冬休みに入ってあいつが大学から帰ってきた。毎日そばにいることがこんなに嬉しいなんて、高校までの本当に贅沢だった時間を無駄にしてきたような気がして、ちょっと悔しかった。多少ムカツくことがあっても絶対ケンカしないと心に誓った。
ついこの間のことだが、ボーナスが入ったのでガラにもなくプレゼントなんてしてしまった。あの時の俺は少しおかしかったのかもしれない。そんなこと‥どう考えたって普段ならしないのに。でも大兄が彼女にプレゼントを買いに行くのに付き合っていたら、自分も買った方がいいかな、なんて。それでもまだ迷っていたのだが、大兄に「買え」と言い切られて、ようやく踏ん切りが付いた。チクショー、なんだか俺だけが惚れてるみたいじゃねえか。
とてもじゃないが、手渡しする勇気はなくそのまま店から送ってもらった。鋭侍はそれを受け取ってすぐに帰ってきた。無性にやりたくて、ケンカしてる時間も惜しくて、ホテルへ行って抱いて抱かれた。ただあいつを悦ばせたくて、必死で突いた気がする。
鋭侍は入れられると感じるくせに、未だに俺が触ると鳥肌が立つ。そんなに嫌いなのかと思うと、情けなくなってくる。そんなあいつを悦ばせるためには回数をかけて突くしかないのだ。それから扱いてやれば、ビックリするくらいいい顔をして到達する。その顔だけでイけそうなほど色っぽい。普段悪ぶっているだけにそのギャップは大きい。そして見惚れる。もしかすると俺はこの顔にやられて惚れているのではないかとさえ思う。
だからずっと天国へ行かせてやりたいと思って当然だろう。その瞬間の顔を鋭侍にも見せてやりてえ。きっと納得すると俺は思う。
まるで本当の恋人同士みたいに一晩を過ごしたのに、朝になって落ちていた写真を見つけ逆上した。平たく言や、キれたのだ。
俺のやったブレスレットを鋭侍と一緒に写っていた女がしていた。
それだけで俺は、何年ぶりかで鋭侍を本気で殴り倒していた。
ま、その後すぐに仲直りしたんだけどさ。貸してただけだって分かったし。なんかヤキモチ妬いた所を見られたってのが、取り返しの付かないことをしてしまったようで。ちょっと最近、分が悪いなと思っていた。
ここで広い心を示し、俺だって大人になったんだぜ、と奴に見せておく必要がある。それでケンカをしないと誓ったのだ。
ようやく俺も休みに入り、二人揃って街へ出てきた。別にいらねぇと言ったんだが、向こうもなんかお返しをくれるというので、それを見にデパートへ向かっていたのだった。
並んで歩いていると大抵の女が振り返っていく。連れの男が悔しそうにする。二人でそれを見ながら優越感に浸る。まあ、俺は兄弟で歩いていても似たようなことになるんだが、どうも大兄が一人で目立ってる気がするから、鋭侍と一緒の方が半分ずつ出来て楽しい。
と言っても工高まではどっちに振り向いたかで揉めていたんだけどな。
ここに入るか、と立ち止まった所でメチャクチャにいい女が通り過ぎていった。なんと俺たちに一瞥をくれてただけで、冷笑を浮かべた。その顔は痺れるほど美人だった。
「お前、なんかした相手か?」
「いや、おめぇこそ知ってる奴か?」
「全然知らんぞ。てっきり鋭侍が遊んで捨てた女かと思ったぞ」
「俺だっておめぇが酷いことした相手の姉貴かと思ったぜ」
「なんで俺たちが笑われなくちゃならないんだ?」
「さあ、それは分からんが、彩乃さんばりの超いい女だな」
「あ、お前もそう思ったか?」
「おお、あのレベルだぜ。中々お目にかかれないハイレベル」
俺たちは話しながら、その女の後ろをつられて歩く。通りすがる男どもが鼻の下をダランとさせてみんながみんな見ている。その隣には全然冴えない、ブ男が並んで歩いていた。
似合わないよなぁ。彩乃さんは大兄の彼女で、超一級品の美人である。身長も170近くあってスタイルも抜群。しかしボディでしか勝負できないタイプじゃなくて、知性派美人なのだ。外資系の会社でバリバリのキャリアウーマンをしている。
そう、大兄となら並んで歩いていても全然引けをとらない。どころか完璧すぎるほどのカップルに誰もがため息をつく。少し突っ込むならば歳の違いくらいだろうか。大兄は今22歳だが、彩乃さんは30歳の大台に乗ってしまったから。しかしあの雰囲気は年齢もないと醸し出せないだろう。物腰柔らかく優雅で、でも時折厳しく、姉御肌の所もあって、その気さえあればどんな男だって落とせるだろう、そんないい女。その男に不自由してないだろういい女が、街で遊んでいた、と言うか、ケンカしていた、イヤもっと言ったら、ケンカを仲裁していたはずがいつの間にか全員伸していた大兄をナンパしたのだ。血にまみれた一匹狼を引っ掛けた凄い人なのだ。
その彩乃さんに似ている女に何故俺たちが笑われないといけないのだろうか。美人だから許すが、そうじゃなきゃ、ぜってー許してねえな。
「なあ、なんであんないい女にあんな男がくっついてると思う?」
鋭侍は前を歩いている本人に、聞こえるか聞こえないかギリギリの大きさで俺に話しかける。ははん、プライドがピシッときちゃったわけか。俺たちだって女には不自由しない程度にはもてたからなぁ。
「さあ、金持ちなんじゃないの」
「いや、そうじゃねぇ。格好を見てみろ」
確かに、金持ってそうな姿じゃねえな。ごくごく普通の平凡な男のようだ。身長はヒール履いた女と同じくらい、年齢も同じ25くらいだろうか。
「金で釣ったんじゃないなら何だって言うんだよ、目が悪いか趣味が悪いのか?」
「それはな‥」
微妙な大きさだったのだが、気が付いたのか女がチラッと振り返った。その時を待っていたように鋭侍は俺の首に手を回し、耳のそばに顔寄せ、手でそれを隠して内緒話を始めた。
「あそこがでかいんだよ」
予期せぬ答えに吹き出しそうになる。
「マジかよ」
「マジマジ、そうじゃなきゃ手が震える」
「なんだよそれ」
「知ってるか、売れっ子ホストはこうやって指がバイブのように振動する」
鋭侍は中へ2本指を入れる真似をして、少し曲げるとそれをブルブルと震わせてみせる。
「こうやって、クンニしながらイくまで震えさす」
ダッダメだ。前にいると分かっているから、必死で堪えてたんだが、とうとう吹き出してしまった。余りにもその仕草がおかしくて爆笑する。
鋭侍はぶっきらぼうに見えるが、人を笑わせるのは上手い。真面目な顔して面白いことを言うから、余計に笑えるのだ。
コソコソと内緒話をする鋭侍と、それを聞いて爆笑する俺と。前の女が気が付かないはずがなかった。
「なに笑ってんのよっ」
と言ったかどうかで、鋭侍はその女にビンタを食らっていた。
すっすげぇ。美人が怒るとまた迫力がある。
「お前ダッセー」
張られた鋭侍を見てまた笑えてくる。
「いやー、その男のどこに惚れたんかなぁって」
「ったく、どいつもこいつも。男は顔じゃないのよ」
おおーっ。なんて気っ風のいいお姉さん。その台詞に周りで様子を窺っていた男から拍手が起こった。
「へぇ、それじゃどこがいいのか教えてくれるか?」
相手の男と言えば度胸も今ひとつのようで、彼女の服を引っ張って止めようよ、と言っている。
「優しいのよ。思いやりがあって凄く優しい。それに浮気なんて絶対しないわ」
「ふーん、でもそれってその男が女にもてねぇってバカにしてることにならねぇか」
「ふっ、これだから顔だけの男って。私達が何年付き合ってると思ってるの」
付き合ってると思って、と言いながら顔だけの男に騙されたか、痛い目にあったと白状してるようなものだが、でもそれで俺たちのことを敵対視していて笑ったんだと言うことが分かった。
「何年だって言うんだよ」
「20年よ、20年」
うへー、20年って凄いな。俺たちだって14年目だぜ。
「だが浮気したから顔だけの男に振られたんだろうが」
「失礼なこと言わないでよ、そんなことするわけないでしょ。妹が騙されたのよ」
「妹?」
「そうよ、ただ女の数を競うだけに酷い目にあったのよ」
なんだかどっかで聞いたことのあるような話しで、俺たちは顔を見合わせた。
「ちなみにその相手の名前とか聞いたことあるか?」
「名前なんて聞いてどうするのよ。仕返しでもしてくれるの?」
「いっいや、それは‥あれだが、参考までに」
「サワダって言ってたわ」
仕返しもくそもねぇじゃないか。思わず俺はその場から逃げ出そうとして、ずっとその女と話していた鋭侍に腕を掴まれた。
「バカ、今逃げたら俺です、って言ってるようなもんだぞ」
俺に小さな声で囁いた。
「そんでそのサワダって奴と俺たちをだぶらせて笑ったんかよ」
「ええ、ちょっと聞いた感じと似ていたから」
そこまで話してこじつけだって思ったのか、その女は勢いがなくなった。隣でいた男が初めて俺たちに口を利く。
「悪かった。手をあげたりして。こいつの妹はほんとに落ち込んでいて可哀想だったんだ。それ以来ハンサムな男を見ると食って掛かるようになってしまって」
女にも謝らせるとそのまま行ってしまった。
「だーかーら、俺が言ったろう。処女は止めておけって」
「だけどよ、俺はムリヤリしたことはただの一度だってないんだぜ? ちゃんといいかって聞いてから‥」
「面倒になことになるって分かってるだろう。つうか一体何人目だ、こうやって揉めたんは」
「さ‥あ‥、もうあんま、覚えてないかも」
「だからおめぇはバカ馬って言われんだよ」
「なっなにぃ。やんのかよ、オラ」
ケンカしないと誓ったことなんてすっかり頭から抜け落ちて、一瞬で血が上った俺に鋭侍はため息をついた。
「しょうがねぇよな。バカな子ほど可愛いって言うし」
「なっなんだよ、それ」
「そんなおめぇに俺は惚れてるってことだ」
こっこんな所で‥。サラッと惚れていると言われて、赤面する。どうしてこいつはそんな台詞がスラスラ出てくるのか。
大人しくなった俺を引っ張るようにして、デパートへ戻った鋭侍は嬉しそうに俺に何が欲しいか聞いてきた。
ま、いいか。こんな普通な日があっても。だけどますます分が悪くなったと思うのは気のせいだろうか。
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