人気の無い街道を4人は次の街へと歩みを進める。 昼だというのに道は薄暗く歩きにくかった。 しかも道の反対側は切り立った崖になっており、下には鬱蒼とした森が広がっていた。 「霧がかってきたわね」 カルメンは乗っている鎧のライトを入れるとそう呟いた。 「ちょっと怖いですね……」 道を1歩1歩確かめるように歩くウェンディ。 進むたびに霧は濃くなり4人の姿を覆い隠していく。 前を歩くヴァンとジョシュアの姿も霧に包まれ、微かに見えるシルエットだけが確認できる。 「ウェンディさん、カルメンさん気をつけてくださいね。道が狭くなってますから」 先を歩くジョシュアから声がする。 「分かってるわよー。そっちこそぼーっと歩いて落ちないようにね!」 「はい!大丈夫ですよね?ヴァンさん!」 ジョシュアは先を歩くヴァンに追いつこうと1歩を踏み出したとき 「あれ?」 片足に地面の感触が無いのに気づいた。 「あわわわわわ!」 「ジョシュアさん!」 崖から落ちかけたジョシュアに手を伸ばすウェンディ。 必死にバランスを取ろうと両手で空中をかくジョシュアは伸ばされた手を掴んだ。 「きゃ!」 ウェンディ一人ではジョシュアを引っ張り挙げる力は無く、そのまま崖っぷちまで 引きずられていってしまった。 「ウェンディ!」 崖から投げ出されようとしているウェンディに慌てて手を伸ばすヴァン。 「うお!?」 ぎりぎりでウェンディの手を掴むが2人分の体重は支えられずヴァンの体も崖から投げ出された。 「うあーーー!」 「きゃーー!」 「うぉぉぉぉぉ!」 「え?!ちょっとーーー!」 街道にカルメンだけを残し3人は霧深い森の中に落ちていった。
「う………うぅ…」 体にズキリとした痛みを感じヴァンはうっすらと瞳を開けた。 ゆっくりと体を動かし起き上がると左右を見渡すが、一面濃い霧に覆われており 自分のいる位置も定かではなかった。 「おーい!」 ヴァンは大声で呼んでみるが何の返事も無くただ静寂だけがあった。 「……………くそ!」 舌打ちをして、とりあえず前方に歩こうと足を踏み出したとき 「うお!?」 足に何かが引っかかり倒れそうになる。バランスをとり足元を見ると、 霧に覆われた下に硬い木の根が張り巡らされていた。 長い年月をかけて成長した木々の根は土をやぶりぼこぼこと縦横無尽に根を伸ばしていた。 「歩きにくいな…」 ヴァンは足を取られないようにゆっくりと歩き出す。 どのくらい歩いたのだのだろうか霧は薄くなる気配も無く、どのくらい経ったのか、 自分がどちらに進んでいるのかもわからなかった。 「………!」 その時、微かに誰かの声がした。ヴァンはその声に耳を澄ませる。 「ヴァーン!、ジョシュアさーん!」 「!?ウェンディー!」 ヴァンは声のするであろう方向に向かって声を張り上げる。 「ヴァン!」 ウェンディはその声を頼りに真っ白な霧の中をゆっくりと進んだ。 やがて目の前に黒いシルエットが見えるとホッと胸をなでおろした。 「おう」 「ヴァン。よかった。」 「あいつらは?」 あまり興味なさそうな感じでジョシュア達の事を問うヴァン。 「それが…気づいたら誰もいなくて……」 「そうか…」 うーん。と頭をぼりぼりかきながら 「とりあえず移動するぞ」 「え?どっちに?」 不安そうにウェンディは言った。 確かに周り全部を濃い霧に覆われ、自分の来た方向もしかとは解らなかった。 ヴァンはきょろきょろと濃い霧を見回して、 「とりあえずこっちだ」 そういって真っ白な霧に指をさしすたすたと歩き始めた。 「あっ、ちょっと待ってよ!」 少し離れただけでも白い霧に包まれてしまうヴァンの後を慌てて追いかけた。
どこまでも白い霧の中をあてども無く歩く2人。 ウェンディはヴァンと合流できたものの霧の中で先を歩くヴァンの姿は 時折映り、時折消えた。 歩きにくい道で足を取られ何度も転びそうになるウェンディとは 逆にすたすたと歩いていってしまうヴァンに (なんか…私が追いかけているのは本物のヴァンなのかな…?) (霧の中で誰かと入れ替わっちゃったってことはないよね…) ウェンディは子供の頃聞かされた怖い話を思い出し、ぶるっと鳥肌が立った。 (あれは確か、人通りの少ない道でしゃがんで泣いている人がいたから心配して声を掛けたら 振り返った人の顔には目も鼻も付いていなかったっていう話だったよね) ヴァンの顔に目も鼻も付いていない事を想像してしまったウェンディはブルブルと頭を振り 自分の想像を振り払うと、シルエットさえ見えなくなってしまった霧の中に向け「ヴァン!」と声をかけようとしたとき 「おい」 「きゃぁぁぁぁ!」 霧の中からいきなり現れたヴァンに驚き叫び声を上げるウェンディ 「なぜ驚く?」 「ご、ごめんなさい」 「あまり離れるなよ」 そう言ってまたさっさと先に行ってしまうヴァン 「う、うん!待って…!」 慌てて追いかけようとしたウェンディは木の根にひっかかりバランスを崩してしまった。 「きゃっ!」 手を突き出し思わず触れた物にしがみつく。 「お!?」 ドンという衝撃に振り向くとウェンディが腰にしがみついていた。 「ご、ごめんなさい…」 慌てて離れるウェンディに 「………」 ちらと視線を投げかけると無言で先に進む 「ん?」 服が何かに引っかかった感触がする。 振り向くとウェンディがタキシードの裾をぎゅっと掴んでいた。 「……なんだよ?」 そう言うとウェンディはびくりと上目づかいでヴァンを見ると慌てて俯き ぎゅっとタキシードの裾を握り締める。 「…歩きにくい、離せよ」 「あっ……」 ウェンディの手から裾が離れるとあっという間にヴァンの姿が霧の中に消えていく。 「ま、待って…ヴァン!」 必死に追いかけようとするが乱雑に覆い茂る木の根に足を取られてしまった。 「いたっ…」 あわてて前を見るがヴァンの姿は深い霧の中に消え、足音さえも掻き消えてしまっていた。 「ヴァン……ヴァーン!」 ウェンディは叫ぶが声は虚しく霧の中に響くのみだった。 前後左右を見ても何も判らず、ヴァンがどの方向に向かったのかさえも判らなかった。 シーンとした深い霧の中で 「どうしよう……」 とすりむいた膝を抱え俯いていると、前のほうからだろうか微かに土を踏む足音がする。 顔を上げ見上げると不機嫌な顔をしたヴァンがムスっと見下ろしていた。 「どうした?」 「ヴァン…」 「探す俺の身にもなれよ」 はぁ。とため息を一つ。 「だ、だってヴァンはさっさと一人で先に行っちゃうし、どこにいるかわからないし…不安なんだから!」 目に涙を溜め叫ぶウェンディ。 「う。…………すみません」 ウェンディに涙目で見つめられ思わずうろたえるヴァン。 「な、泣くなよ」 「泣いてないもん!」 目に溜まった涙をぎゅっと袖で拭う 「と、とりあえず立てるか?行くぞ。ほら」 座り込むウェンディに手を差し伸べる 「うん」 指し伸ばされた手を握り立ち上がるウェンディ 「ごめんなさい…ヴァン」 「…別に、いいさ」 いくぞと声をかけると深い霧の中へ進んでいこうとする。 立ち上がっても手を離そうとしないヴァンにウェンディは不思議そうに声をかける 「ヴァン…?」 「これなら離れないだろ」 背中越しの表情は見えないがそう言ったヴァンの声は優しかった。 「うん!」 その手をギュッと握り返すとウェンディは手を引かれ濃い霧の中を進んでいった。 もう、この深い霧を怖いとは思わなかった。 ウェンディの手を優しく握り返してくれるこの温もりがある限り。
「あ!いたいた。おーい!こっちよ二人とも!」 深い霧の中で微かに聞こえてきたクラクションの音を頼りに二人は カルメンの居る街道まで戻ってきた。 「カルメンさん!」 「良かった。もう会えないかと思ったわよ」 ウェンディはヴァンの手をスッと離すとカルメンの方へ小走りに向かう。 「…………」 「あれ?カルメンさん。ジョシュアさんは?」 「ジョシュア?あいつなら真っ先に帰ってきて2人を探しに行ったけど……」 「ウェンディさん!ヴァンさん!」 そう話していた時、霧の中から大きな声が響いた。 「良かった!二人とも無事で!」 二人に近づいてヴァンとウェンディの顔を見るとぺこりと頭を下げた 「ごめんなさい!僕のせいで!」 「ああ!散々な目にあったぜ!」 「ヴァン!そういうこと言わないの!」 ウェンディに窘められて拗ねたように「行くぞ」とだけ声をかけ街道を歩き始める。 「いえ。本当に僕のせいですから…二人が無事に戻れて本当に良かった」 そう話している二人にパンパンと手を叩きながら 「さあ、さあ!さっさとこの森を抜けるわよ!」 カルメンはそういって鎧に乗り込むと街道をゆっくりと進み始めた。 「はい!」 ジョシュアはカルメンの後を追いかける様に歩き始める。 一人最後尾に残ったウェンディはふとヴァンの手を握っていた手を見つめる。 「……………っ」 ウェンディはその手をギュッと握ると先を歩くヴァンを追いかけた。 ヴァンの背後からたたたっという軽い足音が近づく。 見るとウェンディが不安そうな顔をしてヴァンの後を歩いていた。 「……………」 その様子をこめかみを掻きながら横目で見つめるヴァン 「……………………ほら」 そう言ってウェンディに向け手を差し出した。 「ヴァン…」 ヴァンの手をそっと握ると 「霧が晴れるまでだからな…」 ぶっきらぼうに言うがヴァンは、そっとウェンディの手を握り返した。 「ありがとう…ヴァン」
霧はまだ深く、しばらく晴れそうにはなかった………。
おわり。
ヴァンウェ小説第2弾です。 二人に手を繋がせたい!という妄想から出発した小説ですが いまだにヴァンの性格が定まっていなくて難しかった。(泣) この二人って本当可愛いよなー。 これからもこんな二人を書いていきたいなぁ。 2005/10/02
|