ああ、今日はお袋も親父もいなかったな。 朝起きてすぐにそのことに気が付いた。朝ご飯のことを考えて下に降りる。虎王はもうランニングから帰ってきてるだろうか。まだなら一緒に何か作ってやらないといけないだろうな。 何故かと言えばあいつは食にも拘らないからだ。身体を資本としているので、体に悪いことはしない。空腹のままでいるなんてことは絶対にしない。3度3度きっちり食事をすると言うか、栄養を取らねばならないとは思っている。しかしその栄養の取り方が問題で、数字的に満たしていれば問題ないと思っているのだ。簡単に言えば1週間シリアルばかりでも文句一つ言わずに食べると言うことだ。いや、文句というのは少し変か。必要な栄養分が補填できたら何も思わないのだ。 それでは余りにも寂しい。お袋たちは1週間の旅行へ行っている。すなわち俺が手を出さなければ1週間もの朝をシリアルだけで過ごしてしまうと言うことだ。 虎王に手を出すのはどんなことでも抵抗があるが、一緒に暮らす者としては食事の心配をするのは当然のことだと言い訳をくっつけた。 ダイニングまで行くと虎王は既にシャワーを浴びた後なのか、サッパリとした顔で新聞を読んでいた。朝の柔らかな日差しを身体に受けて、白いオーラが立ち込める。見る者全ての目を釘付けにして圧倒するその力。それは全身から滲み出るカリスマの証。何気ない仕草で何気ない表情でいるくせに、そんなモノを身体に纏わせている。 飯を食ったかどうか聞こうと思った矢先、虎王の方が俺に気が付いた。 「ん? 狼帝。起きたか」 「無理に起こしに来なくていいといつも言ってるだろう」 「まあ、そう言うな。弟の心配をしない兄はいないだろう」 いつも兄貴面で腹が立つ。俺だって同じ大学生になったのに。 「飯は食ったのか」 と言った俺の言葉に虎王の言葉が重なる。 「朝飯、食うだろう? 座っていろ」 なんだよ。俺がお前の飯の心配をしているのに。怪訝そうな顔をしている俺をそのまま残し、虎王は立ち上がってオープンキッチンの中へ入っていった。そのままレンジの火を付けるとフライパンを動かし出す。 えっ、もう何かが作ってあったのだろうか。毒気を抜かれそのままストンと落ちるようにイスに腰を掛けた。座るとカウンターが邪魔をして手元が見えない。しばらく待つと虎王は白い皿の上に戸惑うような物を乗せて俺の目の前に置いた。 「食え」 「ええっ‥と、これ‥を?」 「そうだ。狼帝、大好きだったろう」 なっなんで、朝っぱらからこんな物を食べなきゃならないのだろうか。用意された可愛らしいピンクのスプーンでそれをすくう。どう見てもいい大人の男が食べる代物ではなく。 戸惑っている俺を見て、虎王は非常に楽しそうだ。 「旨いか?」 ニッコリと問い掛けられてようやく我に返る。 「なんで朝からお子様ランチを食べなきゃならないんだよ」 それは丸く盛ったチキンライスの上に薄焼き玉子が被せられ、ケチャップと共にご丁寧に日の丸の旗まで立てられていた。ポテトサラダも丸くまとめられていて、上にはプチトマトが乗っている。反対隣にはエビフライとミニハンバーグが添えられていて、どこから仕入れてきたのかゼリーまで乗せてあった。 一体、朝から何を作っているのか。 「狼帝、これが大好きだったよなぁ」 何を思い出しているのか想像がつく笑みを浮かべる虎王。 「そんな昔の事を持ち出してどうしようって言うんだよ。昨日からこれを作るために買い物に行ってたのか」 「そう。どんな顔をするか見たかった」 ニヤリとされて、いつでも俺は虎王に遊ばれていると言うことを思い知らされる。 けれどせっかく作ってくれた料理な訳で‥。気恥ずかしさが堪らないけどそれを全部食べた。 「旨かったか?」 「悔しいけど、全部旨かった。ごちそうさまでした」 昔から俺たちは社長の息子であって、そこそこ金持ちのボンボンだった。街へ出ても人がぞろぞろいるような食堂には入らず、高級レストランと言ってもいい所へしか入ったことがなかった。お袋はそんなにうるさくないのだが、親父がグルメでうるさかったのだ。安い所で不味い飯など食えるか、と言って。正直言えばそう言う点は俺が一番似てると思う。ファーストフードの類は馴染めないところがあるのだ。食べれない程ではないが。 それがデパートで食堂の前を通ったときのことだ。俺は幼稚園の年長くらいだったろうか。ケースには見本が飾ってあって、その中でお子様ランチが凄い威力で俺を呼んでいた。俺はこれがどうしても食べたかったのに、親父は行きつけのレストランで同じ物を作ってもらえばいい、と言って聞かなかった。空いていれば子供のために折れてもくれるような父親ではあったが、残念ながら気が短く、その長蛇の列を待つ気にはなれなかったのだろう。 食べたい、と泣く俺の手を引っ張り、その場を去ろうとしたのだ。その時虎王が俺の手を父親から取るとこう言ってくれた。 「父さんと母さんはまだ買い物があるんでしょう。俺は狼ちゃんとここでご飯食べてるから。終わったら迎えにきてよ」 虎王だって小学生の低学年だったが、小さい頃から異常にしっかりしていたのでその頃は既に一人前の扱いだった。 買い物に連れ歩くよりはそちらの方がいいと踏んだのだろう。金を虎王に渡すと、両親は2人揃って行ってしまった。俺はお子様ランチが食えることで頭がいっぱいで嬉しくてはしゃぎまくっていて、30分の待ち時間はあっと言う間に経っていた。 「僕たちだけなの?」 店員のお姉さんが驚いていたが、虎王がしっかりと受け答えをし、注文をすると「偉いわねぇ」とひとしきり感心して、何故だか俺の頭を撫でた。2年しか違わないけど俺には虎王は大人のようにみえていた。俺は、俺のお兄ちゃんは偉いんだ、と得意げになっていたブラコンな弟だった。その兄と2人で店に入ったと言うのも凄く嬉しくて、ちょっと大きい子になった気分で気分は最高潮だったと言ってもいい。 しかし浮かれた子供が落とされるのは早かった。虎王も俺に付き合ってくれて、2人でお子様ランチを取った。2人分のお子様ランチが来て、俺の目の前に並ぶ。いただきますを言うのももどかしく、すぐに中央の旗が立っているオムライスにスプーンを差し込んだ。期待に胸をいっぱいにしてそれを口へ運ぶ。 凄く凄く楽しみだったのに、そのオムライスは不味かった。チキンライスはパサパサで、玉子もパサパサだったのだ。俺のために大好きなお兄ちゃんまで巻き添えにしてこれを取ったのに。 俺は悲しくてベソベソと泣いていた。泣いて泣いて泣きながら、でもそのお子様ランチを食べ続けた。虎王は必死で俺を慰めながら、残してもいいと言ってくれたが、泣きながら全部を食べた。どうしても食べないと悪い気がしていたのだ。店員さんまで誉めてくれたのに、残して帰ると言うことがおぼろげながらも兄の評価を下げるような気がしたのも全部を食べなきゃ、と思った理由の一つだったかもしれない。 虎王は迎えにきた両親にはあまり美味しくなかった、としか言わなかった。俺が泣いていたことは内緒にしてくれたのだ。父親は言った通りだろう、父さんの言うことを聞いていれば間違いない、と得意げに言って俺を抱き上げてくれた。母親はうちへ帰ったら美味しいお子様ランチを作ってあげると言って、俺の頭を撫でてくれた。俺は一人で我が侭を言っていたのに、みんなが俺のことを思ってくれているのを痛感して、また泣いた。父親にしがみついて、今度はワーワー泣いたのだった。 虎王はその時のことを思い出しているに違いない。弟なんて兄の方が色んな出来事を覚えているのだから、どうにも分が悪い。 「どうしてこんなものを作ったんだよ」 「これから一週間は毎朝、俺が作ってやる」 「俺は自分で作るからいい」 「昼も夜も一緒には食べられないから、朝くらいは一緒に食べよう。お前にも寂しい思いはさせたくない」 「なんで俺が寂しいなんて思うんだよ」 「ああ、悪かったな。じゃあ俺が寂しいから一緒に飯を食おう」 ニコリと簡単に自分を情けない方に出来る虎王に勝てるはずがなく。下手をすれば朝飯くらいは抜いてしまう俺のことを気遣ってくれているのだとは、後から気が付いた。 くそっ、机を蹴りたいぐらい悔しくて、けど俺のことを第一に考えてくれてることが堪らなくて、明日の朝は虎王よりも早起きすることを誓ったのだった。 終わり
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粉雪さんにこの狼ちゃんのイラストを見せて頂いたときは倒れるかと思いました。(^^;;; なんて狼帝くんって可愛いんだろう!! と。それで早速冬哉くんとの新婚妄想を書かせて頂いたのですが、やっぱり妄想編なのでそれは裏へアップさせてもらってます。 実はこの話しも裏でアップ済みなので、先に見られた方には申し訳ないのですが、表の更新が寂しいのと、粉雪さんのこのろーちゃんを裏にしまっておくのは勿体なさ過ぎて、こちらでもアップさせてもらいました。 本当に素敵で可愛い狼帝くんをありがとうございましたv 先輩も凄く格好良くて、こんな素敵な先輩と朝が迎えられたら、朝っぱらから鼻血吹くかも‥なんて考えてニヤリとしておりました。(笑) いつも素敵なイラストで楽しませて頂いてます。粉雪さん、どうもありがとうございます〜vv |