そうあれは狼ちゃんが高校の1年生でお兄ちゃんが3年生の冬だったわね。 夜の8時くらいにね、冬哉くんが来たのよ。でも玄関開けたらびっくりしたわ。あの可愛らしい顔のふっくらしたほっぺが赤黒くなっててね、目の上もちょっと切れてたかしら。口の端からも血が出ていて。黒のコートも汚れて真っ白になってて。ズボンも破れて膝小僧が見えてたわ。どう見てもケンカしたか、殴られたあとだったのよ。 冬哉くんって誰とでも仲良くなっちゃう子だからケンカなんてしないし、もうほんと飛び上がるくらいにびっくりしちゃって。 私が叫んだから狼ちゃんとお兄ちゃんもすぐに出てきてね。話を聞いたら、駅のそばで脅されたらしいのね。冬哉くんのお母さんって冬哉くんを溺愛してるのよ。だからこんな姿を見たら卒倒しちゃうって言って取り敢えずうちへ来たらしいんだけど。私だって卒倒しそうになっちゃったわ。 お兄ちゃんなんて傷一つ作って帰ってきたことないし、狼ちゃんは小学校の頃までだったから。ケンカしてきたのって。 で、冬哉くんとお兄ちゃん達の会話はこんな感じだったかな。 「一体どうしたんだ」 「駅出たら中学生が声掛けてきて道を聞くんだ。だからちゃんと説明したんだけど、分からないって言うから西側まで付いてったんだよ」 「バカか、あっちは行かない方がいいって小学生でも知ってるぞ」 「だっだって先輩。凄く困ってて可哀想だったんだよ。それにその子だって危ないじゃない」 えっとちょっと説明を入れるとね、うちがある駅の東側は一応高級住宅街になっていて、西側はそうでもないのよね。それに駅のそばには飲屋街があったりしてね、西側はかなりガラが悪いのよ。だから線路を挟んで少し住んでる人たちが違ってるの。うちの方の中学の子は西側の方の中学の子のいいカモにされていて、お金取られたりしてるのよ。それで夕方以降は向こうへは行かないって鉄則になってるの。 「それからどうしたんだ」 「そしたら向こうで5人くらいに囲まれて。金出せって言われた」 「当然だろうな。いくら取られたんだ」 「ううん、いくらも」 「えっ、取られてないのか」 「うん、だってどうして見知らぬ相手にお金をあげなきゃいけないのさ。でもヤダって一回言っただけだったけど、いっぺんに殴る蹴るで、取り返しがつかなかった‥」 「それでそんなに酷く殴られたのか」 「うっうん。そうみたい」 「まったく‥、どうしてそう変なところが頑固なんだ。バカだな、金くらい素直にやれば良かっただろ。持ってた分なんてどうせ2〜3千円なんだろう?」 「う‥ん」 「それくらいはやっても良かっただろうが。そうすればそんな酷い傷を作らなくて済んだのに。そもそもその中学生がおかしいとは思わなかったのか。どっちにしろ金は取られるんだ。それなら無傷で終わった方がいいだろう。それにしても金も取られないでよく帰って来れたな」 「運良くパトカーが通って、クモの子を散らしたように逃げていったんだ。でもほんとに通っただけなんだけど。それで歩いて帰ってきた。ごめんなさい。うちよりもこっちへ来ちゃって。母さん、俺のこんな姿見たらどうなるか分かんないから。狼帝、着る物貸してくれる?」 そう言って冬哉くんがコートや上着を脱いで、上半身裸になったら顔だけじゃなくて身体中打ち身だらけで。もう私、泣いちゃったわよ。 それ見た途端。それまでじっと黙って冬哉くんの話しを聞いてた狼ちゃんがね、飛び出していっちゃったのよ。冬哉くんがこんな姿になってるのに。 「狼帝、待てよ」 お兄ちゃんは止めてたんだけど、止まらなかったからすぐに鷹ちゃんに電話掛けてたわ。冬哉くんのことを私に任せて。 『‥‥ああ、そうだ。西側でカツアゲやってる奴らだ。中学生をダシに使ってる。すぐ分かるか。‥‥ああ、分かった。俺もすぐに行く』 「狼帝が心配だから探してくる。冬哉は大人しくここにいるんだぞ」 「狼帝、どこに行ったのか分かるの?」 「あいつのことだから冬哉が殴られてカッとなったんだろうな。仕返しに行ったと思うぞ。冬哉も少し考えろ。自分が痛い目に遭うだけじゃなくて、それを知った周りも痛い思いをするんだぞ」 「ごっご免なさい‥。そこ‥まで、考えてなかった‥。でも狼帝一人で大丈夫かな。俺も探しに行く」 「お前が来ると足手まといだ。頼むから大人しくしててくれ。約束できるな」 「う‥うん‥」 「約束は破るなよ。破ったらどうなるか分かってるだろうな」 「わっ分かってる‥よ」 それからお兄ちゃんは車で出ていったわ。狼ちゃんが単車に乗って行っちゃったから。 冬哉くんと2人で凄く心配して待ってたの。でも冬哉くんも発熱してきちゃってね。身体中に湿布張って氷当てて、それでも辛そうだったわ。冬哉くん、一言だって泣き言いわなかったけれど。なのに謝ってばかりいて。 あれから2時間は経ったかしら。2人で揃って帰ってきて、狼ちゃんの開口一番は「冬哉は大丈夫か」だったわ。2人だってかなり傷だらけだったんだけど。 どうやらその冬哉くんを狙った相手とケンカしてきたみたい。 うちの子たちはちょっとやそっとじゃ壊れない身体してるから、少しくらいの傷は心配じゃなかったの。 それよりも仇を討ったって所が凄く感動しちゃって。だってね、私も昔襲われそうになったことがあって。まだ結婚する前のことよ。通りすがった人がいて助かったのよね。それでお父さんにね、そう言ったらバット持って飛びだしていったわ。 どうやってその相手を捜し出したのか分からないけれど、きっちり借りは返したから、って言ってくれて。ほんと嬉しかったし、そのあとも恐くなかったわ。 それで血を感じちゃったのよね。親子よねぇ。 どうだった? って聞いたら、負けるわけないだろ、って言ってたわ。二度と冬哉には手出しさせない、とも言ってたわね。 これが女の子だったらもうそれでクラリと来ちゃうんだけど、冬哉くん男の子だしね。ちょっと残念だわ。 でも冬哉くんのお母さんは、女にあげるくらいなら男同士でもいいって言ってるのよ。狼ちゃんに婿に来ないかって誘ってるし。狼ちゃんもまんざらでもないみたいだし、冬哉くん一人で困ってるわ〜。 えっ、私? 私はそうね。やっぱりちゃんと女の子とお付き合いして結婚して欲しいわよ。孫の顔だって見たいし。お兄ちゃんにしても狼ちゃんにしても二人の子供だったらすごく可愛いんじゃないかって思うから。贅沢を言ったら今度こそ女の子が欲しいわね。 それから冬哉くんは3日くらいうちにいたかしら。顔の腫れだけは引かないと帰れないって言って。狼ちゃんが自分のベッドに寝かせてかいがいしく世話してたわ。私の出る幕無かったみたい。 それとどうしてその相手が分かったと思う? どうやら鷹ちゃんと龍ちゃんの2人は不良って言われる子たちに顔が広いらしくって。うちの子たちは無縁だと思っていたんだけど、案外分からないわねぇ。だって鷹ちゃんたちだってそんな風には全然見えないんですもの。もちろん昌子さんだって知らないと思うわ。美姫ちゃんも知らないんじゃないかしら。 とっておきの話し、なんて言っちゃったけど本当にとっておきだったかしら。よかったら感想も聞かせてもらえると嬉しいかも。だってこのことを話したのって初めてなんですもの。 やっぱり内緒にしておかなくちゃいけないって思ってたから。 でもうちの子たちと冬哉くんって3人で兄弟みたいよ。ほんと仲いいのよね。これからもずっとお友達でいれるといいのだけれど。狼ちゃんは冬哉くんと一緒の大学へ行きたいみたいだけど、冬哉くんはどうかしら。あんまりベッタリされると嫌になっちゃわないかしら。 狼ちゃん、冬哉くん以外に友達作らないから。でも性格は正反対な感じだけど、鷹ちゃんとは生徒会もやっていた関係なのか仲良くしてるわね。 まあ昔から自分には弟がいなかったから、従兄弟の2人は可愛がっていたけれど。お兄ちゃんがしてくれたことをしてあげたかったみたいよ。でも鷹ちゃんたちは2人ともが弟でしょ。だからちゃっかりしてるって言うか、ちょっと狼ちゃんじゃ付いていけない所もあったわね。美姫ちゃんがしっかりしすぎてたからかしらね。あ、でもそんなこと言ったらうちだってお兄ちゃんがしっかりしてたし。やっぱり持って生まれたものがあるのかしらね。 あら、なんだか長くなっちゃったわね。私の話しなんて退屈だったかしら。ごめんなさいね。それにもったい付けちゃったけど、気に入ってもらえたかしら。 それじゃ、うちの子たちをよろしくね。また機会があったら話しをさせてもらうわ。みんなのご要望にお応えしますv それから今回質問をしてくれた、藤華さん、banriさん、chloeさん、みみさん。どうもありがとう。うちの子たちを好いてくれて、本当に嬉しいわ。良かったら今度お茶でも飲みにきてね。 それではこれで失礼いたします。 |