いやいやいや、これは無理だから。
焦った頭で考えられることなんて、こんなことくらいだ。つーか、本当にありえない。あってはならない!
何これだって昨日まではなかったじゃんこんな胸なんて女じゃないし!
なのにどんだけ掴んでも引っ張っても胸の出っ張りは消えないし、そもそも下がすかすかすかっとしているのは触らなくても判るんな違和感一生知りたくなかった!
鏡の前でがっくり膝をついて思うことなんて、もう一つだ。
「俺、……女の子になっちゃった……?」
呆然とした呟きに答えるのは、外から聞こえるのどかな「かー」という鳥の鳴き声。アホウに聞こえなくて良かったなんて喜んでいる場合でもなくて。
漸く何が原因かを考える頃には、世間は朝という時間を迎え部屋の外が騒がしくなっていく。
コンコン「ルーク様、朝食の用意が出来ました」なんて、何か良いことあったのかなこのメイド、ちょっと声が嬉しそうなんだけど……と思った声に「ちょっと待って!」と慌てて声をかけて、何とかこの体型だけ誤魔化さなくちゃと慌ててクローゼットを覗き込んでその時、待っての声が聞こえなかったのかメイドがドアを開けて――沈黙。
「あ……」
いや違うんだ! 俺は別に自分が望んで女になったわけじゃなくて、朝起きたら知らない内になってて。昨日何したわけじゃないのに、たまたまバチカルに来たんだしちょっと実家寄って行こうかな、って思ったのは路銀がちょっと心もとないなってアニスが言ったからで自分の意志じゃなかったし、そもそも路銀稼ぎには闘技場使おうねって言ってたんだから実家にたかりきにきたわけじゃ勿論ない。
そろそろエルドラント行きましょうか。でも行ったら帰って来れる保証ないわよね、ってティアが行ってケテルブルグ行ったりとか遊んでたのは本当だけど、別にヴァン蔑ろに――は相当してたけど決して逃げてたわけじゃないから……って何言い訳してんのか判らなくなってきた。
とにかく一番に言いたいのは、自分で望んで女になったわけじゃないんだよ勿論変態なんてわけじゃないからそこんとこだけ理解しといて、本当頼むから!
相当混乱してきた思考を一言で言うなら、こうだろう=パニック。
身に覚えなんて何もないのに、朝起きたら突然女になってました。つーか、今日から生活どうしよう全部覚えなおし!? 七年の努力はどこに消えた!!!!!
オール頭の中で怒声奇声響きまくるルークの心は、まさにプリーズパナシーアボトルだった。が!
「かーわーいーいー!」
メイドから飛び出した次の言葉に、混乱中の思考はオーバーヒートした。
「………………は?」
「いやだルーク様、シュザンヌ様にそっくりだとは思ってましたけど、本当にそのまんま女の子になっても違和感まるでないなんてそれ犯罪ですよ」
がーん!
「でも効くとは正直思ってなかったうさん臭さにかけてはこれ以上ない流れの譜術師が作った薬なのに本当に女の子になっちゃうなんて奇跡!? はっ!? シュザンヌ様にお知らせしなくちゃ!」
………………。
メイドは部屋を飛び出すと、屋敷中に響く声で叫んだ。
「聞いて、ルーク様改造計画成功でーっす!」
「何ぃ!?」
ああ考えたくない、今反応した声の中に父公爵の声があったなんてこと本当。
なにこれ、改造計画って何それ? ってことは朝一番からの驚愕は、要するに屋敷中がよってたかってルークに仕掛けたその改造計画の所為なのか!?
「どうしよアッシュ……俺、女の子なっちゃった……」
ぽつりと呟けば、キーンと覚えのある痛みが頭に走る。え、直ぐ反応ってそれってあるのか? 奇跡?
自分からじゃ決して繋がらないチャネリング通称便利連絡網が反応するのに驚いていれば、直ぐに響いてくるのはそれ以外ありえないアッシュの声。
「今直ぐ行くぞ屑。ペンと判子用意して待っていやがれ! 良いか男見ても足は開くな、赤毛の子供は未来を救うー!!!!!」
「……は?」
「まずは役所だこんちくしょー!」
意味が判らない。何だこれ? と首を捻っていたルークの上にカゲが落ちて、誰か来たのかな? と頭上を見上げると、そこにはギラギラした目――及び眼鏡を逆行に光らせたパーティメンバー男共が揃ってルークを見下ろしていた。なんだこれ、凄く怖いんだけど。
「ルーク。良くやってくれた!」
まず叫んでルークを抱きしめようとしたのは、ガイ。女性恐怖症はどうしたんだ、と突っ込む間もなくそのガイを吹き飛ばしたのはジェイド。
「公式設定無視して女性に触れるのは止めてくれませんか。あなたは一生女性恐怖症のまま一人寂しい老後を送ると決意したばかりじゃありませんか」
「何時そんな決意を俺がしたって言うんだ? 確かに恐怖症ではあるが、この恐怖症は俺が綺麗な体のままルークを抱きしめる為の神の采配だったんだ!」
「何そんなメルヘンなことを言ってルークの気持ちをゲットしようったってそうは問屋が卸しませんよ。ええ、ええ、ルークに相応しいのは百戦錬磨で女性を泣かせ続けテクにかけては右に出るものがいない熟練者であるこの私!」
「はぁ!? 汚れた体でルークに触れるなこの見境なしが! そういうことは二人で学び極めていくもんだ!」
「お初で女性に負担をかけるあなたの方がキッツイですよ、ある意味!」
何言ってるのか判らない。
気持ち七歳児を前にして、愛の告白前から汚れた大人のあれこれを口にする男共に、ルークの思考は逆回転中。
なにいってんのなんかわからないんだけど……と、文字まで退行しつつあるルークを颯爽と部屋に飛び込み救う――わけがなかった更なる混乱立役者は、ティア。若干十六歳でありながら、読書傾向が年齢にそぐわないお陰で自称熟練者よりもあさっての方に成長しきってしまった少女である。
彼女は言い争いに熱心な男共の隙を突くと見事ルークを部屋から連れ出し、安全な場所……になんて行くわけがなかった。
逃げる最中も「かわいいかわいいすっごくかわいいきっとあんな顔もこんな顔も声もかわいいに決まってるわ。あーはははははは!」と呪いのように呟き最後には高らかに笑いながらルークを近場の部屋――不要物品倉庫――に連れ込み足を引っ掛けて転ばせる。
「てぃ、ティア!?」
物凄く嫌な予感がするんだけどしかもこういう時の勘は全く外れたことがないルークは思い切り顔を引きつらせる。
だがティアはそんなルークの心情になんて全く気付いていない。というか、ティアは旅の最初の頃からルークの心情なんて理解する……しようと努力すらしなかったのだから、今更それに期待するのも無駄だろうと思っても、今はどうしても期待したかった。だって怖いから!
うっそりと微笑んだティアは、自分が転ばせたルークに迫りながら「大丈夫よ大丈夫。酷いことにはならないわだって私には奴らの様な汚らわしい凶器はないもの。ふふふ痛いことはしないから」とやはり呪いのごとく呟きながら迫ってくる本気で物凄く怖い。
そのティアの手が、何故かルークの出来たばかりの胸に今まさに触れようとした時のことだった。
「お待ちなさいこの変態!」
どこかで聞いた鋭い声が響いたと思うと、先程使ったドアが吹っ飛んだ。それはもう見事に蝶番を勢いで破壊して。
ドアがドアの役割を放棄してゴミ屑となった為、すかっとクリアになった向こう側に見えるのは、弓を構えたナタリア。物凄く男らしい(間違い)姿に、思わずルークは涙目で「ナタリアぁ」と縋る。男としてこれ以上に情けないことはないが、今のところ体は間違いなく女なのでするっとスルーすることにする。
「ルークお待ちになっていて、今直ぐこの私、ナタリア=ルツ=キムラスカ・ランバルディアがお助けしますわ!」
非常に男らしい。一々フルネームを名乗るのはどうかと思うが……。
ティアが忌々しげに舌打ちして立ち上がり、杖を構えて二人が対峙するのに、その間にと、ルークは既に腰が抜けて立てなくなった情けなさそのままに、這ってナタリアの背後に逃げる。
これで漸く安全が確保出来た。そう思った時だった。
「ジュ○愛読暦18年の私に、たかが16年程度の貴女が叶うと思って!?」
――は?
「○ュネしか愛読していない貴女に言われたくないわ。私なんて、百合、薔薇、ハーレクインロマンスに至るまで愛読し、兄さんのエロ本にまで精通し、ありとあらゆるアレコレを全て知識として備えているのよ!?」
「くっ、兄がいる状況を鑑みておりませんでしたわ。これは手強いといわざるを得ないでしょう……」
「判った? ならばルークを渡しなさい! お子様の初めては、私のものよ!」
「ちょこざいな、私は愛の狩人ですわ!!!!!」
「……………………」
全然安全じゃなかった!
言ってることのほぼ100%は全く理解に及ばなかったが、これだけは判った。自分はこの場所にいる限り、なんだか非常に危険である、ということだけは!
――逃げよう。
だがどこに? 辺りを見回したあちこちからは、似たような空気が漏れ出でている。どこに逃げてもこの空気がある限り、安全などはまた夢の更に夢。捕まったらなんだか良く判らないけど物凄く危険な、明日から日常のあれこれが変わってしまうかもしれない可能性が山程!?
しかも今、腰が抜けていて立てないし!
これは誰か善意の第三者が助けてくれる以外、助かる方法がないのでは!? とそう思った時だった。
「ルーク、捕まって!」
どすんどすんと地響きを上げて走ってきたのは、トクナガ。アニスである。
「あ、アニス!」
反射的にトクナガに縋りついたルークは、頭上を振り仰ぎ、安堵の吐息を吐いた。アニスのは、あの異様な雰囲気だとか空気が存在しなかったからだ。
「逃げるから、しっかり捕まってて!」
「おう!」
いっくよー! と声を上げながら、トクナガを走らせ己は譜術を連発し、追いかけてくるティア・ナタリアの怖い女性陣と、何時の間にやってきたのかガイ・ジェイドの男性陣を攻撃していくアニス。
勢いに乗ってまずファブレ邸から飛び出したトクナガは、昇降機何それ? の勢いで中空にジャンプ。着地した下層域をまた走り抜けると、教会に飛び込んで鍵をかけた。
「ふぅ。これで一応大丈夫、かな?」
「……ありがとう、アニス」
「うん。まぁ……あたしはこれくらいしか出来ないからね」
困ったように笑ったアニスは、言いながら、ルークを教会の更に奥――悩める子羊に預言を個人的に与える部屋へと促した。