己の家庭教師様を、今日程恐いと思ったことはない。
「ま、マジで?」
凝視した視線の先には、こんな姿永遠に見る予定もなかった並盛最強の人物――雲雀恭弥が横たわっていて。
どこなんだよ、ここ? と最初に尋ねた綱吉に返ってきたのは、家庭教師の無情な声。
どうやら元は、ラブホテルだったらしい廃墟――なんだけど、たたんでからまだそれ程経っていないようで、備品がまだあちこちに残っていた。
要するに雲雀は、その残っていたラブホテル備品であるベッドの上に、獲物よろしく横たわっているわけだ。
「いや、それ絶対無理だし、大体俺、まだ中学……」
「年齢は関係ないぞ? それに雲雀は守護者の一人だ。いざという時にボスにその身を捧げることくらい、簡単に出来るようにならねぇとな」
「だからってこれは……」
「当然、薬の類も使って良いぞ」
「あのね……」
もう本当に冗談じゃない。むしろ悪夢だと言ってくれ。
心内でそう叫び、どうしようもない状況に背後をふさがれたような感覚に、怖気ばかりが湧き上がる。
いやもう、本当に……。
「嘘……だよな? それか、冗談……」
「なわけねぇだろう?」
「でも、雲雀さんだよ? 薬使ったって、正気に戻ったら、俺命ないし、大体そういうのって、好き合っている同士でやるもんじゃないの?」
「なんだ、おめぇ、雲雀が嫌いだったのか?」
「そういう問題じゃないよ!」
「そういう問題だろ? 好きならやれるってんだから」
「だから……」
「でもな、この場合は好意は関係ねぇんだ」
「……どういう意味だよ?」
黒衣の家庭教師は、ニヤリと実に体に似合わない底意地の悪い笑みを浮かべると、断言して下さった。
「おめぇには、命令で雲雀を従わせるのは無理だ。なら、体で縛れ」
「いっちゃったー!?」
「ついでに、女を抱く練習台にしろ」
「俺、ファーストキスもまだで、夢見てるのに!?」
「マフィアに甘酸っぱい夢は必要ないぞ?」
「普通の男の子に戻りたい!」
心底本音を叫ぶと「往生際が悪い!」と特殊弾をうち抜かれた。
いやいや、それでも今回ばかりは流石に家庭教師の思うようには――と、思った綱吉なのだが……。
「薬を寄越せ」
自分が判らなくなる。
――何言っちゃってんの、俺!?
まるで二重人格的に、自分の行動に突っ込んでみる。
リボーンから渡されたのは、眠っていても混入がしやすい液状のそれ。古式ゆかしいビンの蓋を開けると、雫を雲雀の口にたらす。
閉じられた口の中に含まれた液体は、喉に溜まり、人間としてのごく当たり前な行動の結果として、雲雀はそれを、飲み込んだ。
「どれくらいで効いてくる?」
「即効性だぞ?」
「どの程度の効き目だ?」
「一発で天国だ。ま、やり方次第だがな。余程下手じゃないなら、雲雀も楽しめるだろ?」
「そうか……」
二人でも広いくらいだろう、特殊なベッドの上に乗り上げ、雲雀を見下ろす。
普段は凶暴な光を浮かべている目も、閉じていると普通の少年に見えるのが、不思議な程だ。それくらい、普通。
「出ていてくれないか?」
「見られるのは嫌か?」
「……今の体では、刺激が強すぎるんじゃないか?」
「成る程な」
リボーンは「ハイパーの時間を読み違えるなよ」と言い置くと、部屋を出て行った。
さて……。
では獲物を、頂くとしようか?
炎を宿した目が、煌めいた。
強固な精神だと思う。
方々の衣服を、既にひっかかっているだけのボロキレに変えられ、組み敷かれてすら、その目の光は変らない。
「なに……してる、の?」
既に薬と綱吉が与える愛撫に体は溶けかかっているというのに、目の光の奥に宿った凶暴めいた精神は変らない。
「お前と、一つになる」
「意味……わからない……っ」
引き攣れた悲鳴を上げても、心は屈しないと平然とした態度を取り続ける雲雀に、綱吉はうっそりと微笑む。
獣は目覚め、今、支配者である綱吉を威嚇している。体も動かない状態で。
どうやらリボーンが言った薬の効果については、絶対的なものではなかったらしく、肉体の動きを制限するのには役立ったが、精神を快楽の中に溶け込ませることまでは出来ていないようだ。
成る程。やり方次第か。
「好き……なんです……」
だから、やり方を変えた。
「……なにいって、るの?」
「俺、雲雀さんが好きなんです」
唐突な状況と、突飛な告白。
驚きに顔を歪めた雲雀は、心底意味不明と混乱状態に陥っているらしい。
綱吉は、無意識にでも、知っていた。群れるのが嫌いで、気に入らないことに対しては容赦なく鉄槌を下す雲雀が、実は情に弱いという事実を。
まるで古い時代を生きた極道のような思考。
当然、極道に通じるのは義理人情だけで、雲雀の思考はその極道よりもかなり厳しいのだが。
既に一点集中と、雲雀の年齢よりは育っているものを扱き上げながら、綱吉の哀れを誘う告白は続く。
「こんなやり方は間違ってる。それは判ってます。だけど、あなたが手に入らないなら、俺……あなたを殺して俺も死にます」
「なに……それ……?」
全くもって雲雀の言うとおり「なにそれ?」だ。普通ならば許されない行為を、好意を抱いているからとチャラになるはずもない。例えば命を盾に脅されたって。
だけど、これも綱吉は知っているのだ。
雲雀は無意識ながらも綱吉を好いていて、失いたくない程には、心を寄せていることを。
ほんの小さな、奇跡のような心。
「ぼく、が……欲しいの?」
男ならば耐えられないだろう刺激を受けても、雲雀は折れない。
いっそ感嘆するその強さを感じながら、綱吉は頷いた。
「欲しい……下さい」
ふわり、雲雀が笑う。
――!?
「良いよ……あげる……」
反則だった。というか、油断した。
綱吉はバクバク大きくなる心音を感じて、思わず眉根を寄せる。
策はなり、望む答えは得たけれど……。
「参ったな……」
先走りの滲む先端に指を当て液を絡め取ると、思ったよりはほっそりと長い足を肩に担ぐ。
体術に繋がる戦闘方法をとっているからか、雲雀の体は柔らかかった。
男ならば――いや、女でも――恥ずかしいだろう、奥所が見える程に下肢を持ち上げ、繋がる場所を開く。
濡れた感触が肌を――それこそ己ですらそういう意図をもって触れないだろう場所を滑るのが気持ち悪いのか、雲雀が始めて、反応を示した。
雲雀の先走りに濡れた指は、すんなりと入っていく。
狭い。
広げるように指を動かし、もう一本を侵入させる。
「んっ……」
鼻にかかった微かな声に、ドキリと心臓が鳴り、まるで初恋の人に施している気分になった。これはもう重症だ。
はめられたかもしれない……。
脳裏で警鐘が鳴るが、もう止めることは出来そうにない。凶暴な綱吉のオスは、雲雀の熱に包まれる時を待って熱く高ぶっている。
早く――。
侵入させた指を一度引き抜き、リボーンが残していったビンの蓋を、もう一度開けると、少しだけ緩んだかのように見えるそこに、残った全てを注ぎ込んだ。
「……なに…………あっ!」
粘膜に直接注ぎ込まれた液体。吸収は早いのだろう、即効性だと言っていた。
平静を保っていたように見えた雲雀の体が、痙攣するように跳ね、震える。
「な……にを…っ……した、の……っ」
答えるつもりはない。
吸収しきれない液体を馴染ませるように、指を三本に増やして内部を慣らした綱吉は、乗りあがって、もう閉じることのかなわなくなった口を塞いだ。
上と下で、淫猥な水音が上がる。
もう狂っている。薬の所為か、自分にか。
答えはないと思っていたキスに、答える舌は狂おしく綱吉を求め、動けないはずの雲雀の手が、まだ布に包まれたままの綱吉のオスを引き出す。
――早く。
そんな声が聞こえた気がした。
余裕なく指を引き抜き、緩んだそこに灼熱の証を触れさせる。
「好きです……」
冗談でない本気でそう告げて、正気をとうとう失った雲雀の目が、伏せられるのを合図に、突き入れた。
「ぁ!」
声にならない、悲鳴。
困ったもう止まれない。心も体も台暴走している自覚がある。
がむしゃらに腰を振る綱吉は、もう自覚ある恋の病に陥った。だってこんな凶暴な人物が、実はとても綺麗で、ちょっと可愛いなんて、誰が思うものか。
子供のように自分よりも小さい綱吉に縋り、突き上げられる衝動に耐えながら、それでもみっともない喘ぎ声だけは上げまいと我慢している年上の男。
それでも、呼吸を確保する為に開かなくてはならない口からは、堪えきれない声が漏れ、綱吉の耳を叩く。
熱に浮かされた雲雀が、明確な言葉を口にし始め、綱吉はそれに幸福を見いだす。
「つな……よし……っ、つ……な……っ」
名前を、呼ばれている。
それだけで熱くなった体は、愛しさで一杯になった。
「雲雀…さん…………」
欲しい欲しい。
まるで呪いのようにその言葉胸を駆け巡り、それが凶悪な程の快楽を導く。
ラストスパートを意識して、スピードを増したグラインドに、二人共に駆け抜ける。
「あ、ああっ!」
先に、雲雀がいった。その際のきついしめつけに耐え切れず、綱吉が雲雀の奥に、情欲の証をたたきつける。
そして、弛緩。
「参ったな……」
綱吉は呟いた。薬の所為で過剰に高められた性感により、限界を迎えた雲雀を支えながら。
抜けば、とろりと己の放ったものがこぼれ、ああ、勿体無い、とまで思う。
どうせなら、雲雀が綱吉の子を産んでくれれば良いのに、と。
「お楽しみだったな」
「リボーンか……見てたのか?」
「いや? 聞いてはいたがな」
「そうか……」
シュ、と炎が解け、通常状態の綱吉が戻る。
「まずいんだよ、リボーン」
「何がだ?」
「俺、好きになっちゃったみたいなんだ。雲雀さんのこと」
言えば、リボーンは怪訝に綱吉を見上げた。
「何言ってんだ? おめぇは元々雲雀が好きだっただろう?」
「あれ?」
いやでも、綱吉は明確に京子が好きだったはずなのだ。
心底理解出来ない、と首を捻る綱吉に、リボーンは更に呆れを含みつつ、こう言った。
「京子はお前の憧れで、雲雀は情欲を伴った相手だった、ってことだ」
「……マジ?」
「この件に関して、俺が嘘言ってどうする? 相手が雲雀じゃなきゃ、俺だってこんなやり方選ばねぇぞ」
どうやら家庭教師は、綱吉に協力してくれていたようだ。当然、前述の理由もあるのだろうが。
やっぱりどうやらはめられたらしい。
やっちゃってからなんだが、これから甘酸っぱい恋愛を開始するのは、許されるだろうか?
綱吉は困った顔で笑いながら、気を失っている雲雀の唇を、掠め取った。
2009.08.19