「ねえねえ、あなたって本当にゼロの愛人なの?」
「ふざけるな。誰が、あんな男の」
「否定した! じゃあやっぱり愛人なんだ!」



ある噂



 意味が分からない。きゃぁきゃぁと走り去っていった見知らぬ女二人を、憮然とした面持ちでCCは見送った。なんだったんだ。否定したから正しいだなんて、何と力技の結論なのだろう。
 彼女は桐原の前に姿を現して以来、TPOなどわきまえずに傍若無人に黒の騎士団内をうろついている。ゼロの個人的な知人らしく、何をするでもなく食堂でピザを貪り食う、そんなCCの認識は専らゼロの愛人というものだった。CCにしてみれば、どうしてそのような噂が立ってしまったのか謎でしかなかったし、不愉快極まりないことだった。
 とは言え、馬鹿げた噂を信じている団員全員の誤解を解いて回るような熱意があるわけもない。ゼロもまた然りであったから、結局それは実しやかに、確実に浸透していた。
 ああ、ピザが食べたい。騎士団は当たり前というべきか、男性の方が多いため、食堂も男性好みなメニューばかりが立ち並んでいる。カレー、豚カツ、ラーメン等々。CCはダイエットやら健康やらに気を使っているわけではないから、他の女性達のように嘆くことはしない。ただ、ピザが欲しいだけだ。あれは素晴らしい食べ物だ。
 しかし最近は騎士団の活動が多く、思う存分食べることが出来ない。そしてCCは、人の都合など考慮しない。衝動に任せて、幹部の集まるトレーラーの奥へと歩みを進め、扉を潜る。
 扇や玉城、そしてゼロを崇拝しているが故にCCを敵視する赤い奴が突然の闖入者に目を向けた。記者は、最早ゼロ以外視界に入らないという域に達しているらしい。そんな衆人環視の状況も気にせず、CCは中心にいるゼロへと言葉をかけた。

「ピザ」
「……なんだ」
「ピザ」
「駄目だ」
「ピザ」

 扇は苦笑し、玉城と赤い奴は何やら怒りも顕に彼女を咎める。CCの中でその他大勢に分類される、名前の分からない人間達がうんざりと見守る中、ピザピザと繰り返す。会議を邪魔されて誰が困ろうとも、CCは困らないのだから気にはしない。

「ピザを食わせろ」
「煩い」
「ピザがないと死ぬ」
「煩い」
「ピザピザピザピザピザ」
「煩い」
「この甲斐性なしめ。何で私がこんな奴の愛人なんだ」
「うるさ………は?」

 書類から目(というか、仮面か)も上げなかったゼロが、その一言で初めてCCに注意を向けた。赤い奴――いや、そろそろ名前で呼んでやろう。カレンだ――が変な悲鳴をあげた。
 何を言っている、と呟く声は、もしかすると素か。まさか、この男は噂に気付いていなかったのだろうか。鈍感だとは思っていたが、ここまでだとは。

「私とゼロは、愛人だそうだ」
「……CC、変なものでも食べたか」
「そう思うならピザを食わせろ。私が言ったんじゃない、さっき変な奴らに言われたんだ。愛人なのか、と。不愉快だな」

 幹部達の視線は、呆れから好奇心のものへと変化していた。黙って成り行きを見守っている。
 正直なところ、気になっているのだ。仮面で顔を覆ってはいないし、寧ろ態度は開けっ広げであるというのに、全くと言っていいほどに彼女自身のことは分からない。ゼロとの関係も、その名前も、人種でさえもだ(日本人に、白人の見分けはつかない)。
 分かるのはゼロと親密であり、おそらく彼の素顔を知っているだろうということ。関係の名称は不明であったため、愛人と囁かれるようになったのだ。家族ではなさそうであったし、友人というのもしっくりこなかったためだ。その謎めいた雰囲気が、同じく謎に包まれたリーダーにお似合いだった。
 だが団員達と無駄話をすることのない二人は、そんな過程など知ったことではない。暴論とも思える唐突なそれに、ゼロも不愉快気に声を低くする。

「冗談じゃないな」
「全くだ。というわけで、ピザを食わせろ」
「いい加減にしろ」

 愛人じゃあ、なかったらしい。一連の会話でそう悟り、幹部達は息を吐いた。なぜか緊張してしまっていたらしい。カレンに至ってはあからさまに喜んでいる。口が軽い玉城は、じゃあなんなんだよ、と口を突っ込むが見事に無視された。彼はそういうキャラだ。
 そういうキャラであることを自覚していないただ一人、つまり彼自身はそのことに不満を持ったらしい。既に会議する気などなくして、両手両足をソファに投げ出して声を荒立てた。

「さっきからうっせーよ! 愛人でもなんでもないなら家で買って食べろ!」
「だそうだぞ、ゼロ」
「お前は浪費しすぎなんだ。カードは渡さないからな」

 二人はカードを、すなわち生活費を共有しているらしい。
 幹部達は一斉にぎょっとしたが、ゼロは気付かなかったし、CCもまたどうでもよかったために気付かなかった振りをした。
 明日にはきっと、冒頭のことも手伝って、噂はより強固となっていることだろう。



(あ、同棲してるんだ?)







ゼロはうんこしない、って黒の騎士団団員は思ってそう。
多分人間らしい一面を見たら、それがどんなものであれ驚くだろうなあ。






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