの人間から奇異な目で見られようとも……。
汗ばんだ肌をロイの胸に乗せて、エドワードはぶつぶつと最近の旅の間のことを話す。
十四年上のエドワードのダーリンは、そんなエドワードを愛しそうな目で見つめ、無言で話を促している。
普段、良いだけ遊ばれているかも、を連呼するエドワードだったが、この様子を見るに、それは杞憂といっても良いだろう。
「でさ。アルが……」
最近エドワードの話をまともに聞いてくれないのだ……と涙目で愚痴るエドワード。
普段から姉弟の会話に耳を済ませているロイとしては、それは当然かもしれない……と思うが、この場は黙っておくことにする。
開けっぴろげで細かいことを気にしないタイプに思われがちなエドワードなのだが、実際には違う。
その頭の回転の速さから、そう見せているだけで、いちいち細かいことを記憶しては、後にその記憶を引っ張り出して考えているのだ。
だが、己の思考に深く沈みこんでいる時はその限りではなく、途端に話を聞かなくなってしまう。
一方的に話をされ戸惑ったのは一度や二度ではなく、しかし慣れてしまえばそれでエドワードの本心が判るので、悪いことではない。
だからロイは、エドワードが思考に沈みつつも口にする言葉を、逃さずに聞いているのだ。
が、アルフォンスはそれを放棄してしまったらしい。
「君は例えば、アルフォンスとどんな話をするのだね?」
「んー。錬金術の話は当然だけど……賢者の石のこととか、あとは――行った先のこととか、色々?」
「私の話はしてくれないのかな?」
「……するよ、勿論……」
でも、その殆どはエドワードの記憶にはない。
何故だろう――と考えて……。
「でも、アルフォンスは大佐の話になると、俺の話、聞いてくれなくなる……」
やはり――とロイは思う。
要するに、アルフォンスがエドワードとの会話を避けているのは、ロイに関わる部分なのだ。
自分では気付いてはいないものの、相当惚気ているのかもしれない。
思うとロイの頬が、自然と緩む。
「ならば、私の話はアルフォンスの前ではせず、電話をかけてきなさい」
「なんで?」
「私と話をすれば良いだろう?」
良い方法だ、とロイが言うのとは反対に、エドワードはその表情を曇らせる。
「だって、忙しいじゃん……」
「君の為なら、いくらでも時間を割くよ」
「良いの?」
不安そうに見上げてくる、まだどこか幼さを残す美貌に頷いて。
「勿論。何時でも」
ロイは答える。
「じゃ、そうする!」
やっと笑ったエドワードに、ではもう一戦。と挑みかかるロイ。
しかし。
「じゃ、明日早いから、もう寝よう」
寸止めを食らう。
「何故かな?」
「だって、遠くからじゃないと、電話出来ないじゃん!」
ロイ=マスタング。
恋人の判ってない言葉に、死亡。
いや、そういう意味ではなく……。
むしろ一緒にいられる方が嬉しいのではないか……と思うのだが……。
というロイの心の突っ込みはエドワードには通じなく。
さっさと眠ってしまおうとするエドワードを、必死で繋ぎとめようとする努力も空しく、眠りに負けたロイはがっくりと肩を落とす。
「私は、遊ばれているのかもしれない……」
逆に、ロイがエドワードを疑う結果となってしまった。
そして……。
「でな、ロイがさ。何時でも電話してきてくれて良いって言ってくれて!」
またもアルフォンスの前で遠慮無用に恋人の話をするエドワードの姿が見られた。
鎧姿でなければ、きっとその顔はどす黒く歪んでいることであろうアルフォンス。
「……へぇ、良かったね……」
それでも、このところ可愛さ一割増しの姉の姿に、相槌を打つことは忘れなかった。
何しろ、最愛の姉であったので……。
エドワードがそれを自覚しているかいないかは、この際別問題なのである。