そして彼らは決別に至る



 分かんない! スザクはそう叫んで机に突っ伏した。
 お祭り騒ぎばかりのアッシュフォード学園ではあったが、お嬢様お坊ちゃまの集まる名門校であり、つまり勉強は結構難しい。その上スザクは今までまともに学校というものに通ってなんか居なかったし、今でも軍務を優先させることにより、登校日は自然と少なくなってしまっている。
 もう無理、絶対無理。諦めかかっていると、頭の上をべしんと辞書で叩かれた。ちょ、痛。

「何やってる。まだ半分も終わってないぞ」
「だって……」

 スザクと同じくらいサボタージュを繰り返すルルーシュは、同程度の課題を課されている。スザクとは違いきちんと学校には通えるはずなんだから、ちゃんと来なよとは諌めるのだが、幼馴染の彼は全く聞き入れる様子がない。一体何をしているんだか。いくら面倒といっても、平穏な学校生活を甘受できる立場にいるのだから、満喫すればいいのに。
 不平不満を隠さず彼のノートをちらりと見ると、既に終わりかけていた。何で!? 真面目に取り組んでいるようには見えなかったから油断していたら、いつのまにか物凄い大差を付けられていた。昔から頭脳明晰だとは思っていたが、学校は休みまくりじゃないか!

「……ん? どうした、スザク」
「なんで」
「は?」
「なんでそんなに早いの! 難しいじゃん、これ!!」

 唇を幼稚に尖らせる彼に、得心したようにルルーシュは頷いた。お前、昔から馬鹿だったしな。酷い。さすがに訂正させようと顔を挙げたが、その評価の正しさに気付いて撃沈した。ルルーシュは頭脳派、スザクは体力派だ。この役割分担だけは今も昔も何も変わっていないらしい。

「ほら、どこが分からない?」
「へ?」
「教えてやろうか、って言っているんだ」

 ありがとう! そう叫んで、思わずルルーシュに抱きついた。ルルーシュさえ居れば百万力。ああもう本当に助かった。多分、スザク一人でやったら永遠に終わらなかった。
 鬱陶しそうにスザクを振り払い、仕方がないからなと澄ました様子の彼だったが、スザクにはその優しさが理解できた。見せてやる、じゃなくて、教えてやる。スザクの力になるように。
 散々頭を悩ましていた問題を指差すと、ルルーシュは魔法のようにすらすらと解法を教えてくれた。分かりやすさに、スザクでもすぐ理解できた。

「次は?」
「これ。あとこれと、これと……あ、あれも」
「ってほとんど全部じゃないか」
「えへへへへ」

 結局基礎から全て教えてもらい、どうにかこうにか課題はクリアした。スザクが全問解答出来たとなれば、教師に不審がられる様な気はしたが、その時は正直に言えばいい。スザクの事情は(それを容認するか嫌悪するかはまた別問題だが)誰もが承知していたから、そこそこの事なら許してもらえるだろう。
 精神的疲労にバテていると、紅茶のいい香りが漂った。目の前に置かれたカップに並々と注がれている。ルルーシュの淹れた紅茶は美味しい。一口啜ると、温かさが全身に広がった。
 本当にこの旧友はなんでもかんでも、そつなくこなしてしまう。それに比べて。スザクは自分の筋肉質の両手を見つめ、ため息をついた。

「どうした」
「……うー。僕って、成長しないなあ、って」
「なんだ、それ」
「こうやって何度もルルーシュに勉強教えてもらってるのに、全然だし」

 僕って馬鹿なのかな。そう呟くと、知らなかったのか、と返された。酷い。
 ちょっと本気で落ち込んでいると、頭の上をべしんと辞書で叩かれた。ちょ、だから、痛。

「あのな、お前。ちゃんと成長してるだろうが」
「……嘘だ」
「俺は根拠もなく慰めたりはしないよ。学校の授業は日進月歩だ。そりゃ、そんな気もするだろうさ」
「でもルルーシュは出来てるじゃないか」
「俺は……俺のことはいいんだよ」

 何だその理屈。というか、頭脳が取り得のルルーシュと、体力が取り得のスザクを比べる方が間違っている。人には得意分野というものがあるのだ。
 納得できなくて沈み込むスザクに苦笑して、ルルーシュがカレンダーを指差した。

「例えば、日が長くなる時っていつなのか知ってるか?」
「……え? なにそれ?」
「だから、ほら、夏になるにつれ明るい時間が増えるだろ? でも、冬は日が短い。その変化が訪れてるのはいつからか、知ってるか?」

 いきなり始まった謎かけに、しかしスザクは真面目に考え込んだ。
 日が一番短いのは十二月頃。一月も二月もまだ暗くて……だいたい、四月か五月頃だろうか?
 そう答えると、ルルーシュは笑った。スザクの間違いを指摘して、正す時の笑いだ。なんだか子供扱いされている気がしてしまう。

「冬至だよ。ここじゃ、十二月の最後の方だったな」
「ええ? でも、まだまだ日は短いし、寒いよ?」
「そうだな。けど、冬至っていうのは一年で夜が一番長い日だ」

 それからは徐々に夜が短くなっていく。日は長くなっていくということ。
 本当は徐々に変化は訪れているのだけれど、その変化は微々たるもので、容易には気付けない。十二月、一月、二月、三月。そしてやっと四月になって初めて“ああ、日が長いなあ”と感じられる。変化とはつまり、積み重ねなのだ。どんなにいきなりのようでいても、実は同じであり続けるものなんて何もない。
 そこまで言えば、流石のスザクでも分かる。勉強も同じことかあ。勇気付けられはしたが、些か憂鬱だ。今の彼が十二月なのか、一月なのかは分からない。その時が来るまで、必死に勉強しなければならないことは変わらないのだ。

「まあ、頑張るしかないよな。きっといつか報われるさ」
「でも軍の方も忙しいしなー……」

 ルルーシュの手をこれ以上煩わせるのも悪い。出来るだけ学校に来れればいいのだが、ゼロの活動は日増しに活発化していて、それもどうやら難しそうだ。
 思わず愚痴ってしまうと、ルルーシュが不審気に眉を顰めた。しまった。彼には、心配させないようにと本当の事を言ってはいなかった。

「お前、技術部なんだろう? なんでそんなに忙しいんだ?」
「あー……上司がさ、人遣い荒くって」
「へえ。そりゃ大変だな」

 嘘じゃない。嘘じゃ。ロイドは確かに人遣いが荒い。正確には、荒いというより粗いという感じだったが。それに技術部っていうのも、嘘じゃない。心は痛むが、余計な心配をかける必要なんて何もない。ただでさえ彼は、色々な事情を抱えているのだし。
 でも、やっぱり出来るだけ学校には来たい。学業のこともあったが、何よりルルーシュに会いたいのだ。

「っていうか、君こそ学校に来なよ。一体いつも何してるの?」
「俺は……俺のことはいいんだよ」

 何だその理屈。ただの学生がスザクと同程度に休むなんて、異常じゃないだろうか。なんとなく、最近は更に頻度が高くなっているようだし。
 納得できなくて唇を尖らせるスザクに苦笑して、ルルーシュは携帯を取り出した。確かめた時間は、六時。
 立ち上がりカバンをに教材を詰めながら、スザクに片手を挙げて別れを告げる。

「じゃ、俺は用事があるから」
「ええっ? 今から?」
「まあな。お前も、軍だろ?」

 そうだけど、でも、そういう問題じゃない。一学生であるルルーシュが今から出歩くなんて、危険じゃないか。
 しかしルルーシュがそんな諫言を聞き入れるはずもなく、勝手に生徒会室を出て行ってしまった。多分、クラブハウスの自室に戻ったのだろう。
 そろそろスザクも特派へ向かわなければならない。教材を詰め込みながら、ぼんやりと思いにふける。今日は、ゼロと出逢うだろうか。
 あ。小さく声をあげる。いつのまにか外は暗くなり始めていた。ついさっきまで明るかったはずなのに。
 これも、すぐには気付けない変化の一つなのかなあ。
 だったら変化って、ちょっと怖いものなのかもしれない。そう思いながら、スザクは特派へ歩みを進めた。



(だって、気付いた時には取り返しがつかなくなっているんだ)







いつの間にか訪れていた最後。途中で気付ければ何か変わっていたのか、何も変わらなかったのか。





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