妹のように思ってきた彼女が、軽蔑した視線を向けようとも。
いつもは叱責される側のお調子者の彼が、いつになく真面目に怒っていようとも。
リーダーが、冷たく彼を見据えようとも。
情の尻尾
KMF戦は、一瞬の気の遅れが致命的となりうる。彼女の姿を見てしまった瞬間、思考も行動もストップしてしまった彼が、今この瞬間生きているというのは僥倖としか言い様がなかった。それとも。
千草。自分が名づけた、本来とは違う名を口で紡ぐ。千草、もしかして君も、戸惑ってくれた?
「扇!」
短いゼロの叱咤に、我に返る。戸惑った? 何を思っているんだ、俺は。いつまでも女々しく拘って、彼女を忘れられない。最後に会った、その時の彼女との会話が頭を巡る。
手柄を上げ、本物の貴族になる。そのために女であることなんて捨てたのだと、欲しいものは力だけなのだと。
そう居候していた頃とは打って変わった強い意志を秘めた瞳で睨まれ、扇は怖気づいた。彼が愛したのは千草であって、ヴィレッタではない。だからいつまでも千草に拘らず、切り捨ててしまってもいいのかもしれないとまで思った。
だが同時に思い起こされるのは、自室の惨状。壊れた扉、倒れた箪笥、割れた花瓶。破れた服の切れ端。消えた千草。ブリタニアは怖いと、怯えていた彼女。現れたヴィレッタ。彼女は力に固執する。
戻った記憶が、何をきっかけとしたのかに気付かないほど、扇は馬鹿ではなかった。そしてまた、どうしてそれがきっかけになり得たのか。
女であることなんて捨てた。(だから傷ついていなんかいない。)言外にそう主張する彼女が、本当に平気であるものか。彼女は、それでも女性なのだ。
名を呼ぶ。千草。頼むから、また、一緒に。
「私はヴィレッタだ! ヴィレッタ・ヌゥ、貴様の敵だ!」
違う、違うのに。扇は彼女の敵ではない。彼女を傷つける男ではない。
本気で殺しにかかってきているらしい、その攻撃をなんとか凌ぎながら、名前をただただ呼びかける。副司令である扇は、本来ならば前線には出ない。何とか頼み込んで得たポジション。与えられた任は、C地点の突破。失敗するわけにはいかない。
しかし、実力でのし上がった彼女に適うはずもなく。ああ、死ぬのか。千草に殺されるのか。粛々と受け入れようとした死の直前、見えたのは紅い機体。
「扇さん!」
ゼロを裏切るのかと。ブリタニアに騙されているのだと。女のためなんかに、と。そう詰ったカレンは、それでも兄貴分の扇を見捨てられなかったらしい。紅蓮弐式の敵にはなり得ず、地に伏すヴィレッタ。
投げ出されて尚戦意を失っていないらしい。そんなヴィレッタの元へ、扇はNMFから出て歩み寄る。
「扇さん」
「大丈夫」
「大丈夫ってそんな!」
「大丈夫だから、カレンはゼロの所へ」
そう言えば、カレンは従わざるを得ない。この親衛隊隊長は、扇のために飛び出したはいいものの、ゼロのことが気になって仕方がないのだろうから。
敵戦力の要である、ヴィレッタが落ちたことにより扇の任務は成功したようなものだった。結局何もしてはいないし、他の場所へ助力しにいくのが筋というものであったが、彼は彼自身の優先事項に従った。
「……千草」
「ヴィレッタだ、扇要。どうした、殺さないのか」
「千草! 諦めて、くれないか。俺は男で、君は女。生身なら勝ち目は」
「私を捕らえるか。そしてどうする? 慰み者にされるくらいなら、死んだ方がましだ」
「違う!」
取り入る隙も見せない彼女に、焦りが募る。無理やりなんて、そんな気は全くない。扇は、彼女の敵ではないのだ。
抵抗する彼女の肩を掴んで、目を合わせた。優柔不断は扇の欠点だ。しかし、そんな気配は微塵も出さず、真剣に告げる。
「俺は、君と。千草であり、ヴィレッタでもある君と、一緒に生きたい」
「私はブリタニア軍人、お前は黒の騎士団副司令だっ」
「それでもだ」
「何故? イレブンはどうでもいいのか? 騎士団は、」
「愛してる」
なんて陳腐なセリフ。だが扇は言葉を飾り相手を惹きつける技術を持たないし、性格的に苦手としていた。その率直過ぎる言葉に、ヴィレッタは一瞬固まる。
女を捨てた彼女。扇を愛した彼女。二人の彼女が、揺れ動く。
「騎士団は辞める。名誉になってもいい。君が、日本人になってもいいと言ったように」
「その時の私は、記憶をなくしていた!」
「だがその時の記憶もあるんだろう! お願いだ、愛してる。愛してるんだ」
トレーラーの一室で、扇とゼロは二人きりで向かい合っていた。
足を組んで深く腰掛けるゼロは、直立不動で動かない扇に何を思っているのだろうか。怒っているのかもしれないし、呆れているのかもしれない。無能な駒が一つ減ったくらいでは、動じないようにも思えたが、その仮面の下の表情は分からない。
決心は変わらないか。そう問うゼロに、はっきりと答える。変わらない。扇は騎士団を辞める。名誉になることもなく、日本人として静かにブリタニア人である恋人と暮らす。教師として日本人の子供達に勉強を教えるのが、目下の夢だ。
レジスタンス時代のメンバーからは、引き止められなかった。そもそも彼は、直人の遺志を継ぐために活動していたのであって、それ以上の彼個人の幸せがあるのなら。
了承したゼロに、騎士団の制服を返す。所々がほつれた制服。ちょっと格好いいと思っていたし、様々な思いもあったが今後の彼には必要ないものだ。
そして。決別する前に、扇にはしなければならないことがあった。乾く唇を嘗め、相対する。
「彼女は、君の正体を知っている」
「何?」
「シンジュクで会ったそうだ。ナイトメアを奪われた、と」
「……ああ。覚えている。そうか、そうだったか」
まだゼロがゼロとして存在していなかった、あの日。扇たちを助けた日。
これは、契約。ゼロの正体を口に出さない代わりに、彼女との生活もまたゼロによって保障されるだろう。
こんな意地の悪い腹の探り合いみたいなこと、扇はやったことなどなかった(それはいつだってゼロとか、他の人間の仕事だった。扇はただ正しくあればよかったのだ)。それでも逃げることなくゼロの仮面を見据える。
賭けだった。今すぐゼロに殺されてしまったとしても、仕方がないと言えるほどの暴挙だった。それでも、言わねばならぬことだった。扇は幹部であり、様々な機密を知っている。騎士団のためにと殺されないためには、必要な駆け引きなのだ。
「一つ訊きたい」
「はい」
「ヴィレッタは、私の正体を知っているというのなら、何故バラさなかったんだ? 手柄になるだろうに」
「それは……」
扇も、不思議に思ったことだった。ゼロが不審に思うのも無理ないことだろう。
彼女から聞き出した答えを、口に乗せる。
「ゼロの正体が露見し騎士団が危うくなったら、俺もまた危ない、と思ったらしいです」
「……ほう」
「あ、いや、惚気じゃなくて」
――惚気だった。
この手で殺したかったのだ、とは言っていたが、彼女もずっと迷い続けていたのだろう。思わず押し倒した扇を責められる人間などきっといない。(下手糞とか粗末だとか罵られた。千草時代が懐かしい)
扇はゼロの正体を知ったのか。その問に、彼は否と答えた。だって、関係ない。
呆れたようなため息が仮面から漏れる。どうやら、殺されなくて済んだらしい。雰囲気で悟り、ほっとして体の力を抜く。
終りだ。正義の味方も、日本の開放も、騎士団結成以来の扇の活動は、これで終りだ。そして幸せの始まり。
右手を差し出す。今までありがとう。ゼロの非情さに憤り、無茶な作戦に不安になったことも多いが、彼は確かに救世主だった。
細い指が無骨な扇に触れる。仮面を見る。無機質な仮面。その左目が。
スライド、して、
赤い鳥が舞う。
(別に構わないさ。どうせ副司令にしたのも、体面上の問題だったのだし)
w
私の本編で一番応援してるカプは、扇ヴィレですうへあはは。需要皆無とかそんなこと気にしない。
ゼロと対照的に描かれている彼は、きっと幸せになるんだろうとか思っちゃって凹んだ。ルル至上主義。
オチギアスはどうぞお好みで。死ねかもしれないし、忘れろかもしれないし、幸せになれかもしれないし。
あ、でも最後のだとギアス効果で忘れちゃうね。うっかりルルなら有りえそうだ。
20070805