伊藤啓太、16歳、BL学園在籍、一年。
知る人ならば知る、啓太の現在の状況である。
だが、大いなる裏事情の元、覆い隠された真実では――啓太は女――ということになっている。
それは、十年以上も前の出来事。
幼い日、啓太は妹の誕生の際に祖父母に預けられた。
それには様々な事情があり、決して彼の両親が啓太を疎んで――ということではない。
難しいお産が予定される上に、父親の仕事は忙しく、啓太に構うことが出来ない――というのがその事情であった。
啓太は人見知りする子供ではなかったし、両親は密に祖父母と会っていたので慣れてもいた。
すんなりと祖父母宅に赴いた啓太は、しかし周囲に同じ年齢の子供がいなかったので、遊び相手には不自由していた。
だが子供は自然にその遊び相手を見つけるものである。
啓太が見つけたのは、啓太よりも年上の少年であった。
当時の啓太には意識することも出来なかったが、どうやらその少年はいわゆる金持ちの息子だったらしく、啓太はその広い屋敷の中でかくれんぼを主とした遊びを少年と楽しんだ。
そのかくれんぼが、啓太のその後の人生を左右することになったのだ。
何度目か、数えることも出来ないかくれんぼの最中、少年宅で停電が起こった。
外が明るかったこともあり、少年の家が窓を大きくとっていたこともあり、子供達は停電に気づかずに遊んでいた。
啓太は子供の好奇心で少年宅を、隠れる場所を探して屋敷の奥へ。
そこで、不思議な扉を見つけた。
隠れるにはもってこいの入り組んだ先の部屋。
ためらわずに啓太は入った。
啓太には知る由もなかったのだ。その部屋が何時もなら電子錠に守られていて、しかもその中には、簡単には触れてはならないものが山程置かれていることなど……。
入った部屋は暗かったが、子供の好奇心をくすぐるものが山と積まれていた。
啓太は意識もせずにそれらに触れ……。
少年が気付いて啓太を発見した時には、啓太は既に瀕死の状態に陥っていた。
そこに少年の祖父が戻り、啓太が触れたものが命すら奪う細菌であることが判った。
少年の祖父は慌てて啓太にワクチンを使い――しかしそのワクチンは前日に完成されたばかりで、その効果が完璧かどうかテストもされていなかったものだった。
啓太は事情を説明された祖父母の家で、数日間を発熱に苦しんだ。
だが、ワクチンは予想以上の効果で啓太を生還させたのだ。
そう、予想以上の効果で……。
再び起き上がれるようになった啓太は、その性別が変わっていた。
生まれた時には確実に男だったものが、女に。
少年の祖父は、責任を取ると言って啓太の両親に頭を下げた。
以来、啓太はずっとその祖父によって守られてきたのだった。
数年前、その祖父が――啓太にも祖父として振舞っていた老人が、唐突に死亡したという知らせを受け、啓太は悲しんだ。
責任云々よりも、優しくて頼りになる人を失った悲しみが大きかったのだ。
老人は、啓太が十八になった時、かの少年に会わせてくれると約束してくれた。
その約束も果たされないままに……。
老人がどういう形で責任を取ろうとしていたのか、それを知る者はいない。
だが、啓太の保護はその息子――幼い日々を啓太と遊んだかの少年の父親――に受け継がれ、啓太は選択を迫られた。
「自ら出会うか、それとも出会いを演出されるか?」
何のことだろう? と首を捻った啓太に、老人に似た穏やかな顔をした男は、笑って見せた。
「君の好きな方を選んで良いんだよ」
そういう男に、だから啓太は選択した。
自分から出会う――と。
男は何故か嬉しそうに立ち去り、数日後に啓太宛に送られてきたのは、BL学園の入学許可証と制服その他。そして、一言だけの手紙。
『理事長に会いなさい』
BL学園の噂は、啓太も知っていた。能力に優れた者を、学園の方が選んで入学させるという、男子生徒なら誰もが憧れる学校。
だが、この時点で啓太はもうその入学資格から外れているはずだった。
女になってもう十年以上になる。幼い頃の変転だったので、さしたる苦労もせずに女の生活に馴染んだ。
その啓太に、果たして男としての生活が出来るのだろうか?
だが、ためらいは一瞬だった。
男は選択を迫ったではないか? 自ら出会うか、それとも出会いを演出されるか? と。
誰と出会うのか、男は言わなかった。だが、啓太にそれを選択させたということは、啓太にとって必要な誰か……ということで。
これが、自ら出会う為の一歩であるならば、行かないなんてことは有り得ない。
心配する両親に、絶対に大丈夫だからと言い切り、啓太はBL学園への転校を決めた。
あるのは天の采配とも呼べる運一つだけ。他に突出した能力など、ないことは判っている。
それでも、啓太は決めた。
全ては男の言う――理事長に会う為。それだけの為に……。
2007.06.11