明日の前日
さすが、というべきか。
涙の影さえ見せず、優しかった妹を殺したあの男が演説する様子をCCは無表情に思い出していた。さすが、マリアンヌの子。さすが、皇帝の子。
人を魅了し扇動するあの能力は天性のものだろう。だからこそゼロとなりえたのだし、だからこそ、彼は孤独になった。
皇族の血。尊い血。それとも、汚らしい血だろうか。
血をとめどなく流し、流させた皇女に思いを馳せた。きっと彼も気になっているに違いない彼女は、騎士の手によってアヴァロンへと行った。
(だが、あの傷では、助からなかっただろう)
至近距離からの一発。ルルーシュは殺す気で撃った。
ギアスに抵抗してさえ見せたという彼女が、死ぬまで自分の行為を知らなければいい。柄にもなくCCは思った。せめて知らないままで死ねれば、彼女は絶望せずにすむだろう。
――皇族の血。
なるほどな。CCは冷静に考え込む。
ルルーシュのギアスの進化の速さ。そしてユーフェミアの抵抗。皇族の血は、やはりギアスとは切っても切れない間柄にあるらしい。
だが。
ルルーシュがギアスを得たことは幸福だっただろうか。今の彼は沢山の人に支持されてはいるが、一人ぼっちだというのに。
ユーフェミアがギアスに抵抗できたことは、幸福だっただろうか。一瞬でも今から自分の為してしまう事を悟った彼女は、きっと怖ろしかったというのに。
くつくつとCCは小さく笑った。
どちらにせよ、これは全てCCの招いたことだった。ルルーシュは分かっていて契約したと言ってはいたが、あのギアスを与えた情況では選択の余地などなかった。それに付込んだのはCCだ。他でもない、CCが招いた危機だったくせに。
「おい、どうしたんだてめぇ」
「……ん? 私に何か用か?」
「別に用なんてねえよ。てめぇが辛気臭せー顔してっから、飯が不味くなる」
マナー悪く箸を上下に振る玉城のトレーは、なるほど確かに半分以上残っていた。それは玉城だけではなく、黒の騎士団員全員がそんな感じだった。無理もないだろう。虐殺される日本人。飛び交う悲鳴と散る命。あまりに酷い光景に吐き気がした。しかし玉城は、そんな自分を意気地がないとでも思っているのだろう。無駄に無意味に自分を大きく見せたがる彼は、CCの責任にして詰った。
「おらおら、合衆国日本の設立祝いだ! 派手にやろうぜ?」
調子に乗る彼に、さすがに咎める声があがる。不謹慎だ。助けられなかった命を思うと、憂鬱にもなる。
ここにルルーシュがいないことが救いだっただろうか。彼は多分今、自室に篭って後悔の真っ最中だ。この玉城の無神経さは彼には毒だ。
「でも助けた命だってあるだろうが。俺たち、英雄だぜ、英雄」
「お前はポジティブだな」
「振り返ったって仕方ねえよ。大事なのはこれからどうすっかだっつーの。てわけで、ほれほれ」
「私は飲まない」
明らかに未成年であるCCに酒を勧める玉城。ブリタニアの法律なんて知るかよ、と嘯くが、日本の法律でも確か禁止だったはずだ。
だが、そう。これからどうするかが、大事。多分玉城は深いことは考えていないに決まっている。きっと英雄として崇められ、政府の高官にでもなっている自分を妄想しているのだろう。
差し出される酒が強いアルコール臭を放つ。飲んで、騒いで、今だけは何もかも忘れてしまえ。そうして次に目が覚めた時、現実と戦えばいい。
くく、とCCは小さく笑って、腰をあげた。
「おい! ったく、付き合いの悪い奴だな」
「違う。あの馬鹿を呼んでくるだけだ」
はあ、と大げさに表情を動かす玉城に、ゼロだ、と告げる。更に彼の表情が動く。
騎士団員の前では仮面は外せない。真実を知らない彼らと、真実を知る彼との壁は高く聳え立ち、騒ぐ彼らを見たらルルーシュは更に落ち込むかもしれない。
けれど、とCCは思うのだ。
あんなことがあっても希望を失わず、自分を慕う人間の姿も彼は見るべきだ。為してしまったことは変わらない。だけど、だからこそ。
今だけは何もかも投げ出してしまえ。そうして次に目が覚めたとき、修羅となればいい。
(だから、それまでは)