敵はこの身に流れ
ゼロがブリタニア人だったなんて……。
キョウトとの面接で分かった、思いがけぬ事実にカレンは拳を膝の上で握り締めた。
その上キョウトの重鎮である桐原とは旧知の仲のようで、人身御供、などという不審な言葉も出てきていた。ゼロは一体、何者なんだろうか。
事実を知ってしまった人たちの反応は様々であった。
仮面を躊躇うこともなく剥ごうとした扇はなにやら複雑な顔をしていたし、玉城は顔を見せない理由に納得した様子ですっきりとした面持ちをしていた。
扇はともかく、玉城のことだから明日には幹部に知れ渡り、一週間以内には黒の騎士団のメンバーの知るところとなるだろう。彼の口の軽さは折り紙つきだ。
そして、カレンは。
ショック、なんだろうか?
手の甲を見つめて、考える。
この手や足、体全体を巡る血の半分は、ブリタニアのものだ。憎くて憎くて仕方がない。全部血を抜き取れるものなら、今すぐにでもそうしたい。
こっそりと、仮面で表情が窺い知れないゼロを盗み見る。ある日唐突に現れた、私たちの(……私の、)救世主。
ブリタニアを敵とし、日本のために、黒の騎士団を率いて戦っている。
でも、ゼロの全てはブリタニアでできているのだという。
自分を巡る血と、戦っているという。
「おーい、カレン?」
「え、あ、ん? 何、玉城?」
「何、じゃねえよ。着いたぜ」
黒塗りの車に残されていたのは、自分だけだった。玉城が悩みなどなさそうな顔で、カレンを覗き見ている。
きっと、本当にこの能天気な馬鹿には悩みなんてないに違いない。純潔の、日本人。嫌悪する体を掻き毟って、流れ出た血に憎悪することなんてないに違いない。二つの名に苦しむこと、なんて。
慌てて車外に出ると、そこは既に本拠地であるトレーラーだった。日の光がまぶしい。ずっと暗いところにいたからか。
正直、疲れた。東京からキョウトに、そしてすぐにまた東京。毎日のテロ――じゃない、正義の活動に加えた強行軍に、いくらカレンが体力派だといっても無理がある。
「では、私は」
「あ、待ってください、ゼロ!」
「なんだ?」
颯爽とした身のこなしで立ち去ろうとしていたゼロを、思わず呼び止めてしまう。
深く考えたわけではなく、衝動的であったため、振り返った彼に酷く焦る。
あなたは日本人ではないの?
では何故日本人と戦うの?
あなたはブリタニア人なの?
では何故ブリタニアと戦うの?
あなたは一体誰なの?
何故、ゼロとなったの?
疑問は沢山、そう、出逢った瞬間から今までずっと、彼に対しては疑問が募るばかりだ。だが、どれも面と向かって訊くには勇気がいるし、きっと答えてもくれないようにも思う。
何かを言わなければ。でも、何を? どれを言えばいいの? 下手な真似をして、見捨てられはしないかしら。失望されはしないかしら。
ぐるぐるする頭で、結局車内でずっと考えていた言葉を口にする。
「その……あなたが、日本人じゃないなんて、って」
「ああ、私は日本人ではない。……それで、カレン。君はどうする? 私を詰るか? それとも」
「違います! わ、私は、貴方がなんであろうと、構いません。でも、その」
後ろで扇が心配そうに見ていた。玉城は、どっかに消えた。
完全に俯いてしまったカレンに、ゼロはどう思ったのであろうか。早くも後悔しはじめた彼女の耳朶に響いたのは、低く、静かな声。
「私は“ゼロ”だ」
「は……?」
「この血を掻きだして、私が私でなくなるならば、なんて素晴らしいことだろうと思う。私は、この血が憎い」
シュタットフェルト。例えば、君のように。
表向きに名乗っている苗字を告げられ、どくんと心臓が跳ね上がる。例えば私のように。ゼロも私のように?
「だから、私は“ゼロ”なのだ。そうだろう、紅月カレン」
何もない。即ちゼロ。
カレンからシュタットフェルトを除くと、紅月が残る。
でも、きっと、ゼロからブリタニアを除けば、何も残らない。
だから、彼はゼロ。この世のどこにも存在しない、概念上の数字。
それはどれほどの勇気がいることだろうか。カレンは自身の半分を頼って、ここに立っている。
だがゼロは自身の全てを否定し、自身を形成する血と相対している。
仮面の奥の表情はわからない。けれど、それは並大抵の決意ではできないことのように思えた。
「では、カレン。私は予定があるから、また追って連絡をする」
「あ、はいっ。お引止めして申し訳ありませんでした!」
急いでいるのかもしれない。少しいつもより早足で去るゼロの背中にカレンは一礼した。
その後、級友の父の死を知ってさえ、揺るがないほどの決意を胸に。
(誰よりも強いあの人は、けれど誰かが支えなければ無になって消えてしまいそうで)