あなたは、まるで。
家畜化した狼の果て
なにそれ?
下された評価にスザクは指をさすりながら、こてんと首を傾げた。しなやかな動きで走り去るアーサーを名残惜しげに見つめるが、さすがに追いかけはしない。さっき噛まれたばかりだ。
「なんかさー。ルルーシュは猫だろ? んでスザクは犬って感じ」
「誰が猫だ、誰が」
流し聞いていたルルーシュが、締め切り間際の書類から顔をあげる。なんだそれは。途端に集まった、幾人もの人差し指に閉口した。ミレイ、リヴァル、シャーリー。ニーナは指こそ指さなかったものの、苦笑していた。カレンは興味なさそうだ。スザクはやはり首を傾げている。
「うん。ルルーシュは猫だと思うけど、僕、犬かな?」
「おいスザク、お前まで」
「ルルーシュは気まぐれって感じでいかにもな猫だろー? んで、スザクはこう、実直って言うか真面目って言うか」
遠まわしにルルーシュは実直でも真面目でもないと言いながら、リヴァルは笑った。ルルーシュの非難は気にしない。
ルルーシュとスザクが旧友だと知り、かなり驚いたのだ。まず、ルルーシュにそんな友人がいたこと。スザクはイレブンであり、軍人でもある。接点は見つからない。そして、次に驚いたのは性格の違い。何から何まで正反対といっても良く、どうして仲良くなどなれたのかが不思議で仕方ない。それとも、正反対だからこそ、なのだろうか。
そうして弾き出された結論が、猫と犬と言うものだった。約一名の猫が不満気だが、言い得て妙だと思う。
「顔もそんな感じよね。ルルちゃんは美人で、スザクは可愛いって感じだわ」
「会長、それは男に対する評価として間違っています」
「男女逆転祭、またやるー?」
うぐ。ルルーシュは言葉を詰まらせる。あれはちょっとしたトラウマになった。小学生祭りよりかは断然マシだったが、それでもあれは。
横でシャーリーが悔しげに呟いた。ルル、私よりも可愛かったもんね。褒められているのだろうが、全然嬉しくない。シャーリーの方がかわいいだろう。思わず言うと、シャーリーが真っ赤になって突っ伏した。一体どうしたのだろうか?
「そーいうところが、猫なの!!」
「へ?」
「ルルの馬鹿!」
「は?」
いきなりキレた彼女に困惑を隠せないルルーシュは辺りを見渡すが、誰もが苦笑するばかり。見目麗しい天然。手がつけられない。別の意味の天然が、シャーリーは、と言いかけて思い切り口をふさがれた。必死な形相のシャーリーに、スザクはきょとんとした。空気を読んでください。当事者以外が恋心を教えてしまうなど、フェアじゃない。
そういう所も犬なのかもしれない。スザクは一直線に進みまくる。ミレイがにっこり笑って彼を咎めた。彼女はシャーリーをからかって楽しみはするが、最低限のルールは守る。やっぱりよくは分かっていないらしいものの、彼は一つ頷いた。目上の人間には従うスザクは、やっぱり犬だ。
そんな様子を見て、ルルーシュは呟いた。
「お前、本当に変わったよな」
「そう? ルルーシュだってがさつになったよね?」
「煩い。お前ほど変わってないさ」
彼らにしてみれば、何度目とも知れぬ会話。再開してからこの類の応酬は何度もやった。それほどに別離の期間は長く、互いの変化が目につくのだ。
しかし、他のメンバーは初耳の話題。自分のことをあまり話さないルルーシュと、その友人。過去は物凄く気になっている。リヴァルが真っ先に飛びつき、聞き出そうと試みた。シャーリーも後に続く。意外にもミレイはからかいの言葉を少しかける程度。彼女は、二人の事情を知っている。
「前にも言っただろう? 避暑に行ったんだ、スザクの家に。それで少しだけ遊んだって程度だぞ?」
「そうじゃなくてさー。思い出話とかそういうのが聞きたいわけ!」
「ルルってどんな子だったの?」
矢継ぎ早に出されるそれに、言い合ってた二人は気圧された。ニーナまでもが興味深げにしている。カレンは、いつも通り我関せずでアーサーと戯れていた。彼女はおっとりとしているというか、かなりマイペースでゴーングマイウェイだ。一見分かりにくいが、結構他人に興味はないらしい。
「えーと。細いし服もヒラヒラしてるし女の子みたいだなって思ったなあ。顔も可愛いし、ひ弱だし」
「……お前も、可愛かったよなあ? その割りに乱暴で、強引だった」
あ。周囲は苦笑した。男女逆転祭でのちょっとしたトラウマを、見事にスザクは掘り返した。可愛い上に弱いことで導き出されたあの騒動は、貞操の危機にまで及んだ。今でこそ笑い話だが、あれはやばかった。本人は未だに怯えている様子だ。
それよりも、スザクの過去に興味が沸いた。何そのガキ大将。今とイメージが違いすぎる。
「まあ、確かにあの頃の僕は、その、未熟だったけど」
「考えたら即行動、というのは今と変わってないよな。馬鹿だった」
「な! ルルーシュだって頭ばっか良くて行動が追いついてなかったよね!」
「理論は完璧だ!」
「理論だけじゃないか!」
喧嘩始めちゃったよ。しかも互いの指摘が物凄く的確なため、妙に笑いを誘う。特にプライドの高いルルーシュがずばずばと言われているのは楽しい。短い間しか共にいなかったとは言うものの、これは余りにも性格を把握しすぎではないだろうか。二人の過去に何があったのか、余計に気になってきた。
とりあえずは静観してみる。
「何にでも毛を逆立てちゃって、本当に猫みたいだったよねえ、ルルーシュ。僕が折角話しかけてもそっけなかったし。でも懐いてきたら可愛かったな」
「お前は犬みたいに可愛い顔しておいて、狼だったよな、狼。全然人の話聞かないで勝手になんでも決めるし、よく振り回された」
何だか話が戻ってしまった。本当に二人に何があったのだろうか。実は仲が悪かったのか、という疑問まで生まれてしまう。
まあ、ルルーシュもスザクもここまで人を虚仮にはすることはめったにないから、つまり気の置けない仲という奴なのだろう。想像すると楽しかった。写真が見てみたい。シャーリーが羨ましそうにスザクを見遣りながら呟いた。幼少期を知る上に、クールを気取るルルーシュにここまで心を砕かれてる彼が羨ましい。
いい加減止めた方がいいのだろうか。そう思い始めた頃、いきなりスザクがこちらを振り向いた。え、何? 目を瞬かせた彼らに、彼は至極真剣に告げる。
「僕と、ルルーシュ、どっちが可愛い?」
何だその質問。いや、何を意図しているのかは分かる。つまり、どちらがより女々しいか。ルルーシュの方が可愛かったと答えさせたいのだろう。可愛さなどいらない。男の沽券に関わる問題だ。
けれど、その聞き方ではまるで女の子ではないか。どっちが可愛い? 私の方が可愛いわよね?
ちょっとどう反応して良いものかと考えてしまう周囲にも気付かず、スザクは拳を握っていた。だから、空気を読め、空気を。ルルーシュは呆れ顔。
この状況を誰よりも楽しんでいるミレイが、にやりと笑いながら答えた。スザクじゃないかしら。愕然とする彼と、嬉しげなルルーシュに更に告げる。だってルルちゃんは美人だもの。リヴァルとシャーリー、ニーナが思わず納得して頷いた。ちらりとカレンが言い争っていた男二人を見比べ、下らないと心中で評価を下した。彼女の興味はそこにはない。スザクは軍の犬だし、ルルーシュは無性に気に食わない。男は顔じゃないわ。中身よ。中身。(センス云々は外見の一部であって、断じて中身ではない。)
ちなみにリヴァルは、少し悲しくなっていた。可愛い可愛くないと言えるほどの顔を持ってみたいものだ。生徒会のメンバーは、見目麗しい方々が多すぎる。彼は不本意ながら、引き立て役だった。
「あーもう。二人ともそんなムキになんなくていいんじゃない?」
「なってなんかないさ。なってるのはスザクだけ」
「ルルーシュだけだろ」
あーあーあー。駄目だこいつら。
つまるところ、ルルーシュは今も昔もほとんど変わっていないらしい。今の方が性格が柔らかくというか、緩くはなっているようだ。
そして問題はスザクだが、話を聞く限り実は本質は変わってはいないのではないだろうか。他人を優先させるようでいて、結構自分中心で人の話を聞いていない。身体能力が高くて、人(主にルルーシュ)を振り回してばかりだ。ルルーシュが少し柔らかくなったというのなら、スザクは大幅に柔らかくなったということなのだろう。
いっそ微笑ましさすら感じてきた彼らに飛び込んだ言葉は、しかし空気を凍らせた。
「それにルルーシュ、女装して男に言い寄られたんでしょ?」
二戦目、開始。
(言っちゃった!)