「解決したのですか?」
驚くジェイドに、ピオニーはうっそりと笑う。
現在世界を覆っている瘴気。これをどうにかしないままでは、全人類に明日はない。
その為、瘴気を中和する方法を探っていたジェイドであったが、瘴気の中和には、現在たった一つしかその方法がなかった。
曰く、大量の第七音素を使った上での、超振動による中和である。
しかも超振動を使う際には、第七音素を一部に凝縮させなくてはらなず、それにはローレライの剣という媒体が必要であった。
幸いにも、ローレライの剣はアッシュの元にあり、後は大量の第七音素と超振動を行使する者を探すだけだった。
だが、これが最大の問題となる。
現在、超振動を確実に発動出来る者は、アッシュとルークというローレライの二人の完全同位体しかいない。
疑似超振動ならば、第七音素同士を共鳴させれば発動可能な為、第七音素の素質を持つ者が二人でもいれば可能だが、それでは威力が格段に落ちる。ヘタをすると、中途半端に中和された瘴気がどうなるか……。
キムラスカ王国のインゴベルトは、この瘴気中和にアッシュかルークを使うように、と言ってきているが、ピオニー以下ジェイド達にとっては冗談ではない。
何しろ、超振動を発動した者は、確実に命を落とすのである。
流石に親善大使となってマルクトに駐在しているアッシュやルークを使うわけにはいかない。そもそもルークは妊娠中で、超振動など使ったら腹の子がどうなるか。
だが、これに解決法を見出したのが、幾多の研究者を抱えて実験を続けたピオニーであった。
権力に任せて協力者を募り、その協力者達によってもたらされた結果が、超振動がそれなりであろうが、第七音素さえどうにかなれば全ての瘴気を中和出来るというもの。
「ああ。使うのが疑似超振動であろうが、ユリアの譜歌がそれに加われば、世界中の瘴気が中和出来るという結論が出た」
「譜歌、ですか」
それは難しいのでは? とジェイドは怪訝に自国の賢帝を見やる。
今現在、ユリアの譜歌が歌えるのは、どこにいるか所在もつかめていないヴァンだけだ。
アブソーブゲートで仕留めたとばかり思っていたヴァンは、実はしぶとくローレライを傀儡にすることにより一命を取りとめていて、今もなお、他者から見れば馬鹿馬鹿しいとしか思えない計画を進めているらしい。
過去、もう一人ユリアの譜歌を歌える人間がいたにはいたが、その人物はジェイドによって命を奪われていた。
今となっては、あの時辛抱して生かしておいた方が良かったのだが……と後悔している。
「ああ。丁度良く、譜歌を歌い、かつ疑似超振動を使ってくれるという人物がいるからな」
「誰ですか?」
「お前達も良く知っているだろう? ティア=グランツだ」
「ティア!?」
まさか、とジェイドは驚きの表情を浮かべる。
ティアは確かに、ジェイドの毒薬によって死んだはずなのだ。
「どういうことですか? 生きていたというのですか!?」
「まぁ、そういうことだな。こういうのを、命汚いって言うのか? お前達が置き去りにした彼女らを、保護してくれた親切な人間がいたらしい。直ぐにパナシーアボトルが与えられてな、ぎりぎりで一命を取りとめた」
「馬鹿な!」
命汚いどころの話じゃない。
あの時点で既にティアもアニスも虫の息だったはずだ。
ナタリアは一人毒状態から逃れてはいたが、愛するアッシュからの残酷な宣言により、自失の体だった。とても誰かに助けを求められるような状態ではなかったはずなのだ。
第一に、彼女達を置き去りにしたのは、人里から離れた人気のない、街道からも遠く離れた場所だった。余程運が良いのでなければ、助かる見込みは全くないはず。
なのに彼女達は生きている?
「どこにいるのですか?」
「おいおい、予定外に害虫が生きているからといって、殺しに走るのはまずいだろ?」
「ですが、私は彼女達を許せないのです。ルークを虫けらのように扱い、自分達がさも崇高なもののように思いこんでいた彼女達が!」
「そりゃ俺も同じだ。だがな、彼女達には彼女達に相応しい使い道が見つかったじゃないか」
「……それが、瘴気中和とでも言うつもりですか!?」
「おう。幸いティアとナタリアは第七音素の素質持ちで疑似であろうが超振動が使える。一方はユリアの子孫でユリアの譜歌まで歌えるんだ」
まさに瘴気の中和にぴったりじゃないか。
皇帝は笑顔で言う。が、ジェイドは首を振った。
「冗談ではありません。彼女達が命を賭して瘴気を中和したのならば、彼女たちは英雄になってしまうではありませんか!」
罪人に英雄の称号を与える? それが冗談でも、我慢出来ない。
英雄はルーク一人で良い。
あり得ない罪を抱え、償いを求め、己の限界までの力を使って外殻大地を落ろし、かつヴァンを一時なりとも倒した少女。
彼女一人だけで良いのだ。
「英雄? 何の冗談を言っている?」
ところが、ピオニーは何を思ったのか、壮絶な笑みで首を振る。
そうじゃない。彼女達を英雄などというものにするはずがない、と。
「彼女達には、英雄としての名声はやらん。あるのは世界を巻き込む騒動を起こした大量殺人犯という、それだけだ」
「大量殺人犯?」
それは一体どういうことだ?
不審を顔に刻んだジェイドに、答えた皇帝の言葉は、ジェイドが思うよりも凄惨なシナリオだった。
「瘴気中和に必要な第七音素は、ユリアシティの者達で賄う。ティアとナタリアにユリアシティに赴いてもらい、そこで疑似超振動を暴発させてもらう。調査によると、ユリアシティにいる者も、そこにある譜石もユリアシティの材質も、全てに第七音素が込められているらしい」
某大な第七音素はユリアシティそのものと住民とそこに安置されている譜石。
疑似超振動を発動させるのは、ティアとナタリア。
そしてティアは、そこで更に譜歌を歌う。
結果、ユリアシティはもろとも分解され、瘴気は中和される。
預言の影の象徴とも言える忌々しい古代の音機関まみれの都市と、瘴気が一緒に消えるのだ。
疑似超振動は暴発するのだから、彼女達が意図的に瘴気を中和したことにはならない。むしろ、彼女達が超振動を暴発させたことにより、滅びたユリアシティに関しての全ての罪は彼女達のものとなり、結果的に瘴気が中和されたのだとしても、英雄にはなりえない。
「……ティアとナタリアが了承するとは思えません」
「まぁ、普通の状態なら、そうだな」
だが、とピオニーは使用人に合図を送る。
やってきたのは、使用人に連れられたティアとナタリア。
「……隠していたのですか?」
「いや? 監禁しておいた。狭い部屋にな、もう一か月以上になるか?」
監禁。
その言葉を聞いて、ジェイドは納得した。
そこにいるティアとナタリアの瞳には、既に正気の色が存在しない。
人は長時間他者との交流を絶たれると、自分を相手に対話するようになる。精神が孤独に耐えきれず崩壊するからだ。
「洗脳も施したのですか?」
「いや? 暗示の方だ」
「キーは?」
「言葉だ。アニスを同行させて、言わせる」
ここでは言えないけどな。
嗤うピオニーの側で、反応を一つも返さない、かつての同行者を見つめる。
ジェイドは笑い、呟いた。
「大した賢帝ですよ」
と――。
戻ってきたローレライの剣を前に、アッシュは笑った。
「成功したようだな、死霊使い殿」
「ええ。見事にユリアシティと共に心中してくれました」
光をはじく窓は、その向こうに見事な青空を見せている。
今日も天気が良いようだ。
「ルークの様子はどうです?」
「ようやく悪阻が落ち着いてきたみたいだな。妙なものを食べたがることもなくなったし」
「妙なもの、ですか?」
「セレニアの花をな。見る度に口に入れようとしていた」
「……花、ですか……」
「本来なら、酸味の強いものを欲するんだろう? ルークは規格外だな」
妊娠も、そもそもレプリカがオリジナルとの間に作る子も、初めてのことだ。
少しばかり常人と違う行動を起こそうが、それがレプリカであるからなのか、判断がつきにくい。
「診察は?」
「問題ないそうだ。順調、とも言っていたな。ただ……父親が誰なのか、しきりに気にしていたが」
「御殿医ですからね。陛下の子であってほしいのでしょうね」
「ま、その可能性もあるがな」
何しろ、五人で愛でた女性が妊娠したのである。ピオニーの子である可能性もある。
だが逆に言えば、ジェイドやアッシュの子であるかもしれないのだ。
「生まれれば判りますよ。で、ルークは?」
「部屋で侍女達と編み物の途中だ」
「おや、活動的なルークが珍しいですね?」
「母の自覚、ってやつじゃないか?」
「まぁ、そうですね。妊娠中にまさか剣術稽古など出来ませんし。……会えますか?」
「ああ。こっちだ」
アッシュに案内されて進むのは、グランコクマ宮殿近くに作り直された大使館だ。
外殻大地降下後、アッシュとルークは二人とも、親善大使としてマルクトへやってきていた。
とは言え、この大使館にはガイもピオニーも、はたまたジェイドも一緒に住んでいたりする。
ジェイドは本来あった屋敷を売りはらいまでしていた。
「ルーク、良いか?」
「あ、うん。アッシュ?」
「ジェイドもいる」
屋敷奥。白い壁紙で統一された部屋の中、侍女達に囲まれて編み物をしているルークがいる。
「ジェイド!? おかえり、早かったな」
こちらを振り向いて笑うルークは、一頃よりも幸せそうで。
彼女の側には五つのダイヤモンド。
それがルークの、幸福の数なのである。
※イオンが入りませんでした。
ダアトで不穏分子を刈り取っているので、不在です。