紅の騎士の恋心



 カレンは不満だった。紅い色の、パイロットスーツ。キョウト土産だと、ラクシャータが持ってきたものだ。似合っていると褒められはしたが、カレンは不満だった。
 ゼロとお揃いじゃないなんて!
 あの黒の騎士団の制服は、ゼロの仲間だという証拠。最初はまあ確かにセンスを疑いはしたが、今では愛着さえ沸いていた。何せ、創設期メンバーであるカレンは、ゼロに手ずから渡されたのだ。なのに。なのに。
 憎たらしい赤い色。他の皆は黒い色だというのに、カレンだけがあかいいろ。理不尽だ。なんだかむかついたから、玉城の頭を叩いてみる。

「んな、なんだよカレン!」
「別に」
「別にってこたぁないだろ? おいこら!」

 訳も分からずに喚く玉城。うるさい。ゼロとお揃いな癖に。言ったら絶対笑われるから、だんまりを決め込む。
 そんな様子に苦笑して、井上がカレンに声をかける。さきほどからむすっとしていて、気にはなっていたのだ。

「どうしたの? カレン」
「……なんでもないってば。なんか玉城を殴りたくなっただけ」
「てめえっ!」
「うん、気持ちは分かるよ。私も時々殴りたくなるわ」
「井上っ!」
「それで?」

 怒鳴る玉城は無視して、井上はカレンに笑いかける。悩みがあるならば力になれる。レジスタンスの時から、彼女達は互いに支えあってきた。ただでさえ男ばかりの世界。年若い彼女達は年齢差があって尚、親友とも呼べる間柄だった。
 男どもに聞かれたくないなら、別室に行ったほうがいいかもしれない。そう提案する前に、なにやら思いつめた顔つきで声を出した。笑わない? 絶対、笑わない?
 その様子があまりに真剣だったから、玉城すら黙り込んで様子を見守る。なんだ、どうした。表の顔はともかく、カレンの性格は本来とても男らしい。言いたいことははっきりと言うし、NMFの技術は男顔負けだ。それも、ゼロに認められるほどの。だから、彼女の情緒がこんなにも不安定になることは。そこまで考えて、思い至った。例外が一つ。

「あー……もしかして、ゼロ関係?」

 う、と言葉を詰まらせるカレン。図星だったらしい。
 どうしたことか、この子はゼロに恋心を抱いている。厄介な、と井上は思う。イレブンのレジスタンスを率い、ブリタニアに反旗を翻す騎士団のリーダー。これだけならば格好いいかもしれない。しかし正体は不明。顔すらも分からない。男は顔だと言い切ろうとは思わないが、物事には限度というものがある。
 アレだけは止めときなさい。経験豊富な年上として、何度注意しようと思ったことか。だが井上も女性。恋の経験もカレンより豊富な彼女は、その感情が理性ではどうにもならないことも知っていた。
 とりあえずカレンを泣かせたらぶっ殺してやるわと心に決めながら、頭を撫でてやる。本当に何があったのだろうか。もしかしてもう、先ほど決心したことを実行する時なのだろうか。些か物騒な方向に思考が進んでいた時、軽快な笑い声が耳朶を打った。

「まーだ拗ねてたのぉ?」
「す、拗ねてなんか!」
「気に入らないんでしょ? そのパイスー。カレンはゼロの服が着たいんだもんねえ?」

 ラクシャータの言葉の意味が、頭に浸透するまで三秒間。恥ずかしげに顔を赤らめるカレンに、井上は一瞬呆然とした。着たいの、これを。玉城は大笑いしている。趣味が悪すぎると馬鹿にする彼は、鏡を見てくるといい。カレンをからかう事に夢中で、自分の格好を忘れているようだった。
 そんな彼を一発殴り飛ばし、井上はカレンに向き合う。まあ、気持ちは分からなくもない。ゼロの制服。ゼロに渡された制服。気持ちは分からなくもない。分からなくもなかったが、それでも。

「あーもう馬鹿ぁっ!」
「説明したと思うけど、これ生存率高くするのよぉ? デザイン重視の変な制服より、こっちのほうがいいわよぉ」
「分かってるわよ!」

 あ、変ってことは認識していたのか。周囲の人間は、少し安心する。盲目な彼女の恋は、感性を捻じ曲げるところまでは至っていないらしかった。(そういえばディートハルトは、制服を渡された時物凄く喜んでいた。思い出したら気持ち悪くなってきた。)
 沢山の人の前で暴露された彼女は、ソファに沈み込んで手に顔を埋める。ああ、もう嫌。そりゃあ、嫌だろう。ゼロのセンスは、口には出さないものの、少し問題があるというのが共通の認識だ。わざわざそれを着たいなどとバレるのは、さぞや嫌な事だろう。

「アンタが死んじゃったら困るでしょ? ゼロだって悲しむと思うわ」

 多分。井上はそう慰めるが、流石に断言することはできない。情けないとは思うが、問題なのはあの心中を全く知らせない仮面の男にある。寧ろ奴に心なんてあるのか、まずそちらに疑問を抱く。
 言った張本人が信じていない言葉を、カレンが受け入れるはずもなく。そうであったらいいなあ、とは勿論思うが、何とも思われないんじゃという不安もまた大きい。
 またもやうじうじとし始める彼女に、ラクシャータがにたりと笑った。だったら、本人に確かめてみればいい。何、と思う間もなく彼女は行動に移した。

「きゃあああああっ! カレンがああああっ!!」

 何それ!
 ゼロの私室にまで響くような大声で、ラクシャータが叫んだ。切羽詰ったその声音は、平素の彼女にはありえなく、まさか本当にカレンの身に何かがあったのかと思ってしまうほどだ。演技力に感心するべきか否か。
 しかしその意図を理解したカレンは、酷く慌ててラクシャータに迫った。こんなどうでもいいことでゼロを呼び出すなんて。というかそれよりも何よりもゼロが駆けつけてくれなかったらどうしよう。絶対に落ち込む。だってラクシャータはゼロの名を呼んでいないのだから、来る必要なんてない。
 そんなカレンの事情もなんのその、廊下にカツカツと音が響いた。間隔が狭い。

「どうした!」

 勢い良く開かれた扉に、ゼロの姿。室内にはのんびりと座り込む他の幹部達と、嫣然と笑うラクシャータ。そして元気良く掴みかかっているカレン。
 珍しくゼロはマントを羽織っていなかった。きっと自室で寛いでいたのだろう、仮面だけは装着してきたらしいが、取るものも取りあえずという格好に瞠目する。肩で息をしているゼロは、もしかして、私のために。

「大したことじゃないわぁ。ごめんなさいね、ゼロ」
「だが、今の悲鳴は」
「大したことじゃないわぁ。ごめんなさいね、ゼロ?」

 再度繰り返され、然しものゼロも口を噤んだ。カレンは明らかに元気一杯な様子であったし、ふざけあっていた延長だったのだと思うことにしたらしい。
 ならば、と退室しようとした彼の肩を、ラクシャータが掴む。そう、本題はここからだ。ラクシャータも一人の女性。恋愛話は大好きだった。不審気な声を出すゼロに、にやりと笑う。

「もしかしてゼロ、走って来たぁ?」
「……それが、何だ?」
「カレンが心配で?」
「………何だいきなり」
「答えなさいな。カレンが、心配だったのよねぇ?」
「…………ラクシャータ?」
「カレンが、心配、だったのよ、ね?」
「………………まあ、そうなるわけだが」

 ぽんぽんと、カレンの背を井上が叩いた。よかったね、ゼロはカレン個人を心配している。その大事に駆けつけるほどに。
 そのやりとりを呆然と見ていたカレンも、じわじわと来たらしい。今度は恥ずかしさではなく、喜びで顔を覆っている。
 騎士団内にほんわりとした空気が流れた。よかったな、カレン。相手はあの仮面だけれど。理解できていないのは、ゼロただ一人。

「………なんだったんだ?」
「んー。カレンがねぇ、不貞腐れちゃって。ゼロとお揃いじゃなきゃヤダー! って」
「ちょ、ラクシャータ!!」
「お揃い?」
「パイスーよ、パイスー」

 ついでとばかりに暴露するラクシャータ。慌ててカレンは声を荒立てたが、彼女はそんなことは気にしない。
 その説明で一応は話の流れを理解したのだろう、ゼロはカレンに向き合って、諭した。

「カレン、君はここのエースだ。大変だとは思うが、その自覚を持って欲しい」
「は、はい」
「制服よりも、ラクシャータのパイスーの方が圧倒的に機能的だ。分かるな?」

 死んではならない。そんなゼロに、カレンは勢い良く返事をした。我侭を言って申し訳ありませんでした。ゼロがパイスーを着ることを望んでくれている。カレンの命を心配して。憎らしかった紅いそれが、少し愛しくさえ思えてきたカレンだった。
 多分、なぜカレンがお揃いに拘ったのか、その理由は分かっていないのだろう。きっと、忠誠心か何かかと思っているに違いない。(あのデザインをカレンが気に入ったとか勘違いしていたらどうしよう。)
   最後に付け加えられた、期待しているという一言に、カレンは今すぐ舞い上がりたい気持ちを押さえ込んで感激した。私は期待されている。だから期待に応えなければならない。戦って、それでも尚、生き延びて。

「あー。じゃ、俺も私服にしていいか?」

 そんないい雰囲気をぶち壊して、玉城がぞんざいに挙手をした。カレンがパイスーなら、自分も制服を着なくてもいいだろう。理由を問うゼロに、下品な笑みを浮かべながら、彼は答えた。

「だってセンス悪いじゃん」

 ゼロが固まった。言っちゃった。言っちゃった! 誰も本人には言わなかったのに!
 とりあえずとばかりに、ラクシャータが玉城を殴る。本日三度目のそれに、さすがの玉城も撃沈して倒れこんだ。



(そんな、俺のデザインが間違っていただと!?)







仮面といい、制服といい、やばいですよね、センス。大好きですが。お馬鹿さんな彼が大好きですが。
玉城オチって言葉を流行らせよう。
意:玉城の無神経な言葉から始まり、玉城の無神経な言葉で終わる平和な黒の騎士団。玉城大好き。

20070805






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