「ねえ、大馳。幸せ?」
「ああ」
外の気温は低いだろうけど、ガラス越しに陽が降り注ぐ冬のある日。
ソファーに座った満足げな大馳を見て、そのまま擦り寄った。肘掛けに腰を乗せるとすぐに落ちないよう支えてくれる。と言うよりも優しく抱きとめられている感じ。
私は大馳の肩に手を置いて、顔にも手を掛けてこちらを向かす。質問の答えは余りにも簡単に出され、でもそれが嘘ではないと表情で証明してくれる。
沢田大馳。22歳。
私よりも8つも年下のこの彼は、私には勿体ないほどいい男だった。顔を見れば確かにまだ若いけれど、それでも年よりは上に見え、なおかつ中身はとてもしっかりしていた。今時の若者らしくなく、一本筋が通っており、それは頑固なまでに守られていた。
初めて会ったのは彼がまだ高校一年生だった。会社帰り、駅へ急ぐ足を止めざるをえなかった。不良が集団でケンカを始める寸前だったのだ。遠回りするには駅は目の前だ。とても疲れているのに、どうして今日に限ってこんなことがあるのだろうか。
だがこちらに害が及んでも困る。様子を見ながら少しずつ後退する。
すると胸ぐらを掴んで怒鳴り合ってる中に一人の少年が入り込んだ。少年と言っても体付きは立派な大人そのもので、顔も結構渋い。
逃げた方がいいと頭は警鐘を鳴らしているのに、その男の子から目が離せなくなった。
チーム同士で揉めていたのだろう。その男の子はリーダー格の者にケンカを止めろと言っている。こんな凶暴そうな連中に言っても無駄だと思うのに、でもよく通る大きな声で何度も彼はそう言った。
しかしやはりそれは聞き届けられず、遂にケンカが始まった。
その瞬間、その彼は豹変した。
それまではどこか落ち着いた感じがあったのに、一気に炎が燃えさかったように見えた。
直接話していたリーダーを瞬殺すると、返す手で傍にいた男を殴り倒す。リーダーをやられたことに気が付いた仲間が、襲いかかる。それをなんの苦労もなく、次々と殴り倒していった。
そんな血みどろの戦いなんて決して好きではないのに。でも何故か私の足はそこに縫い止められたように動くことはなかった。
10人は居ただろう、不良グループはあっと言う間に散り散りになった。数人は彼の足元で呻っていた。
そして彼は私を見た。
えっ、私‥余りにも不躾に眺めすぎたかしら。あれだけの狂気を見せた男だ。関わったらタダじゃ済まない気がする。
「これで、帰れるだろ」
彼は穏やかな目でそう言った。どこにも狂気なんて孕んでいなかった。
もしかして私が通れないと困っていたから、何とかしてくれようとしたのかしら。
こんなに格好いい男、今を逃したら一生お目にかかれない。
自分の歳なんて考えてる余裕はなかった。無我夢中だった。
ハンカチを差し出して、私はこう言った。
「ありがとう。でもあなたも怪我をしてるみたいだから、うちへ来ない? お礼に夕飯でもご馳走するわ」
情けないくらい、ナンパだった。
だけどそんなナンパに彼はあっさりと乗ってくれた。
その晩には身体の関係を持った。彼には私は初めての女だった。
‥‥そして次の日。
彼の歳を聞いて、私は絶句するはめになったのだ。
そう、彼は16歳だった。どう見ても18か19だったのに。まさか8つも違うとは。
少し罪悪感も感じたが、もう私は離れられなかった。そしてそれは正解だった。大馳はとても硬派で他の女は見向きもせずにずっと私と居てくれる。
それから4年が経ち、彼が20歳になったとき。成人したから結婚しようと言ってくれた。
だけど、私は断った。結婚を逃げには使いたくなかったのだ。男よりも仕事を取った女なんて、振られても当然なのに、それでも大馳は傍にいてくれる。私の思いを分かってくれたのだ。
「彩乃は幸せか?」
「ええ、とても」
こんな穏やかで暖かい日は大馳とじゃないと過ごせない。
私は大馳の首に腕を絡めると、そのまま唇を近づけていく。
太い腕と逞しい身体が私を包む。若い男の血流が伝わる。深く口付けを交わすと、それだけで痺れる。
このままずっと傍にいて欲しい。
大馳‥。心の底からあなたを愛してる。
終わり
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