深層心理から心の中にいる一番大切な人を、目の前に。
先年、段々成立が難しくなってきた結婚相談所が、画期的なものとして生み出したのが、バーチャル空間でのデートマシンとかいう、意味の判らないもの。
その開発が、一年かけて終わったということで、その実験を肉体・精神的に強いヒーローに、と依頼が入ったらしい。
最低でも二人ないしは三人、ということで、選ばれたのがコンビを組んでヒーロー業務に携わっているタイガーとバーナビーであったらしい。というのはまぁ、人数的に仕方ないことなんだろう。
しかしながら……。
「俺、結婚経験あるんですけどね」
しかも能力そんな保たないんですけど――と虎徹。二軍落ちしても、何故かバーナビーがコンビ復活してもう結構な日が経つが、まさかその自分に、こんな仕事!? といったところだ。
相棒のバーナビーの方も、どこか呆然と状況を受け止めている。
「いやだからこそだね、実験に参加して欲しいということなのだよ。というか、他のメンバーはどうやら……ね」
要するに暇こいていたのが彼らだった、ということなのだろう。
となれば、仕方ない。彼らはヒーローといえども企業の歯車に過ぎない。仕事の依頼がくれば、それを断れる程にそうそう高い権力は持っていないというのが実情だ。
げにかなしきはサラリーマンというところだろうか。こう言うと、なんだか現実が身につまされるが。
「判りました。実験に参加すれば良いんですね」
どうせ断れないなら、と早々に返事をしているのは、若いから故か、悩みは多けれども思い切りは良いバーナビーの方。
「おい、良いのかよ?」
言外に、秘めてる想いの相手とか、バレバレになるぞ? との虎徹に、それは仕方ない、と苦く笑ったバーナビーは、渡された実験場への地図を掲げて「大丈夫です。俺にはいませんから」と笑う。
何が? と問うまでもないのだろう。要するに、心を捕われる程に恋情を抱く相手、ということだ。
「なら良いけどな……」
一番大切なのは家族です、と言い切ってしまえる虎徹には、むしろ問題はない。この場合問題となるものを抱えているのは、当然これから結婚について考えるバーナビーの方だろう。
社屋から予定地へと向かいながら「けど、本当に大丈夫か?」と問いかけた虎徹には、やはり笑顔で「大丈夫ですよ」と答える。
「コンセプトは、自覚らしいですから。別段心の中にいる人物が自分の目の前に現れたとしても、他の誰かに見られるような仕様じゃないようですよ」
「そうなの?」
「ええ。自覚を促す為なら、自分以外の誰かに見られない方が良い。恋ってそういうものでしょう?」
普通の人間なら、まだ叶っていない恋ならば、第三者に知られたくないと思うのが普通だろう。
「恋って、煽り立てられるようなものじゃないですからね。育てていくものだと思います」
「まぁ、そうかもなぁ……」
だがそれは、自覚するのが恋心ならば、の話である。
マシンの開発が結婚相談所ならば、あそこは結婚にこぎつけるのが仕事なわけだから、案外とえげつない何かがありそうな気がするのは、虎徹の気のせいなのだろうか?
「何かこう、いやーな予感がするんだよな」
「大丈夫ですよ。それに、もしかしたら再婚の可能性が出てくるかもしれないじゃないですか」
「それはない。もう今の状態で十分だ」
大切なものが増えれば増えるほどに、失う恐怖は大きくなる。そのこともあるから――多くには、鈍いからだが――虎徹は新たな相手との出会いは、正直求めてはいなかった。
反してバーナビーの方は、報われないブルーローズの恋慕に同情すらしていた。なにせ相手が、鈍いことにかけては他に類を見ない程の鏑木虎徹である。押しても引いてもかき回しても全く自覚がないおじさん相手に、少女は大混乱中だ。
この鈍さは、もしかしたら自己防衛の一種なのか? とすら考えるバーナビーは、今回のこれが、まさか自分にとっても大きな転機になるとは、まるで考えていない。
結婚相談所のビルが、見え始めていた。
「良くいらしてくださいました。これが、例のマシンです」
案内されたのは、一昔前、大流行したカラオケボックスのようなフロア。一部屋が多少広めに取られているのは、中で疑似デート体験をする為だろうか?
「一部屋に一台、マシンが設置されています。作動時間は大体一時間程。その間に、マシンが深層心理を探り、相手をホログラム投射します。勿論、最新技術で、触れもするんですよ?」
成る程、と頷いてはみるが、実験に参加する方の真理としては、どうしても部屋の広さが納得出来なかった。
彼らはもっとこう、訓練ルームのようなものを想定していた。ある程度の広さを取らない限り、疑似デート体験は難しいと思えるからだ。一部屋で出来るデート体験となったら、もう殆ど限られている。
そうは思えども、口に出しては聞けないままにそれぞれ部屋に押し込まれ、実験は開始。
そして二人は、驚愕を目にすることになる。
ところは駅前。待ち合わせとして設定された場所なのだろう。極々自然に再現された空間に、不似合いに機械的な音声が『待ち合わせは、あと三分後です』と告げてきた直後、相手は現れた。良く見知った姿で。
「ば、バニー!?」
虎徹は素っ頓狂な声を上げる。
笑みを浮かべながら、何時もレザージャケット姿で現れたのは、何故か自分の相棒だった。
――ちょっと待て、なんでバニーが……?
混乱する虎徹を他所に、現実ではありえない相手は虎徹の手を取ると「部屋を用意してあります」とか信じられないような言葉を言う。
「は? 部屋って?」
「それを言わせるんですか?」
「いやだから、何を?」
本気でわけがわからない虎徹に、多少機嫌を損ねたらしい本物ではありえないバーナビーは「この前のデートで約束したじゃないですか」とか更にありえないことを言い出す。
この前のデート。これも、設定されているものなのだろうが……。
「今までは性格の相性を確かめていたから、今度は体の相性を確認しようって、あなたが」
眩暈がした。
一方バーナビーの方は、駅前で何故か虎徹と合流した後、ホテルにいた。しかも、互いの間では絶対に使わないだろう、やたら高級感のある。
ここにくるまでの移動手段は、なし。景色が勝手に移り変わった。成る程。マシンの方で場所を移動させるから、部屋の広さはそれ程必要がなかったらしい。
「で? ホテルに来て、どうするんですか?」
「そりゃバニー。ここでやることといったら、一つだろ?」
「食事ですか?」
「まさか、だろ、それは」
なら何を? 疑問を胸に持ったバーナビーは、ここで漸く、これはデートなのだ、ということを思い出した。しかも、己の深層心理に『大切な人』と刻まれている相手との。
いやちょっと待て。その設定で尚、虎徹が目の前にいるということは……。
もう虎徹を鈍いなんて言えない。待ち合わせる相手として、これ以上にしっくりする人物はいなかった為、その相手が『自分の大切な人』であるという認識を失っていた。
「それじゃ……」
「婚前に必要なことは、食事とすることと、最低二人で一泊すること。日常生活で一番寛ぐ時間を見てみないことには、本当の人間性は見えないからな。で、その一泊の時についでに体の相性を見ておくこと。これも重要な要素なんだぜ?」
絶対に虎徹ならば、こんなことは言わない。ということは、自分が虎徹をこう言う相手なら理想なのに、と思っているということなのだろうか?
眩暈がした。
それぞれに、これは何かが違う。そう思いながらも、どうしても状況を拒絶することが出来なかった。
脳裏が霞み、何かに操られるかのように誘われ……。
自覚した。して、しまった。
虎徹の心はバーナビーの方に開かれ、バーナビーは体すら虎徹に向けて開かれていた。
良く考えなくても、想定される事態であっただろう。
能力が減退し、ヒーローの仕事をやめると家族に断言しつつも、暫くずるずるとそれを先延ばしにしていたのは、言うなればバーナビーの為だけのことであった。
最初はその思想と存在を嫌悪し、なのに後には認められたいと心底望み、なのに仕事を止めると偶然に聞いた後で理由も聞かなかったことを裏切られたと感じ、己の憤りを言いすぎだと誰もが言うだろう程にぶつけたのは、怒りの感情もそうだが、悲しみも相まって当たり散らしたからだ。それが許されると、無意識に甘えていたのだろう。
ずっと心の奥底にしまって、こんなことでもなければ永遠に閉じ込めておけただろうものは、不意の偶然で暴き立てられてしまった。
「こんなことで、体の相性なんて、判るはずがない……」
相手は姿形こそそうだったが、しかし本物ではない。
自身と触れ合い、激しく求めてきた相手は、決して本物ではないのだ。
思えば、空しさだけが募っていく。
果たして相棒の方は、誰が目の前に現れたのだろうか?
ちょっとした実験が、まさかこんな事態を引き起こすことなんて、考えてもいなかった二人共に、時間を終え、小部屋を出ることとなった。
結婚相談所が一年をかけて開発したマシンは、その内容がアダルトすぎるということで、これでは結婚相談所ではなく風俗だろう、という二人のヒーローの言葉によって、実用は見送りとなった。もうちょっと設定をいじれば、使用にこぎつけることは出来るだろう。
ただ、コンビとして信頼を育んできた二人の相棒は、以後、互いの関係の間がギクシャクするのを止められなかった。