「あの……十代目……」
「なに?」
「もう……そろそろ……」
さっきから彼は、ずっとこんな調子だ。一語一語を区切って、その中間に軽い沈黙を挟んで。
頬を染め、間近から覗き込んでくる瞳は、参ったことに薄い涙の膜を張っている。
これを狙ってやってるのだとしたら、どんな娼婦にも負けないだろう……といいつつ、娼婦と名のつく者との面識はなかったが。
「あのね、獄寺君」
「……はい?」
「どこで覚えてきたの、そんな可愛い悩殺おねだり」
「おねっ!?」
どうやら自覚はなかったらしい。天然ものだとするのなら、危なっかしいことこの上もない。
「そういう顔されたらね、男は逆に燃え上がっちゃうこと、獄寺君にだって判ってるでしょう?」
「ご、誤解です、十代目!」
「んー。でももう遅い感じ?」
「え!?」
シチュエーションは申し分ない。部屋に入った時に、直行「膝の上におすわりして?」とねだった甲斐あって、今も膝の上に鎮座している獲物は、既に逃げ道を失っている。
要するに、据え膳って奴なんじゃないだろうか?
細い腰を抱き寄せて、片手をベルトにかけると、慌てた可愛い獲物は肩を押して逃げ道を確保しようとする。
無駄なのに。
「あの、十代目!」
この数年でスキルは随分と上がった。お陰で片手で楽々ベルトは外せるし、ちょっと腰を抱く腕に力を込めれば、支えを失ったズボンも軽く脱がせるようになった。
ライトグレイの上品なスーツの下を、下着ごと床に落とせば、マジ泣き一歩手前の顔が心底本気で懇願の色を浮かべていた。
「誰か来たら……」
「ダメなの?」
「ダメです!」
恋人兼右腕は、いまだに十代目の威光やらなにやら、結構本人にしたらどうでも良いことを気にしていて。
この辺、恋人としてはもどかしい限りなのだけど……。
「じゃ、誰も来ない内に、終わらせようね」
笑顔で宣言したら、ついに泣き出してしまった。可愛い恋人。
そう言えば……。
椅子の上、向き合うように座り直させて挿入、ぎしぎし卑猥な音をさせて動きながら、思う。
綱吉と獄寺は、もう結構体を重ね合わせ――あからさまに言うなら、セックスをして――随分と経つけれども、まともな場所で致したことは、殆どないことに気付く。
数少ないまともな場所でも、密会宿の安ベッドの上だったりなので、とてもではないが、恋人同士の愛の行為には、程遠い。
因みに一番多いのが、今致している執務室の隣に、こっそり綱吉が作らせた隠し部屋の中。しかもベッドは使わず姿見の前で立ったまま後ろから。
軽く鬼畜なのではないだろうか? 今更ながら思う。
本当はもっと上等な場所で、じっくりゆっくり愛し合いたいのだけけれども、どうにも多忙で二人一緒の休暇が取れず、やっとこ見つけた時間はあまりにも短いゆえに、手近かつ気楽な場所で睦み合うことになってしまうのだ。
「じゅう、だいっ……め……」
どうやら思考に溺れて、動きが止まっていたらしい。
中途半端で放置された形の恋人が、抗議の為に吐息を零し、中の綱吉をきゅと締め上げた。
「ああ、ごめん……」
上に乗っているので、自重で随分と奥まで収まっているらしい。乱れ方が少しだけ何時もと違って、面白いくらいに震える恋人を、喜ばせるべく腰を回す。
弛緩していた体に力が入り、反り返った体の中、視界に入った小さな蕾を口に含んで転がせば、高い嬌声が上がった。
「あ……ああっ…、い……」
全く可愛いすぎて困る。
やっと感じている顔を見せてくれるようになった、恥ずかしがりやの恋人を、もっと高みに押し上げてやろうと、綱吉は細い体を持ち上げ、目の前のデスクに押し倒した。
「ひゃっ、な……じゅうだ……いめ?」
「うん。ちょっと動きが制限されてるから、体勢をね」
これで、好きなように動いてやれる。
困惑に揺れる瞳に、安心させるように額にキスを落として、細い両足を抱えあげる。
広げられた両足の間で張り詰めているものに右手を絡め、軽くこすり上げながら、腰を深く押し込んだ。
「ふ……ぁ……っ」
後は、果てに向かって進むだけ。
狭い内壁を押し開き、奥へ奥へとたたきつける。
抱えた足がピンと張り、整った顔が快楽一色に変るのに、綱吉の余裕も焼ききれた。
「おーい、ツナぁ」
ノックの変わりに声をかけるのが、山本の特徴。
了承を得ないままに開かれた扉に向けて、綱吉は人差し指を唇の前に立てる。
「あれ? 獄寺こんなところにいたのか?」
「一応俺の執務室なんだけど……こんなところ?」
「悪い悪い。言葉のアヤってやつだ。ほらこれ、報告書」
「ありがとう」
右手を伸ばして受け取ろうとするも、体をそれ程動かせなくて届かない。
気付いた山本の方が、報告書を持って腕を伸ばしてくれて、やっと綱吉の手に報告書が渡った。
「にしても……重くねぇの?」
「うん。軽いよね、獄寺君。ちゃんと食べてるのかな?」
「食堂ではそれなりに……でも燃費がかなり悪いみたいだな。って、ツナもじゃね?」
「俺は結構良い方だよ」
「そっかぁ?」
疑わしげに見てくる山本に、さすがに元スポーツマンにはかないません、と言えば、苦笑が返る。
山本の視線の前には、綱吉に抱きつきつつ、眠る獄寺の姿。膝だっこである。
「……獄寺ってさ……」
「ん?」
「ツナの前だと、眠れるのな」
「……え?」
何それ? と山本を見れば、そこには息子を見る父親のような顔をした山本がいて、面白そうに笑った山本は、獄寺がこっそり隠していたらしい秘密を口にする。
「眠れないんだってよ。神経質で、直ぐに目が覚めるって言ってたな。でも、全然起きないだろ?」
「あー、うん。そうだね。獄寺君は結構眠りが深い方だと思うよ?」
まぁ、獄寺が綱吉の側で眠るのは、大抵やった後なので、疲れきっているだけかもしれないが……。
「安心してるんだな。ツナの側だから、って」
「そうかな?」
「じゃねーと、今の状況が説明出来ないだろ?」
「まぁ……」
「っつーことで、安眠妨害はしたくねぇからさ。帰るわ。何か用事あるか?」
「いや、今日は上がりで良いよ」
「んじゃ、お先」
「お疲れ」
颯爽と立ち去っていく山本は、長く綱吉と獄寺を見てきた友達でもある。
彼が言うのだから……。
「本当なら、良いな。俺の側が、君が安心して眠れる場所なら……」
ぽそりと呟いた綱吉は、あどけない顔で眠る可愛い恋人の頬に一つ、小さなキスを落とした。
2009.08.19