それは、良く晴れた冬の日の出来事。 目の前に山積みにされた書類の束にうんざりしながら東方司令部ロイ・マスタング大佐は、その書類を用意したであろう切れ者の部下の横顔と机上の時計を交互に眺めていた。 かれこれもう2時間、書類と向かい合っているのだ。いいかげん飽きてきた、というのが本音である。 「ホークアイ中尉。そろそろ少し......」 「今日中に目を通して頂きたい書類がまだ沢山残っていますので、休憩は全て終わった後にして下さい。今後は、このような事にならないように仕事を全て片付けてから視察に出かけるようにして下さいね」 休憩を訴えるマスタング大佐の言葉をさえぎるようにホークアイ中尉が厳しい答えを返す。 心なしか彼女の言葉が普段より冷たく響くのは、昨日やりかけの書類を放り出したまま視察と称したデートに出かけたのが原因らしい。 己の普段の行動に、心当たりが嫌というほどある大佐は黙るよりほかなかった。 そして、黙々と書類に向かう事、更に1時間。 書類の量は依然として減っていかない。 「また、例の誘拐犯か......」 山積みにされた報告書の中の1枚を眺めていたマスタング大佐の眉間に皺が寄せられる。 最近、イーストシティでは、子供や若い女性を狙った誘拐が多発しているのだ。 白昼堂々行われる犯行にもかかわらず、犯行時間がほんの一瞬で目撃者もいない為、捜査は思うようにはかどらない。 唯一わかっていることが、犯人は単独ではなく誘拐団のような組織を作っているという事だけだった。 「身代金目当ての雑魚どもが。こいつらのせいで私の仕事が増えたじゃないか」 面白くないと言わんばかりに手にしていた書類を机の上にポイと投げるとマスタング大佐は、窓辺に立ち外を眺めた。 いつもと変わらず穏やかに見えるイーストシティの風景。 そこにいつもと違う姿を見つけて大佐の顔に微笑が浮かぶ。 金色の髪、トレードマークの赤いコート、そして傍らには鎧姿の大男。 行く先々で大小の嵐を巻き起こす、国家錬金術師の称号を持つ男。 ちょうどいいところに来てくれたな、鋼の。 長いデスクワークから解放される予感に大佐の笑みが深くなる。 そして、これが新しい嵐の始まりとなるのだ。 「ちわーっす」 勢いよくドアを開けて入ってきた人物を東方司令部は笑顔で迎え入れた。 「あ、ホークアイ中尉。お久しぶりです」 「エドワード君もアルフォンス君も元気そうで何より」 丁寧に挨拶しあうアルと中尉の背後からマスタング大佐が満面の笑みを浮かべながら近寄ってくる。 「やあ、鋼の。相変らず小さいねえ」 「だーっ、誰がミジンコドチビだっ、この色ボケ大佐っ!」 「ちょっ、ちょっと兄さん。いくら事実でも大佐相手にそれは言い過ぎだって」 「事実......」 「今のは追い討ちでしたね」 「うわあっ、あのボク、そんなつもりじゃ......」 上官達によって突如として繰り広げられたどつき漫才に他の東方司令部の面々は笑いをこらえようと必死だ。 いくら豆と色ボケだとしても自分達より上官なのは事実なのだから表立って笑うわけにはいかない。 「......っぶは〜っ。我慢できねえ。漫才やるんなら外でやってくれよ。こっちは真面目に仕事中なんだぜ?」 しかし、ついに耐えきれなくなって吹き出してしまったハボック少尉が軍服の袖で目にたまった涙を拭いながら抗議する。 もちろん、『お前のどこが真面目に仕事してんだよ』という野次は聞こえなかったものとして黙殺だ。 「で、今回はイーストシティに何の用だ?鋼の錬金術師さんよ」 「あぁ。別にここには用はないよ。近くの町まで来たからさ、ついでに寄ってみただけ。......探し物の件で何かわかったことがあれば、と思ってね」 エドの瞳がマスタング大佐を見据える。 エルリック兄弟の探し物。それは賢者の石と呼ばれる物だ。 この石さえあれば「等価交換」という錬金術の理を無視した練成が行える。 錬金術師にとっては、まさに夢のような物体なのだが、その存在自体が伝説とされているためエド達は世界中を巡って石に関する情報を集めているのだ。 彼等が石の力を使って元の肉体に戻ろうとしている事は大佐もよく知っている事だった。 「君の探し物の件に関しては残念ながら進展はなしだ。何か情報が入り次第、すぐに連絡する。今、東方司令部は連続誘拐事件の解決に追われているのでね」 頭の痛い問題だといわんばかりにマスタング大佐はおおげさに額に手を当てる。 確かにこのまま誘拐犯達を野放しにしておけば、町の治安を守る軍の威信に関わることになるだろう。 しかし、そんな大佐の仕草には興味がないといわんばかりにエドはアルの背中を押して出口の扉へと向かった。 「情報がないんなら、オレ達は行くぜ。一刻も早くアレを手に入れたいんでね」 「まあ、待ち給え、鋼の。焦ってばかりでは見つかるものも見つからなくなるだろう?ここは一つ、ランチくらいゆっくりつきあい給えよ。近くに美味い店があるんだ」 「......ランチ?......誰と誰が?」 「はっはっは。もちろん私と君に決っているじゃないか。心配しなくても私がおごろう」 言いながら大佐はエドの腕を掴むと有無を言わさずにずるずると引きずっていく。 「うわーっ、ちょっと待てーっ。どーしちまったんだよ、大佐。熱でもあんじゃねーのっ?ちょっ、アルーっ、何とかしろーっ」 エドも必死に抵抗を試みたのだが、体格に差がある2人の事、あっさりと連行されていってしまった。 「兄さん、行ってらっしゃーい。ボクはここで待ってるから。大佐と一緒にゆっくりご飯食べてきなよー」 弟のあたたかい(?)励ましと共に、エドは大佐と町に消えていった。 「ごめんなさいね、アルフォンス君。大佐ったらちょうどデスクワークに飽き飽きして、なんとかサボる口実を探してた所だったから......」 「いえ、いいんですよ。兄さんはああ言ってたけど、そんなに急ぐ旅でもないんですから」 「では、私達も休憩にしましょう。今お茶を入れるわ。アルフォンス君もゆっくりしていってね」 ぺこりとお辞儀しあうアルとホークアイ中尉を冬の柔らかな陽射しが包んでいる。 何とも平和な東方司令部での1コマであった。 一方...... 「ったく、どーいうつもりなんだよっ。大佐が昼メシおごってくれるなんて、雨でも降るんじゃねーの?」 わけもわからぬまま、いきなり連行されていったエドはぶつぶついいながらイーストシティのメインストリートを大佐と一緒に歩いていた。 「デスクワークに少し飽きていた所だったのでね」 「何だよ、サボりの口実にオレをつかうなっての」 「連続誘拐事件が流行っていると言ったろう。市民の平和と安全を守るのも立派な軍の仕事!市民の様子を見守るのも東方司令部としての仕事の一環だよ」 「......仕事の一環ね。あのさぁ、大佐が探してんのって、もしかしてこのおじさん達?」 どうやら、メインストリートから1筋裏の通りに入ってしまったらしい。 気が付けば、辺りには人の気配がない。 いや、ないというのは間違いだろう。エドと大佐を取り囲むように、柄の悪そうな男が5~6人にやにや笑いながら様子をうかがっている。 「どうやら、そのようだが......それより彼らの方が私達に用事があるようだ」 「物分かりが良いな、軍人さんよ。オレ達と一緒に来てもらおうか。なぁに、あんたがおとなしくしてりゃひでぇ事はしねぇよ」 頬に傷のある男が1歩前に進み出ながら言う。しかし、ひどい事はしないという言葉とは裏腹にその手には大きな登山ナイフが握られていた。 「どうする?大佐」 エドが胸の前で手をかざした臨戦体制のまま低く問う。 この程度の相手ならば、錬金術を使わなくとも一瞬で勝負はつくだろう。 しかし、大佐は小さく首を横に振った。 「いや、ここはしばらく様子を見よう。相手は組織的に誘拐を繰り返している。きっと中心になる人物がいるに違いない。それから、相手の手の内が読めるまでは錬金術は使わないほうがいい」 そう言われてよく見てみれば、エドと大佐を取り巻いている男達は、どう見ても組織を率いるほどの力も人望もあるようには見えない。 大佐はこのまま相手に従うふりをして油断させ、彼等のボスを押さえて組織ごと壊滅させるつもりらしい。 「はいはーい。降参、こーさんでーっす。この人はともかく、ボクはか弱い一般市民でーす。だから見逃して下さーい。お願いしまーす」 両手を上げて降伏のポーズを取りながら、緊迫感に欠ける声でエドが男達に訴える。 いくら晴れているとはいえ真冬の風は身を切るように冷たい。その上、このままではランチにありつけるかどうかも怪しくなってきた。 だいぶお腹も空いてきた事だし、この際面倒な事は全て大佐に任せて逃げるに限る、そうエドは判断したのだ。 「なっ、自分一人だけ逃げようなんて卑怯だぞ、鋼の。私と君との仲じゃないか」 逃げようとするエドの腕を、そうはさせまいと大佐が、がっちりと掴む。 「何だよ、市民の平和と安全を守るのが軍部の仕事なんじゃねーの?」 「君はイーストシティの市民ではないだろう。それに今では君も立派な軍の狗だ。上官命令をもって任ずる。私を置いて逃げるな!」 「だーっ、きったねー。上官命令なんてそんなの有りかよ」 「使える時に使わずして何が権力か!」 「つべこべうるせえんだよ!」 にらみ合う2人の低俗な口喧嘩を止めたのはナイフ持った男だった。 軍人と少年の派手な言い争いに道行く人が何事かと振りかえり始めたのだ。こんな所で騒ぎを起こして警備に見咎められたら元も子もなくなってしまう。 「ちっ、しかたねぇ。オレ達が用があるのはそこの軍人さんだけだったんだが、こう騒ぎになっちまうとな。坊主にゃ悪いがちと付き合ってもらうぜ」 ナイフの男が片手を挙げて合図すると、周りにいた男達が一瞬でエド達を取り囲み手際よく両手を拘束する。 その早さは手馴れたもので、か弱い幼児や女性ならば抵抗する暇さえ与えられないまま連れ去られてしまうだろう。 その上、目隠しまでされて2人は小さな馬車に押しこまれた。 その頃、東方司令部では...... 「兄さん達、帰ってこないですね」 「きっと大佐があちこち連れまわしているんでしょう。帰ってきたらその分きっちり仕事していただかなくては」 ほのぼのと休憩を取る2人の元に慌てた勢いで兵士が駆け込んで来た。 「たっ、大変ですホークアイ中尉。マスタング大佐がゆっ、誘拐されましたっ」 ..................。 一瞬の静寂の後、司令部内がパニックに包まれた。平和な午後に降って沸いたようなトラブルに誰もが緊張した面持ちで次の報告に聞き耳を立てている。 「警備隊からの報告で、メインストリート近くの路地でマスタング大佐が不審な男達に拉致されたそうです。現場には十才前後と思われる金髪の少年も一緒だったと」 「兄さん!」 アルが勢いよく立ちあがったので、テーブルから滑り落ちたティーカップが床の上で派手な音を立てた。それには見向きもせずにアルは報告に来た兵士に詰め寄る。 「その少年ってたぶんボクの兄さんなんです。それで、兄さんとマスタング大佐は無事なんですか?」 「......それが、相手は相当この辺りの地理に詳しいらしくて......慌てて追跡したんですが見失ってしまいました」 「ああああっ、どうしよう、ホークアイ中尉。大佐と兄さんがっ」 それまで、唯一司令部の中で冷静さを保っていたホークアイ中尉が飲んでいたカップを置くとゆっくり立ちあがった。 そして、窓辺に近寄ると眩しそうに瞳を細めながら空を見上げる。 「いい天気ですね」 「中尉!そんな事言ってる場合じゃないでしょう。大佐と兄さんが誘拐されたんですよ!」 突然のホークアイ中尉の言動にアルが猛然と抗議の声をあげた。声には出していないが他の兵士達も同様に感じているらしい。 しかし、中尉はかすかな微笑みを浮かべて一同を見渡す。 「この天気なら大佐に自力で何とかしてもらいましょう。普段、仕事を放り出したまま視察と称して出かけてばかりいるんですからこんな時くらいは役に立っていただきます」 「あ。......そうか。そりゃ、そーだな。うん。何てったって国家錬金術師が2人もいるんだし、わざわざ俺達が出て行くまでもねぇよ」 「あの人達の強さってデタラメ人間万国ビックリショーだもんなぁ」 「そうですよね。兄さんと大佐が手を組めば怖いものなんかないですよねぇ」 あっはっはっはっは。 国家が認める人間兵器が2人揃っているのだ。よほどの事がなければ傷一つ負う事はないだろう。 司令部内の緊張が一気に和やかなものへと変わる。 「あら、お茶が冷めてしまったわね」 「ああっ、カップ壊しちゃってすみません。すぐ錬成しますね」 東方司令部は、やはり平和である。 一方、連れ去られたエドと大佐はといえば......。 馬車に乗せられてから1時間ほど経った頃だろうか、ようやく彼等のアジトに着いたのか馬車が止められた。目隠しをはずされるとそこは薄暗く粗末な部屋の中で、数人の男達が薄笑いを浮かべながら、エド達を眺めている。 恐らく酒が詰まっているだろう大樽がいくつも積み上げられている他は何もない部屋だった。 男達の内から、背が高くがっちりとした体躯の男が2人の所へ歩み寄ってきた。筋肉の盛り上がった二の腕にはドクロの刺青が目を光らせている。 周りの男達の様子から見ても、この男が奴等のボスである事は間違いないだろう。 「狭くて汚ねえ所だが、まあゆっくりしていきな」 「何の目的で私を狙った。私が誰なのかお前達は知っているのか」 ボスらしき男に大佐が問う。大佐が国家錬金術師と知っての犯行ならば、相手もそれなりの対策を準備しているはずだ。 「軍の東方司令部って所はたんまり金を持ってるらしいじゃねえか。あんたを人質にすりゃ、貧乏人のガキや娘を攫って小金稼ぐよりもよっぽど楽に大金が手に入るって事さ。幸い軍関係の情報に詳しい奴を知ってるんでな、あんたが何者かなんてとっくに調査済みなんだよ。......東方司令部マース・ヒューズ中佐」 「............ヒューズ中佐?」 突然出てきたヒューズの名前に思わずエドが男とマスタング大佐の顔を交互に見比べる。 「何だ、坊主。一緒にいたくせに名前も知らなかったのか。この男はなぁ、マース・ヒューズ。階級は中佐だが、仕事より何より娘が大事な親バカで、ろくに戦い方も知らねぇ無能で腰抜けの給料泥棒よ」 「......すごーくよく当たってるようだけど、全然当たってねえよ、ソレ......」 男達に聞こえないようにエドが低く呟く。 どうやら彼等の言う情報通は本当はあまり役割を果たしてはいないらしい。しかし、この誤解はエド達には好都合だった。これを利用しない手はないだろう。 「いかにも私は東方司令部マース・ヒューズだ。しかし、こんな事をしてただで済むとは思えんが?」 機転を利かせてヒューズを名乗った大佐が再び男に問い掛ける。 「たしかに東方司令部のロイ・マスタング大佐は有能だというからな。あまり、時間をかけるとこっちの身がヤバくなっちまう。だが、このアジトまではいくら大佐でも見つける事はできやしねえよ」 男に言葉にエドが疑惑の眼差しを隣でのんきな顔をしている男に向ける。 「大佐が有能ねぇ......」 「噂ではマスタング大佐ってのは、東方司令部一、いや軍一の切れ者だという。国家錬金術師の資格も持っていて戦闘能力も高く、部下からの信頼も厚い男らしい」 立て続けに男の口から発せられた賛辞の言葉に、ついに耐えきれなくなったエドが囚われの身である立場も忘れ、盛大に笑い出した。 「ひーっ、おっかしい。おっさん、それ思いっきり間違ってるぜ。本物のマスタング大佐は仕事サボって部下に怒られるし、女に見境ないし、部下に信頼されてるかっつーのも微妙なとこだし。そうだよな、ヒューズ中佐?」 エドは大佐が反論できないのをいいことにここぞとばかりに並べ立てる。 「......確かにそのような噂もないわけではないが、私個人としてはマスタング大佐は非常に有能な人物だと思うがね......後で覚えておき給えよ、鋼の」 「とにかく、マスタング大佐が有能だろうが無能だろうが軍にはここは見つけられねえ。俺達の要求通りの金が手に入ったら、そのまま遠くへとんずらさ」 辺りを見渡せば、他の男達は、既に大金が手に入る前祝と称した宴会をはじめていた。あちこちで樽から酒が注がれ陽気な声が響いている。 「では、私と取引きをしないか?」 突然、持ちかけられた話に男が胡散臭げに大佐を睨んだ。 「取引き、だと?」 「もちろん、こちらの条件は私達の身の安全だ。代価は君達の望むだけの金。どうだい、悪い条件ではないだろう?軍に身代金を要求するにしても金の受け渡しの際にはそれなりのリスクがある。だが、私の提案を飲むというなら君達はノーリスクで大金を得ることができる」 これ以上ない好条件に男の顔に迷いが浮かぶ。果たして信用していいものだろうか?そう考えているに違いない。そこにたたみかけるように大佐が続ける。 「私は君達が調べた通りの男でね。軍に対する忠誠心などこれっぽっちもないんだよ。ただ、誘拐されたなんて事が公になると、中佐としての立場が怪しくなる。とにかく、私の身を守るためなら何でもしようじゃないか」 「だが......たかが中佐のあんたがどうやったらそんな大金を用意できるんだ?」 男はかなり迷っているようだ。あと一押し。 大佐は彼の瞳を見据えて、にやりと微笑んだ。 「私自身はそんな大金は用意できないが、彼ならそれができる」 部屋中の視線が一気にエドに向けられた。 「こんなチビに何が......」 「だーれーがっ、豆粒どチビだーっ。かかってこーいっ」 「まあ落ち着け、鋼の。......彼はこう見えて国家錬金術師の資格を持っていてね。新聞紙から札束を、屑鉄から金塊を錬成する事など赤子の手をひねるようなもの。君達の望むものを瞬時に作り出す事ができる」 「しっ、しかし、あんた達が裏切らない保証がどこにあるというんだ」 「裏切り?それはないね」 男の言葉に答えたのは、エドだった。 「「人を作るべからず」「金を作るべからず」「軍に忠誠を誓うべし」これが国家資格を持つものの三大制限だ。これを破って金を作りあんた達に渡したことがバレたら、オレ達だってただじゃいられない。良くて資格剥奪、最悪の場合は軍法会議にかけられて処罰ってこともある」 「黙っていれば、双方の利益。どうだい?悪い話ではないはずだが?」 「さあ、じゃんじゃん持って来な!札束でも金でも何でも錬成するぜ」 目の前に積み上げられた新聞や雑誌の山に向かってエドが両手を合わせると、それらは一瞬にして札束へと変化する。 おおーっ、という男たちのどよめきと共に、また新たな新聞の山がエドの前に積み上げられた。 それを何度繰り返しただろうか。 部屋の中のいたる所に札束の詰まった袋が散乱し、男たちは札束に埋もれるようにしながら酒を酌み交わしていた。 「これだけの量がありゃもういいだろう。あとは一生遊んで暮らせるぜ」 ボスが札束を握り締めながら、がははと豪快に笑う。 「では、私達も解放してもらえるかな」 「ああ、表に馬車が繋いであるから、好きに使いな」 予想以上の大成果に満足した男たちは、上機嫌で酒を酌み交わし宴を繰り広げている。 「じゃ、選別ついでにその酒も、もっといい物に変えといてやるよ。最高級のウォッカで乾杯なんて粋だろ?」 エドが再び手を合わせると、ジョッキの中の安物のビールが瞬間的に透明なウォッカへと変わる。 「じゃーな」 「おう、坊主、気を付けて帰れよ」 それって誘拐犯の言葉じゃねえだろ、そう思いながらエドと大佐はアジトを後にした。 男達に拉致されたのは昼。しかし、既に辺りはすっかり暗くなっていた。冬の突き刺すような寒さがより一層身にしみる。 表には言われたとおり馬車が一台繋いであった。恐らく、エドと大佐が乗せられてきたものだろう。 「ところで、鋼の。最後に君が錬成してきたものは?あの樽の中はただのウォッカではないのだろう」 「ん、まあね。あの樽ん中全部スピリタス」 エドがにやりと笑う。 「ほう、スピリタス。それは良く燃えそうだ」 乾いた冬の空気に良く響く音を立てて、高々と掲げられた大佐の右手が鳴った。 後日......。 例の連続誘拐犯の一味は、軍によって一人残らず逮捕された。アジトが火災にあって焼け出された所を一網打尽だったそうだ。 火災は酷く、家の中にあったものが全て綺麗に灰になってしまったため、一切の証拠は残っていないが追って軍が余罪について厳しく追及する予定......だそうである。 「マスタング大佐。公式発表はされてないけど、今度の事件の解決には大佐が大きく関わってたんでしょ?これで、安心して町を歩けるようになります。やっぱり大佐は頼りになるわ」 再び、視察と称して出かけた街の中。大佐は数人の若い女性に囲まれていた。 「いや、大した事ではないよ。ただ少し情報を操って敵に誤った情報を与えて油断させただけの事。戦いというものは全て頭脳が制するのだよ」 「いや〜ん、大佐かっこいい。今晩お暇だったらぜひ食事でも」 「駄目よ、私のほうが先に約束してるのよ」 「はっはっは。では順番にデートしようではないか」 もちろん、そんなデート三昧をホークアイ中尉が許すはずもなく、明日も残業は決定的である。 ......こうして再び東方司令部の平凡な一日が繰り返されていくのだ。 「だーっ、忘れてたぁっ!」 次の街へ向かう汽車の中、突然奇声を発したエドをアルが驚いて降りかえる。 「どうしたの、兄さん。急に大きな声だして」 「大佐にメシおごってもらう約束、どさくさにまぎれて忘れてたぜ。今度あったら絶対に高いモンおごらせて食いまくってやる〜。ちきしょ〜!」 遠ざかって行くイーストタウンの風景にエドの叫びが哀しくこだましていた。 END
※スピリタスはアルコール度数96%の世界最強のウォッカです。 |
||
04年の誕生日に頂いてたのですが、今まで日の目を見せることが出来ず勿体なかったです。今頃になってしまってすいません!(:_;) 万里さんの書かれたこのお話は、発売されている鋼小説に匹敵する出来で、大佐もエドも本当にそのもので、読んでいてとても楽しかったです。 どうなるのかドキドキして、でもちょっぴりオチも予想したりして(笑)、販売中の話しと比べてもなんの遜色もないな‥と。 つうか、私的には万里さんの大佐の方が好きです。小説版の大佐はちょっと乙女モード入ってる気がするので。(笑) 大佐と食事したいエドが可愛くて好きです。でも食事なんて行ったら、きっとエドが食べられちゃうと思うんですけどね。(笑) 本当に有り難うございました!! |