葛藤

『都築先輩が好きです。今日の昼休み、裏の花壇で待ってます』

 一昨日の手紙はこうだった。それから昨日の手紙。

『都築先輩が好きです。大丈夫。俺は男です。今日の昼休み、裏の花壇で待ってます』

 俺はすっかり無視していたのだが、今朝靴箱を開けたらまた同じ奴からの手紙が入っていた。
 うちの下駄箱は靴の盗難がないように鍵を付けることを推奨している。俺の靴箱にも鍵が付いているのだが、薄い手紙なんかは隙間から入れることが出来るのだ。
「また来たの? 狼帝、ほんとにもてるねぇ」
 その手紙を見て冬哉が呟く。いや、俺にこうした手紙を出す女の子は、虎王が目当ての場合が多い。睨んだらあっさりと去っていくくらいなら虎王に直接渡した方がいいだろう。
 そして本来なら冬哉の方がもてるのだ。なんと言っても冬哉は可愛い。俺が‥俺がそばに付きっきりでいて、冬哉を見つめている女の子を近寄らせないようにしている。俺は冬哉の恋する権利を剥奪しているどうしようもない男なのだ。

『都築先輩が好きです。先輩ってゲイなんですよね。俺もそうです。昼休み、裏の花壇で待ってます』

 その俺を好きだという男。少し興味が湧いたが、やはり無視した。

 そしてその次の日。ついに奴はこの俺の重い腰を上げさせることに成功した。

『都築先輩が好きです。先輩ってゲイなんですよね。俺もそうです。先輩はゲイだと言うことがばれても構わないんですね。俺が思った通り男らしい人で嬉しいなぁ。でもこれをあの人に言うとしたらどうしますか? 先輩が大切にしてるあの人に。今日の生徒会が終わってから1階の実験室に来て下さい。今日は来てくれるって信じてます。1年B組 木元厚史(きもと あつし)』

 俺が冬哉のことを好きだと知っている‥。あまり隠していたつもりもないが、大っぴらにした覚えもない。それだけ俺のことをどこからか見ていたのだろうか。
 しかし、教師ですら道を譲るこの俺を呼びつけるなんて、どんなふてぶてしい野郎だろう。冬哉の前以外では強面の鉄壁な会長、と言われているのに。
 どんな場面を想像しても向こうが好きだという以上、こちらの分が悪くなるなんて考えもせずに夕暮れの中、実験室へ向かった。

 戸を開けると細身の少年が窓から外を眺めていた。この寒いのにブレザーのままで。
「寒いだろう。コートを着たらどうだ?」
「やっぱり想像通り優しいんだね。怖いとか冷たいとかいろいろ言われてるけど、絶対優しいと思ってた」
 にっこりと笑うその顔はもうすぐ2年になると言うのに、まだまだ新入生の初さを残していた。
 こちらは想像と違って少し驚く。
「俺‥。あなたが好きなんです。よければ付き合ってくれませんか」
「俺にはそんな気はない。今日ここへ来たのはハッキリと断りに来たんだ」
「分かってます。会長はどんな呼び出しにだって答えてくれないってね。心も表情も鉄の壁の向こうに隠したまま。うちの高校でナンバーワンと言われる女の子さえあっさりと振ってしまう。それがどう? こんな俺なんかの呼び出しにはちゃんと来てくれて。なのに付き合えないなんて。おかしいんじゃないの? どうなるか分かってるの?」
「どうなるって言うんだ?」
「冬哉先輩‥可愛いよね」
 やはりそうきたか。

「男からも女からも先生からも、そしてあなたからも。みんなから好かれてるなんてずるいよね。でもそんな風に羨んでる俺だって冬哉先輩になら一度くらいは抱かれてみたい。ううん、冬哉先輩に限って言うなら抱いてみたい」
「冬哉には手出しさせない」
「じゃあ俺を抱いて。冬哉先輩の代わりでもいいから」
「間に合ってる」
「いいの? 冬哉先輩にあなたが惚れてるって言っても」
「俺だけじゃ済まないって?」
「そう。冬哉先輩は一番信用していた親友に裏切られるんだ」
 裏切る? 俺が冬哉を。そんな馬鹿な。俺ほど冬哉に惚れてる奴はいないだろう。

「あまり動じてないんだね。あなたが冬哉先輩を好きな気持ちに嘘も迷いもないからなんだね。でも冬哉先輩は友達のあなたが好きなんでしょう。特別な想いでいるって知ったら、きっとどうして言ってくれなかったのか、って思いと、自分は友達として認められなかったのかって思いでいっぱいになるよ。初めは裏切られたような気がしてるんだけど、そのうちに友達なのにその友達の想いに協力してあげられないことを悔やんであなたから離れていくよ。いいの?」
 男のくせによくしゃべる。
「それは‥お前の好きだった奴からそう言われたのか?」
 それまで薄い笑いを浮かべていたのに、顔が凍り付いた。

「同じ‥同じ思いをしてるあなたがかわいそうだった。それからずっと見ていた。そしてあなたに惚れました」
「同じ思いだとは限らないだろう」
「でも冬哉先輩に言っていいですか」
 今度は俺がその場に縫い止められる。
「言って欲しくないですよね。だったら抱いて下さい」
 俺は諦めて実験台の上に腰を乗せた。
「その気に‥させてみろ」

 冬哉以外の男‥。そして顔の作りだけで行けば冬哉よりも整っているかも知れない美少年。自分に自信があるのだろう。
 でも俺は少し愛嬌のある冬哉のあの顔が好きだ。こうして目を閉じていても思い浮かぶ可愛らしいあの顔が。

 木元は目を閉じた俺のファスナーを勝手におろし、まだ何も反応してないペニスを取り出した。そしていきなりそれに舌を這わす。こんなことをされるのは2年ぶりだろうか。先端だけを丁寧に舐めるその舌が昔を思い出させる。
 少し反応したそれを今度は銜えた。こんな‥こんなことをしてこいつは満足なのだろうか。
 ああ、でも今のこの状況は、俺と冬哉の関係と全く同じじゃないか。惚れてる方が快楽だけを与える俺たちの関係と。
 木元も必死で舌を使い、のどの奥まで使ってそれを興奮させる。
 自分と木元がダブる。俺も冬哉が事実を知ればこんな目で見られるんだな。哀れさに情けなさが追い打ちを掛ける。
 俺は冬哉からだけはこんな目で見られたくなかった。こんな哀れんだ目で。
 感情と伴わない身体は勝手に追い上げられていく。

 ああっ、それ以上は止めてくれ。

 そして木元が口を離した。
「俺も‥俺にも入れて」
 ちらりと出した舌が赤く光る。その顔が何故か冬哉と重なった。冬哉がこんなことをする訳がないのだ。なのに何故重ねてしまうのか。俺は冬哉にして欲しいと思っているのだろうか。そしてそれはそのうちに我慢できなくなって冬哉に押しつけてしまうのだろうか。俺のこの感情と共に!
 抱きついてきた木元を突き放した。
 そして駆け出していた。

「都築先輩!」

 木元の声が足に絡み付く。うまく足が動かない。それでも木元が追いつけないほどには速く走れたのだろう。近くのトイレに飛び込んだ。洗面台に腰を突き出して舐められたところを冷たい水で洗った。
 痛いほどこすって洗い流した。
 冬哉。冬哉。冬哉!
 この顔は少しでも快感に歪んだのだろうか。冬哉以外の男にそんな顔を見せてしまったのだろうか。

 ガッシャーン!

 俺はその自分の顔を叩き壊した。俺の醜い顔は砕けて散った。
 俺は荒い息を吐いて血まみれになった拳を舐めた。

 それから俺は家には帰らずに冬哉の家に行った。そして俺の手を心配する冬哉を無理矢理押し倒し、感情のままに抱いてしまった。

 冬哉。可愛い冬哉。こんな俺に惚れられていて可哀想な冬哉。どんなにエゴでも俺は冬哉が放せない。

 それから数日後。冬哉が俺の家にやってきた。
「狼帝。今日さ、一年生の子が俺んとこ来て言うんだ。狼帝が俺に惚れてるから応えてやらないと可哀想だって。泣きながらだよ」
「冬哉は何て言ったんだ」
「え? 決まってるじゃん、そんなこと。狼帝とは親友だから仲がいいんだよって」
 そう‥、俺たちは親友だよな。

「ねぇ、狼帝って可哀想なの? 俺、何すればいいの」
「馬鹿だな。どうして俺が可哀想なんだ? こんなにそばに冬哉がいるのに。親友なのに」
 そう言ってやると安心してにっこりと天使の笑みを浮かべた。


 俺は冬哉には敵わない。

 誰も冬哉には敵わない。一体何を心配していたのだろうか。雑多な噂話など冬哉の心には微塵も届かないようだ。


 冬哉の心は冬哉の物だ。
 そして‥俺の心も俺の物だ。

終わり


 siesta様閉鎖に伴い、こちらにアップしました。粉雪様のイラストに感激して書かせて頂いた話しだったのですが、あまりにも狼帝くんが切ないとの評価に(笑)この話しは悪魔バージョンとして、天使バージョンも書きました。しかし話しの筋としてはこちらで行きたいと思います。もう一つは裏にパロディとしてアップしております。
 粉雪さん、素敵なイラストをどうもありがとうございました〜vv

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