失恋
今日俺は失恋した。
俺から別れようって言ったんだけど。
あいつはいいやつだった。
料理が苦手な俺の為にいつも料理してくれたし。
俺がつらい時は一緒に泣いてくれた。
寄りかかれるような頼りがいはなかったけれど、二人で支えあっていければいいと思っていた。
学生の時から付き合っていてうまくいってたと思う。
そりゃ喧嘩も多かったけど、すぐに仲直りできてた。
いつからだろう。
喜びよりも苛立ちが大きくなって。
一晩寝れば消えていた苛立ちが朝起きても残っていた。
最初はいい所しかなかった。
違う。
いい所ばかりが見えていた。
ちょっとしたデリカシーのなさでさえ愛しかった。
浮気なんて絶対しない真面目なやつで。
うざくなるくらい俺のことを誉めてくれて。
俺が一番つらい時に支えてくれたのはあいつだ。
あいつがいなくなれば、友達も少ない俺は孤独になる。
家族とも兄貴以外とはもう何年も連絡をとってない。
仕事だってちゃんとした職につかないでふらふらしてる。
こんなにもあいつが必要だって頭ではわかっているのに。
口からでてきたのは別れの言葉だった。
ちがう、ちがう。
ずるい俺は最後までそれを口にしなかった。
回りくどくだらだらと理屈を捏ねて。
あいつにそれを言わせたんだ。
だから最後まであいつの目をみることができなかった。
「孫の顔が見たいの」
そういって泣き崩れたあいつの母親のせいでは決してなかった。
これは俺の弱さが選んだ結果だ。
若くして夫を無くし女手ひとつであいつを育ててきたのを知っていた。
あいつが幸せな家庭を築くのを望んでいたのを知っていた。
俺がその望みを妨げている事だってずっと前から気付いてた。
それでも二人で生きていく覚悟があれば乗り越えられる壁だった。
だけどずっと心の奥で感じていた恐怖を目の前に突きつけられて。
「お前といるのが幸せなんだ」
そうなんの迷いもなく言えるあいつに苛立っていた理由がやっとわかった。
そして俺が選んだのはあいつと生きていくための努力ではなく、自分を守るために逃げることだった。
自分で望んだことなのに泣くのは反則だ。
泣きたいのは俺じゃないだろう。
自分勝手に本心も告げないまま、卑怯な別れ方を選んだ。
漠然とした不安を全てあいつのせいにして。
それでも俺は逃げ出したかった。
この訳の分からない不安や、不満から。
あいつを幸せにしてやれない自分への嫌悪から。
だから泣かない。
俺が決めたことだ。
電話がなった。
兄貴だった。俺とあいつのことを応援してくれていた。
「よお。元気にしてるか?」
「うん、元気だよ」
「彼氏とはうまくいってるのか?」
「別れたよ」
「そうか…。」
全然平気だと思ってた。
泣かないって決めてたけど、実際溢れてくるものもなかった。
だけど。
「うん、別れた…よ…」
明るく告げるはずの声がかすれた。
何で今ごろ。
俺が決めたことなのに。
後悔じゃない。
今からやりなおそうって言われても俺は頷かない。
それなのにこれは何なんだろう。
どうしてこんなに。
「落ち着いたらまた連絡するな」
「うん、うん」
声が震えてしまったから兄貴はきっと気付いた。
自分でもなんでこんなに涙が溢れてくるのか分からない。
笑って、穏やかにさよならをしたのに。
ああ、そうか。
これが失恋だ。
恋を失ったんだ。
だからこんなにも痛い。
痛いのだから泣いたっていい。
俺は自分にそう許してやった。
明日からは前を向いて笑えるように。