いけないことだとは、判ってる。これはいわゆる皇帝に対する反逆罪に等しくて……。
でも、一度は完膚なきまでに捨てられたこの身を求めてくれることが嬉しくて、いけないことだとおもいながらも、そこに愛やら恋やらないと判っていても、やめれない。
肉体的快楽よりも精神的な快感が凄くて。
「アスラン……」
ようやく呼び捨てに出来るようになった名前を呼びながら、ルークは《仕事》を始めてから身につけたテクニックで男を高めていく。勿論、自分の感覚と共に。
この関係は誰にも知られてはいけない。だから、二人で密かに見つけた、誰も来ない宮殿の片隅で交り合う。
「ルーク様……」
濡れた声が耳に吐息を注ぎ込み、ルークは耐えきれずに背をしならせる。
変った挿入角がさらに肉欲を煽って、のけ反らした喉に羽毛のキスが落ちた。
狭い室内では、響く音がダイレクトに脳を刺激する。
水音と互いを貪る音が、置かれた禁忌も伴って、引き返せない場所へと二人を運んでいく。
ああ、何故。こんなことになったのだろう?
歪む思考に霞がかかる。
突き立てられる速度が上がり、全身がピンと張った。同時に、全てを吐きだす。
皇妃と呼ばれるも、いかようにしても子を授かれないのは男として当然のことで。
それによる家臣達がルークを見る目は少しばかり冷たい。
皇妃と呼ばれ敬われるも、役目を果たせない者には用はない。皇妃の仕事は子を生み育てることに限定される。
皇帝の寝屋の供は、いわゆるおまけ的な意味合いが強い。
ああ、そうだ。アスランと初めてそういう関係に陥った時も、そうだった。
ルークは家臣の一人から、不妊の原因を突き止める為に医者を呼ばれるところだったのである。
皇帝は和平協議の為ユリアシティへ向かっていて不在であったから、だから誰も家臣の暴走を止めてくれる人間はいない――と思っていた。
男とばれれば皇妃の座など簡単に奪われ、存在すら抹消されることになるだろう。その際、命があれば儲けものだ。
それが皇帝不在の時ならば尚良い。
装う事故の事実を用意しなくても良い。皇帝には、いつの間にか姿を消していた、で済むだろう。
皇妃の生活は幸福に近いものでもあったし、最低でも皇帝自身に請われる事実は嬉しくもあった。
それを自分から失いたいと思う程に自虐的な性質でもなかったので、懸命に事実を隠蔽してきたが、これまでか。
家臣に連れられ医師の元へ赴くその途中、ルークは覚悟を決めた。
その時である。
「いかがなされました? 妃殿下」
アスランだった。
傍に居た家臣は、皇妃の護衛隊長でもある将軍の出現に、ひどくうろたえた。
勿論、本来の目的――不妊の診察――についても将軍に明言し、医師の元へ向かうことを強く主張したが、それは将軍が許さなかった。
「皇妃の不妊は環境的な問題が原因と既に医師から診断を下されていますが。陛下が用意なされた医師の診断では、お気に召しませんか?」
勿論嘘である。だが、事実は家臣には判らない。
そしてもしもそれが事実であるなら、彼の行為は皇帝に対する不信のなせる技だということになる。
家臣は皇妃を将軍に任せ、慌てて走り去っていった。
奥殿への帰り道を送ってもらい、ルークは将軍に礼を告げた。
「悪いアスラン。手間を取らせた」
「いいえ。こういう状況からもお救いするのが護衛ですから」
「だが、あの家臣が言うことにも一理ある。本来皇妃とは後継ぎを生むのが最たる仕事。それを俺は果たせない」
こういう場合とどう片付けるつもりなのか? 皇帝は一度としてそのことには触れない。
口さがない者等は、すでにルークを皇妃失格と口に出して言いだす始末だ。
このままではいずれ、国は根底から崩れおちるだろう。
「何かお考えがあるのは確かなようですが……それについては私も」
かといって、皇帝がルークを手放すことがないことだけは、はっきりしている。
はじめの内はルークを守る為だったのだろう。その最善の策として奥殿に住まわせていた。そこから愛が実り、身分と性別を偽って皇妃の座に据えたのだ。
夜伽の回数はかつてない程に多く、皇帝の私室はすでにブウサギの飼育小屋へと変貌を遂げている。
「このままでは陛下の為に良くないな。いざという時のことを考えておかなくては……」
言ったルークに、「では皇妃を退いた後は私の妻になりませんか?」と言ったのは紛れもなくアスランだった。
夜警の任も交替で担う将軍は、ルークがどれ程皇帝から愛されているのかを良く知っていた。知っていて、好意を寄せてしまったのだ。
驚くルークに対し、熱心に己の心持ちを伝える将軍は、ひどく真摯であった。
有体に言えば、ルークは絆されたのだ。将軍の熱意に。
そうしてその日、皇帝のいない宮殿の中――確か最初は武器庫ではなかっただろうか――で、二人は初めて抱き合った。
皇帝の力強さを感じるそれとは違い、将軍は優しくルークを陥落させていった。《仕事》で何人もの男達と経験した中でも、そんなに優しく扱われたことは初めてで、本当なら初めてというのはこのような相手が良いのではないだろうか? と既に初めてをかなり前に通り過ぎていたルークは思った。
甘く濡れた吐息を注がれ、じれったいくらいにゆっくりと熱を飲み込まされ。
既に痛みを感じることはないが、それでも、違和感すら感じずに受け入れられた相手は初めてだったと、ルークは思う。
そのまま、全身をトロトロに溶かされた。
愛がないと自覚している行為で、あれだけ心地よい交わりは初めてだったとルークは記憶している。
愛がある皇帝との交わりもまた、ルークに充足感を与えてくれるが、子を生めない罪悪感がどうしても最後の一歩を引かせている。
もしも皇帝が皇帝でなければ、心の底から行為にのめり全てを任せることが出来るのに。
そう考えたのは一度や二度ではない。
だからといって、裏切りとも呼べる将軍との関係を正当化出来るわけでもないが……。
いずれこの秘めた行為は皇帝に知られることになるだろう。
その前に、将軍を解放せねば。
ルークはそう思ってはいた。
いたのだ、少なくとも、本当に皇帝に知られるまでは……。
きっかけは、将軍との秘め事の後、湯浴みを出来ずに皇帝を迎えたことである。
マルクトの紳士は、ほとんどが身だしなみとして自分なりの香りを身にまとうことを義務としている。
湯浴みをしていないということは、すなわち身の汚れも洗い流すことが出来なかったということでもあるから、ルークは何とか先に湯浴みをしたいと皇帝に願い出た。
しかし、ルークの身に残る香りから何かを察したのだろう、皇帝はそれを許さず、ルークの衣服を剥ぐと挟間に指を突き入れた。
先程まで別の男に愛されていた身であるから、快感の名残がルークを喘がせる。乱暴なしぐさであってもだ。
「これは、どういうことだ? 相手はアスランか?」
濡れた挟間を確認しながら、冷たい目――1度もそんな目で見られたことはなかった――で吐き捨てる皇帝。
将軍の身だけはかばわなくてはと必死になるルークの言い訳は、全て見破られた。
「そんなに俺では不満か?」
「そうじゃない! そうじゃなくて……」
「ならばなんだ? 一人では足りないか? それでアスランをたらし込んだか?」
ああ、と思った。
これはあれだ。あの時に良く似ている。
今となっては遠い日、予言の犠牲になりアクゼリュスの贄にされた時。
瘴気が充満する魔界のタルタロス。
既知感を覚えたら、結末は見えている。
ルークは笑った。虚ろに。
自業自得だ。優しい二人を天秤にかけ、どちらも選び取ることが出来なかった愚かな自分が。
「将軍は……俺に騙されただけです。俺が、全部悪い……」
愛する人との間に子供が作れない自分。
愛する人がいながら、求められることが嬉しくて、禁忌と判っていて秘め事を続けていた自分。
全て、自分が悪いのだ――と。
皇帝はルークが己を責め続ける間、じっとその様子を眺めていた。
皇帝は聞いた。
「俺が好きか? 皇妃の座に、いまだ座る気はあるか?」
「……俺は、ふさわしくありません」
「それを決めるのは、お前じゃない。問題なのは、お前の気持ちがまだ俺にあるか、ということだ」
そんなのは愚問だった。誰にも文句を言われない程に皇妃の勤めを果たせるのであれば、ずっと共に過ごしたいという程には皇帝を愛している。それは偽りのない気持ちだ。
だが、ルークには皇妃最大の仕事が出来ない。
皇帝は「判った」と頷いた。
真夜中の奥殿に、将軍は呼び出された。
寝乱れたベッドの上、皇妃を腕に、皇帝は射殺さんばかりの殺意のこもった目で将軍を見ていた。
ああ、ばれた。
だが、将軍は恐れなかった。あらゆる手を使って皇妃と共に逃げる覚悟はもう出来ていたのだ。
ところが、皇帝が口にしたのは驚くべき提案だった。
「相手は誰でも良い。子を作れ。そしてそれを皇太子として俺とルークに奉げろ」
「……どういうこと、でしょうか?」
「ルークは子を生めない。それではこのグランコクマでの地位が安定しない。その地位を安定させるのがお前の仕事だ。報酬として、ルークのもう一人の夫と認めよう」
え? と将軍は皇帝を見る。
本気だろうか? それは公然と浮気を認めるということに他ならない。
「本当はジェイド辺りに子供をつくらせようと思っていたんだが、あいつには甲斐性がないから子を生んでくれる女が見つけられない。そもそも分身たる子を奪う見返りが難しいしな」
ニヤリ、と皇帝は笑う。
本気なのだ。皇帝は本気で将軍の子を皇太子にしようとしている。
「赤毛か金髪を生み出せ。それが、お前を許しルークの半分を与える条件の1つだ」
「もう1つは?」
「母親は確実に始末しろ。後で面倒になるからな」
政治の舞台裏のような話だった。実際にそうだっただろう。
将軍はしばらく考え、頷いた。
ルークを得られるならば、表向きは自分のものとならなくても、それでも良い。
将軍が余所の女と子を作り皇太子となれば、ルークの地位も安定する。
悪い条件ではない。
将軍は頷いた。
「御意に、陛下。約束、お忘れなきよう」
「わかっている」
こうしてこの日、ルークは二人の夫を。未来には己の子を、得ることになる。