ルルーシュ。ルルーシュ・ランペルージ。ナナリーのお兄さん。
 ――ルル?



来ない朝を待ちわびて



 シャーリーは、彼をルルと呼んでいたらしい。それはおそらく彼の愛称で、でも誰も彼をルルだなんて呼んでない。そういえば、彼女の筆跡で書かれた日記にも、ルルと記されていた。
 何で私だけがルルと呼んでいたのかしら。その呼称を小さく口に乗せてみる。ルル。ルル。覚えのない呼び名。でもなぜか口に馴染む。ルル。ルル。ねえ、あなたは誰なの、ルル。
 いい加減に許してやれよ。リヴァルがそう彼女を咎めた。許す、って何をかしら。
 いつまで続けるのよ。ミレイが彼女に笑いかけた。続ける、って何をかしら。
 同じクラス。同じ生徒会。なぜシャーリーは彼を知らないのだろう? ナナリーのことはちゃんと知っているのに。
 もしかして、何か大切なことを忘れているんじゃないだろうか。彼女は問いかける。ルルーシュは、ゼロなのだろうか? 間違いなくあの日記はシャーリーが書いたもので、でも日記自体はどこにも見つからない。どこへ消えたのだろうか。部屋の外に持ち出すなんて事、する必要もないし。
 もしも本当にルルーシュがゼロなのだったら、それを知ってしまった人間はどうなるのだろう。彼は正体を隠したテロリストで、露見するということはとても不味いことで。それとも――既に、どうにかなった後のだろうか。だって、シャーリーは全てを忘れている。でも、だったら一体、どうやって?

「ああ、シャーリー。ごめん、待たせたかな?」

 話したいことがあるの。そう言ってルルーシュを呼び出していた。断られるだろうか。不審がられるだろうか。そう危惧していたにも関わらず、彼は簡単に応じてくれた。生徒会の役員としての仕事は沢山ある。きっと用件はそれに関するものだとでも思われたのだろう。
 特に着飾るわけでもない、普通の私服を身にまとうルルーシュの姿は何度も見ていた。最近ずっと付けている左目の眼帯は、怪我のせいだと言っていた。クラブハウスに住む彼は、生徒会室へもその服装で来ることが多い。それに、ナリタでも。
 大切な友達を亡くしたという彼。もしかしたら、好きだったのかもしれないという友達を。そう淡々と語った彼は、もう喧嘩することも、笑いあうことすらも出来ないのだと言っていた。では、一体誰を? さりげなくスザクやミレイに探りを入れたが、彼が知人を亡くしたという事実は見当たらない。嘘だったのだろうか。でも、彼はあの時泣いているように見えたのだ。涙なんて流してないし、辛そうに顔をゆがめていたわけでもない。けれど、それでも、泣いているように思えたのだ。だから、話しかけた。話しかけてしまった。見て見ぬ振りなんて出来なかった。だって、困っている人を助けているあの人に、シャーリーは憧れていてそして――あれ?
 私もあんな風になりたいと思っていた。誰のようになりたいと思っていたのだったろうか。

「シャーリー?」

 呼び出しておいて黙り込んでしまった彼女を覗き込むようにして、ルルーシュは困ったように笑った。
 そんな馴れ馴れしく呼ばないで。呼びなれたように呼ばないで。私の名前を呼ばないで。
 思わず、耳を塞いだ。関わってはいけない気がする。深入りしたら危ない。ゼロかもしれないとか、そういった理屈抜きで、シャーリーの中の何かが叫ぶ。彼に近づいてはいけない。見てはいけない。忘れなければいけない。なんで?

「……おい?」

 笑顔が素敵? それとも憂い顔の方? 女の子に人気な容姿端麗なルルーシュ。彼女のスケッチブックには何も描かれなかった。笑顔も、憂い顔も、今の彼の不審気な顔でさえも。
 不安だった。明らかに抜け落ちている記憶があるのに、忘れているという自覚が何もないのだ。

「ねえ、ルルーシュ」

 口に乗せ慣れない呼び名。それは、彼の存在を忘れてしまったからだろうか。それともそんな呼び名で呼んでなかったからだろうか。ルルーシュ。ああ、ルル。そうか。

「おい、シャーリー? 具合でも悪いなら」
「ルル」
「……シャーリー?」
「ルル。ルル。ねえ、ルル」

 ルルーシュに、ルルに、呼びかける。ルル。ルル。ああ、なんて口に馴染むんだろう。未だに何も思い出せない。ルルーシュとは本当に何のか関わりもなかったのではないかと思われてしまうほどに、彼との思い出は抜け落ちたままだ。

「ルル、ねえ、もしかしたらあなたが忘れさせたの?」
「……おい、まさか」
「違うの、分かんないの。分かんないけど、ねえ。ルルの多分大切だった、好きだったかもしれない友達って、誰?」

 答えないルルーシュに、更に言い募る。違うかもしれない。きっと、違う。違うに決まっている。それでも言わずにはいられなかった。

「その友達は、ルルのこと、大切だった? 好きだった?」

 差別されるイレブンを、なぜか助けたルルーシュ。なんで、どうして。その時は状況の不可解さに眉を顰めた。だって、イレブンとブリタニア人は違う。別に彼女は殊更イレブンを見下しているわけではなかった。けれど、ごく平均的なブリタニア人の学生として、国是であるナンバーズとの区別は身に染み付いていたのだ。わざわざイレブンを助ける理由なんて、どこにもないのだと。
 なのに、何故ルルーシュはイレブンを助けたのだろう。彼はきっとゼロで、人を沢山殺してて、シャーリーの父も殺して。とても危険なテロリストのはずだった。その反面、沢山の人を助けてもいた。
 どうして私はナリタにいたのだろう。父の遺体が土に埋まるのを見届けた時から、彼女の記憶は曖昧だ。気付いたらナリタにいて、そして彼と出逢った。目がなんだか変で、それはまるで泣きはらした後のような身に覚えのある感覚で。全て父が死んだショックによるものだと思っていた。
 ルルーシュ。彼はなぜそこに居たのだろう? 今までありがとうと切なげに告げた、その対象はシャーリーだった?
 震える身体を押さえこむ。深く考えるのは性に合わない。シャーリーは、常に感情のままに行動する人間。だから、言う。

「もしかして、私、ルルのこと、好きだった?」

 私はルルが好きだった?
 ああ、口に馴染む。心に馴染む。記憶がなくとも、ルルという言葉が口に馴染むように、この想いは心が覚えている。
 ルルーシュを正面から見据える。驚きに瞠る彼の紫色の瞳が目に入る。綺麗な色。その眼帯の向こう側にある左目をシャーリーは知っている。あれは、

“俺のことを、ルルーシュのこと全てを忘れろ、シャーリー”

 ――あれ?
 頭が白くなる。目に赤い灯火が光る。脳が弄られるような、そんな。
 好きだった。彼を。彼、それは誰。好き? 私が好きだった人? そんな人、いない。彼ってだぁれ?



 ふと我に返ると、見知らぬ男の子がシャーリーを見つめていた。



(大丈夫。代わりに俺が覚えているから)







えっと、恋心を思い出した瞬間にギアス発動みたいな。そんなの嫌だ。
持続時間長いしスザクを例にとっても、再度かかる可能性とか……ないといいなああああ。

20070508






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